【書評】

『日本はなぜ原発を輸出するのか』

 鈴木真奈美/著  平凡社新書  定価800円+税

苫米地 真理


 原発輸出問題は、脱原発を主張する国会議員でも反対しにくい問題のようである。
 トルコとアラブ首長国連邦(UAE)への原発輸出を可能とする原子力協定の承認案が本年4月の衆議院本会議で採決された際、民主党で欠席や退席により賛成票を投じなかった議員は菅直人元首相ら8人で、そのうち、「原発輸出に反対」と明言して途中退席したのは近藤昭一、生方幸夫の両議員だけだった。参議院本会議においては、福島県選出の増子輝彦のみが棄権し、他に二人の議員が「体調不良」を理由に欠席した。

 民主党は、政権を担っていた2012年9月、党エネルギー・環境調査会(前原誠司会長、近藤昭一事務局長)で「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」という玉虫色だが「原発稼働ゼロ」を明記した提言をまとめた。野田内閣もそれを受け、エネルギー・環境会議で「2030年代に原発稼働ゼロ」とすることを目指した「革新的エネルギー・環境戦略」を決定した。

 福島原発事故を政府与党として経験した民主党政権は、従来の原子力政策を見直すために、(1)全国11ヶ所で意見聴取会、(2)パブリックコメント(意見公募)、(3)「討論型世論調査」等の「国民的議論」を展開した。パブコメでは、2030年時点での原子力発電の依存度を「ゼロ」とする意見が9割弱を占め、討論型世論調査の結果も半数近くがゼロシナリオを支持した。それらを踏まえて行われた党内の議員間討論でも2030年には原発をゼロにするという意見が強かったからこそ、「2030年代に原発稼働ゼロ」の党方針を決定したはずである。その民主党にして、原発輸出に反対を明言した国会議員は上記の数名なのである。

 2012年12月に政権に復帰した第二次安倍政権は、民主党政権が「原発ゼロ」を目標とする方針を打ち出したことについて「具体的な根拠を伴わない」と切り捨て、安倍政権が「ゼロベースで見直す」とした。安倍首相は、原子力協定締結のために半年間に二度もトルコを訪問し、原子力輸出への入れ込みようを示している。

 鈴木真奈美は『日本はなぜ原発を輸出するのか』の中で、「福島原発事故を経験し、原子力発電がどれほど危険なものであるかを思い知った」はずの日本政府が、なぜ「輸出実現にこだわった」のか、世界の原子力輸出の歴史からわかりやすく説いている。

 まず、言葉の定義として、「日本が輸出しようとしていのは原子力発電所というモノだけではないことを強調するため」、「原発輸出」ではなく、「原子力輸出」との表現を本書では使っている。

 国際原子力機構(IAEA)のデータに基づくと、世界の新規着工原発基数は1976年の43基をピークに減少していき、1990年から2005年までの平均は年3基である。このまま推移していけば、世界の原子力発電は21世紀半ばには実質的に終わると見られていた。そうした流れを止めるべく、原発建設を再活性化させようとの動きが出てきた。それが「ニュークリア・ルネサンス」と呼ばれるもので、日本はこの新たな動きのなかで、原子力の「輸入国」から「輸出国」へと、ポジションを変えようとしていると鈴木は指摘する。そうした長い時間枠のなかで、現在進行中の原子力輸出計画を捉え、それが日本と世界の核エネルギー利用にどのような意味を有するのかを考えてみたいとする。

 本書の構成は以下の通りである。

 第1章では、福島原発事故後も停止されなかった日本政府による原子力輸出実現に向けた動きをみる。輸出に関わる事業が継続された背景を探る。
 第2章では、日本の原子力輸出史を概観する。日本の原子力産業が海外市場へ進出しなかったのはなぜかを解明する。
 第3章では、日本政府が原子力輸出の実現に向けて舵を切った諸要因について考察する。原子力をめぐる米国との関係は、日本政府が輸出推進に固執する理由のひとつと考えられるとする。

 第4章では、原子力輸出と公的資金の関係に焦点をあてる。原発は高い買い物であるから、多くの場合、「輸出国」の公的金融機関が「輸入国」に融資を提供する。融資の主要な財源は国税と国債であり、将来世代に莫大な借金をしないと輸出ができない構造を明らかにする。
 第5章では、過去に日本政府と原子力産業が試みた四つの原子力輸出ケースを具体例として取り上げる。

 最終章では、原子力輸出を通じて核エネルギー資料が世界に拡散していった半世紀の歴史を、その出発点に立ち返って整理・分析するとともに、国際的な機関のデータに基づいて次の半世紀を展望する。そして、核エネルギー利用のやめるために、日本が選びとるべきエネルギー路線について考える。

 本書を読み、かつては、米国の顔色を気にした日本政府は必ずしも輸出に積極的ではなかったことを知った。今のように、首相、政府関係者、関係企業が一丸となって海外案件の獲得に躍起になるのは、小泉政権が2005年に閣議決定した「原子力政策大綱」(いわゆる「05年大綱」)以降だという。世論調査でも輸出反対の声が多く、福島原発事故を経験しでもなお、原子力輸出の実現に政府や業界はなぜ傾注するのか、その本質的な理由を知る好著である。

 鈴木は、最終章で訴えている。評者も同感である。
 福島原発事故は多くの被害者をつくりだした。だが、核エネルギーの利用を拡大し続け、さらには福島原発事故を引き起こした日本人は、地球全体からみれば加害者でもある。被害者として、加害者として、私たちは「安全神話」だけでなく、「平和利用信仰」の実像を直視し、核エネルギー依存から抜け出す道を切り開いていかなければならないと思う。そして、その道を実例として世界に示すことこそ、「日本の責務」だと信じて止まない。

 (筆者は法政大学大学院政策科学研究所 特任研究員・日本地方政治学会・日本地域政治学会理事)


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