【書評】
『中国の市民社会― 動き出す草の根NGO』李 妍焱/著 岩波書店/刊 定価800円

「アジア社会空間」形成に不可欠となる好著


                      井上 定彦

 李妍焱(やんやん)さんは日本の大学で「市民社会論」を担当している若手研究者である。1990年過ぎから訪日し、東北大学で近代市民社会のなり立ち、理論と現実そして東日本大震災とそれへの社会対応の経緯を含めて、生きて動いてゆく目前の課題に果敢につぎつぎ取り組んでこられた。近年では日中関係の悪化がとみに顕著になったことをうけて、日中市民社会ネットワーク(CS)をたちあげ、市民社会同志のそして具体的課題に関わる市民社会交流の促進をめざして活発な活動を続けておられる。

 中国はそもそも政治・経済・社会にわたり党と政府が強大な権力で支配しているのだから、「市民社会」なぞがあるのだろうか、とみる人々も多いかもしれない。日本からみれば政府や党をえらぶ一般選挙もなく、政治のみならず社会の次元にまでおよぶ指導性を政府の方針として明記している国なのだから、官製NPO・NGOでない「純粋な」市民団体としてのNPO・NGOの成立の余地なぞはないのではと多くの人は思う。

 本書は、おもに改革開放後の中国について、社会の変容と社会課題の変化をにらみつつ、そこでのNGO(非政府組織)の活動の展開を実証的かつ理論面をおりまぜながら整理している。いまだ農村社会の比重がたかく、都市の農民工、「PM2.5」等の大気汚染に苦しむ、日本のかつての高度成長時代の「公害」や過密・過疎のような課題を彷彿させるところもあるが、環境・福祉・労働・教育・文化保全などの多くの分野において中国NGO活動は大きく広がっている。ここでは、中国社会のここ20年位の近年の変化を追いながら、多様で独創的なNGO活動を具体的に紹介しており、それにとどまらず、日本や欧米の市民社会活動団体・社会企業家の動きと対比させつつ「市民社会」そのものの現代的意味を深め、考えている。

 中国=後発市民社会・後発NGO、日本=先進NGOという図式的分類によるのではなく、党と政府の強大な権力があるがゆえにかえってそこを目標として対峙する必要がある。そこに中国独自の市民社会の力、草の根NGO活動の強さがあるという。

 市民社会を定義するとき、次の三つの視点が重要になるが、「参加の文化」「参加の権利」の中国での重苦しさと並行して三つ目の「参加の仕組み」に注目すると、新たなネットワークの拡がり、若者の参加の形態とツール、社会的企業団体活動のひろがりがあり、「アソーシエーション」「良き社会」「公共圏」という標準的な要素でとらえられる「市民社会(エドワーズ)」の可能性と展開を中国においてみることができるとしている。

 いっけん困難にもみえる中国草の根「NGO人」の活動と躍動からみれば、日本のNPO活動はひろがりすぎて拡散・各論化し、かえって本来の目標(市民社会形成を含めて)すら見失いがち、公共部門への代替的な事業活動にのみとらわれすぎているというように投映するかもしれない。むろん、このような見方については、地域包括支援などの新たな福祉活動に必死にとりかかっている日本の先進的なNPO活動家には異論があるかもしれない。

 中国社会は数億人の規模での都市化が進み、最近は一年間で600万人をこえる大学卒業者をだす(日本の10倍)ようになっていることにもみられるような現代化がすでに進行した。アジア市民社会交流は、いまや中国を措いてはなり立ち難いといってもよい。「アジア社会空間」の交流と形成を考えるものにとって、本書は大切な手がかりを提供してくれるこれからの必読書となることは間違いなかろう。          

 (筆者は島根県立大学名誉教授)

※著者略歴
 1971年中国・長春生まれ
 1993年吉林大学日本語科卒・日本・東北大学大学院・博士課程修了
 専攻;社会学・NPO研究
 現在;駒澤大学准教授・日中市民社会ネットワーク(CSネット)代表
 著書;『ボランタリー活動の成立と展開』(ミネルヴァ書房)他。


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