【コラム】中国単信(19)

「爆買」の光と影

趙 慶春


 日本のメディアがこれほど盛大に中国関係で報道するのは、今年になってからでは初めてではないだろうか。しかもこれが政治的な問題ではなく、春節(今年は2月19日が旧暦の元日に当たった)で来日した中国人の「爆買」へ向けられたものだった。
 実は中国人による爆買は決して珍しい現象ではない。アメリカでもヨーロッパでも起きている現象である。
 免税手続きサービスを提供するグローバル・ブルーの2014年報告によると、中国人旅行客による免税店での買い上げ額は、総額の27%に昇り、世界一だった。しかも、その額は2009年から僅か3年間に3倍に膨らみ、2013年には前年比20%増となった。ちなみに2位はロシア人、3位はインドネシア人だった。つまり、中国人の「爆買」は近年、世界各地で発生している現象と言っていいだろう。
 今回の春節を利用しての中国人の来日数の増加、そしてその買い物ぶりを日本のマスコミは好現象として報道していた。消費税アップ後、財布のひもを締めがちな日本人が多いだけに、中国人観光客の「爆買」ぶりが注目されたのは当然かもしれない。
 しかし「爆買」する最近の中国人観光客を見ると、変化が起きていることがわかる。

 つい二、三年前までは「爆買」の中心にいたのは、日本的に言えば「公務員」たちだった。そして当然のことだが、「国費」による不正「爆買」をする者も数多くいた。
 ところが習近平政権は「腐敗取締」を強化しており、国費の出国にはかなり厳しいチェックが入るようになった。そのため、今年の中国人観光客の多くが基本的には「私費旅行客」に変化しているのである。私費旅行となれば、手軽に行けて「おもてなし」に優れた日本が脚光を浴びるのは当然だったのである。
 かつて公費出国した公務員たちは、時計やバッグ、衣類など各種の高級ブランド品を買い漁っていたものである。その理由は彼らが地位の安泰や昇格を目的とした贈答品として、つまり贈賄用であったり、自己顕示欲を満たすためであった。

 ところが今回のマスコミ報道でもわかるように、「爆買」対象商品の上位には医薬品、炊飯ジャー、ウォシュレット、化粧品、日用品、目薬、紙おむつ、お菓子、南部鉄瓶、保温ボトル、セラミックナイフ、高機能下着や靴類などが並んでいる。このうち、南部鉄瓶は茶道文化ブームと健康ブーム(南部鉄瓶で沸かした湯は健康に良いとされている)で「爆買」の対象となった。
 つまり「爆買」対象商品はその多くが中国人自身の生活改善ためと言えるのである。
 こうした中国人観光客の購買意欲をそらすまいとする日本側の対応はさすがと言うしかない。なにしろ「福の神」と言ってよく、消費低迷の日本に春節の10日間で推定45万人の中国人観光客が訪れ、約1,141億円分の買い物をしたのだから。そして中国人も求める品物を手にして満足して帰国する姿を見ると、日中の政治的なぎくしゃくなどいったいどこにあるのかといった感じさえ抱かせた。

 そこでこの中国人による「爆買」現象をもう少し分析してみよう。
 今年の春節にこれほど中国人観光客が増えたのには、円安と免税対象品の範囲拡大、ビザ発給要件の緩和、旅行コストの低下などがあるようだ。ただ今回の「爆買」現象の最大の要因は「中国より日本のほうが安い」からで、それは「爆買」観光客たちが口を揃えて言っていたことである。
 「日本のほうが安い」とはどういうことだろうか。
 中国国家統計局の調査データによると、2014年の中国都市住民の1人あたり年間所得は、平均約55万円で、全国一高いとされる上海でも91万円に過ぎなかった。遥かに日本に及ばないのである。
 つまり来日する中国人観光客とは、基本的には一部の富裕層の人たちにほかならない。日本のデパートや小売業界がこうした富裕層をターゲットにして「特需」を拡大し、彼らを取り込むのにあの手この手を駆使してきた結果が「爆買」に繋がったとも言えるのである。

 それでは中国国内ではどのようなことが起きているのか。中国に進出している日本を含めた各国の小売り企業はひたすら一部の富裕層にだけ目を向け、その高級志向に合わせている。例えば合資生産の車も直接輸入の粉ミルクも、生産、販売コストは日本より安いにも関わらず、関税別の価額では日本より高額になっているのである。
 この一部の富裕層はたとえ価格が高くても、優れた製品、安全な食品を求める。だからこそ中国に進出した企業は一般庶民の生活感覚を無視し、敢えて高い値段設定で富裕層の要求を満たし、さらに優越感をくすぐり、より高い利益を得ようとする傾向がある。しかしこれでは大多数の一般消費者からは見向きもされなくなるのは当然である。
 富裕層にしても、日頃買い慣れている日本の商品が日本で買う方が安いとなれば、足代を出しても日本へ行って買ってこようと思うのは人情というものだろう。かくして今回の「爆買」は、視点を変えると中国消費者の中国国内での値段設定への「反発」とも言えるのである。
 日本での「爆買」が現地進出したメーカーに痛手とならないようにするためには、少数の富裕層消費者だけでなく、一般庶民の購買意欲をかき立てる製品と価格設定が求められているのである。

 一方、自国で満足できる製品が購入できない中国の現状には同情を禁じ得ないが、はるばる国外へ「爆買」に出かけなければならないとなると悲しくなる。こうした現象が起きるもう一つの要因は、最近の日本旅行ツアー商品が非常に低価格だということもある。例えば、春秋航空の花見をテーマにしたコースは往復約37,000円(税込)で、北海道ツアーも往復38,000円(税込)である。しかも買い物の時間が多く組み込まれている。
 買い物も旅行の楽しみの一つにはちがいないが、じっくり日本を見て、日本をしっかり体験するという旅行からは遠く離れているのが実態で、良質の旅行とは言えそうもないことが気になるところである。

 また今回の「爆買」から見えるのは、中国国内で販売されている製品への不信感が強いということである。日中間での政治問題がこじれると、中国では必ずと言っていいほど日本製品不買、ボイコット運動が起きる。しかし日本製品不買、ボイコット運動ではなく、今すぐに実行に移すべきなのは自国の劣悪な製品や悪質商品、さらに不当に高い価格の製品、人体への有害食品などに厳しい目を向け、庶民の力によるボイコット運動を盛り上げることではないだろうか。役人と企業との癒着がもたらす腐敗を断ち切る力にもなるし、習近平指導部はこうした国内の消費環境を整えることも強く求められているはずである。
 こうした課題に改善が見られない限り、日本への「爆買」中国人観光客はこれからも後を絶たないにちがいない。

 (筆者は女子大学助教)


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