【コラム】酔生夢死

「一億総活躍」だって

岡田 充


 この夏の東京は、暑寒(あつさむ)かった。「そんな日本語聞いたことない」という声が聞こえるが、7月は体力を消耗させる酷暑が続いたのに、8月に入ると涼しさを通り越し秋の気配が訪れたのだ。政治の世界では安倍政権が過半数の反対を押し切って、集団的自衛権を行使するための安保法制を強行採決・成立させた。

 「疾風怒濤」の夏が過ぎ、脳と身体全体を脱力感が覆っている。大学の授業で「疾風怒濤」と言ったら学生たちはポカンとしていた。「なによ、それ」と言わんばかり。辞書には「時代が激しく変化することを形容するドイツ語」とある。しかしもはや死語だ。そんな言葉をえらそうに使った私がアホだった。

 政治に話を戻す。安倍晋三さんの言動を観察すると、欧米列強に伍して戦争を発動した戦前の「強いニッポン」にあこがれ、日本をその時代に戻したいのだなあとつくづく思う。「戦後秩序からの脱却」という彼のスローガンは、アジア諸国だけではなく欧米からも「歴史修正主義」という批判を浴びた。

 「脱却」した後に向かうのは、国家主義の色彩が濃い戦前への回帰。その性向は主要閣僚の言動にも表れている。手堅い内閣スポークスマンという評判だった菅義偉官房長官が、「子供を産んで国家に貢献を」と発言した。民放番組に出演した際、俳優の福山雅治の結婚について聞かれそう答えたのだ。結婚即出産という発想自体信じられない。

 出産は国家に貢献するためという発想は、農家の後継ぎと兵士確保のため「産めよ増やせよ」と号令をかけた戦前の号令と同じ。まさしく「なによ、それ」だ。かつて女性を「産む機械」と形容した元厚生労働相の発言が群を抜いて有名だが、菅発言もそれに劣らない。
 少子化に歯止めがかからないのは、経済格差が広がり、新しい家族づくりを躊躇する若者が増えていること。出産を控えるのも、経済状況と保育環境が整っていないことが原因の一つだ。出産は国家に貢献するためではない。出産の環境づくりに貢献しなければならないのは国家の側だ。

 安倍改造内閣の新スローガンは「一億総活躍」だという。そんな号令を聞くと、戦前の「一億火の玉」という総動員態勢を思い浮かべてしまう。それでも「死語」を使いたいのは安倍の真骨頂だ。経済格差と少子高齢化が広がる社会の中で「総活躍」する1億人ってなんだ?

 (筆者は共同通信客員論説委員)

(写真:JNN「ニュース23」から)
  http://www.alter-magazine.jp/backno/image/142_04-9-01.jpg


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