■ 【書評】 

  2 『鈴木茂三郎─1893-1970 統一日本社会党初代委員長の生涯─』 
      佐藤信著 藤原書店刊 定価3200円
                          岡田一郎
───────────────────────────────────
 
  本書は第5回(2009年度)河上肇賞奨励賞の受賞作を単行本化したものであ
り、題名が指し示すように、日本社会党第2代委員長で、「青年よ、銃をとる
な」の演説でも有名な鈴木茂三郎の生涯をまとめたものである。鈴木(以下、鈴
木とのみ表記する場合は、鈴木茂三郎を指す)は、非武装中立論を掲げて、戦後
日本の平和運動に大きな影響を与えただけでなく、55年体制発足時の日本社会党
委員長であり、その後の日本社会党の政治路線にも大きな影響を与えた人物である。

 しかし、鈴木に関する研究は、これまで鈴木の三男・徹三によるものに限ら
れ、鈴木の名は日本社会党史の中で断片的に語られるに過ぎなかった。その鈴木
徹三の研究も、主に戦前や片山内閣時の鈴木の言動に関する分析に集中してお
り、日本社会党委員長に就任した後の鈴木に関してはほとんど触れていない。鈴
木徹三は『鈴木茂三郎(戦前編)─社会主義運動史の一断面』(日本社会党中央
本部機関紙局、1982年)をまとめた後、戦後編をまとめる構想を抱いていたよう
だが志半ばでお亡くなりになった。
 
  その後、鈴木に関する本格的な研究は現れず、「誰かが『鈴木茂三郎(戦後
編)』をまとめるべきではないか」と私が考えはじめていた矢先、本書が刊行さ
れた。ようやく鈴木茂三郎の戦前から戦後にかけての軌跡を論じた研究が出現し
たことを心より歓迎したい。
 
  さて、著者は1988年生まれという若さであり、本書発行時には東大法学部の学
部生であった。私も修士論文で鈴木を扱ったが、私の修士論文など、本書の内容
に比べれば、まったくお恥ずかしい内容であり、学部生がここまでの内容の本を
著すことができることに感嘆した。特に、離合集散が激しく、なかなか整理する
のが難しい戦前の無産運動の経緯についての説明は大変わかりやすく、著者の能
力がなみなみならないことをうかがわせる。また、構造改革論争の際に、鈴木派
から離れていく江田の姿に、かつての同志でありながら、鈴木から離れていった
加藤勘十と同じものを鈴木が見たことが、鈴木と江田の対立の背景になったとい
う著者の考えも興味深い。

 ところで、私個人としては鈴木に関する本格的な研究が出現したのはうれしい
ことであるが、鈴木の名自体が一般の人々の脳裏から忘れられてしまっている
今、若い年齢の著者が、なぜあえて鈴木を取り上げようとしたのか個人的に疑問
であった。著者は本書執筆の動機について、「これまでの戦後政治史研究は政権
(自由民主党政権)の視点から見たものがほとんどであり、日本社会党も政権の
視点から見た観点で評価されている。しかし、それはあまりにも平板で短絡的で
ある」

(「はじめに」の内容を要約した)といった内容のことを述べている。著者のそ
のような考えには、私も共感する。私は55年体制が崩壊したころ、「自由民主党
とは異なる価値観を持ち、自由民主党に代わって政権政党たり得る政党を構築す
るためには何が必要か」という命題の下、まず55年体制下で野党第一党であった
日本社会党の研究に乗り出したのだが、先行研究がほとんどなく、徒手空拳で自
ら日本社会党研究を始めざるを得なかった。そのとき、日本の戦後政治史研究が
いかに自由民主党側の研究に偏っているか痛感した。

 しかし、私の周囲の研究者で同じような考え方を持つ人物はそれほど多くはな
く、面と向かって「権力をとったことのない政党のことを調べて、それが何の役
にたつのですか?」と私に問いかけてきた者もいた。もし仮に著者のように、
「戦後政治史を一方の側から見るのは平板であり、短絡的である」という考え方
が若い研究者の間で広がっているとするならば、私としては大変うれしいことで
ある。
 
  しかし、著者の戦後政治史研究における日本社会党の位置づけについてのまと
めには違和感を覚える。「西尾末広、江田三郎のように社会民主主義を標榜して
社会党から出ていった人々や、河上丈太郎に代表される右派、浅沼稲次郎に代表
される中間派、例外的に政権の政策決定過程に関与した和田博雄には、時に高い
評価が与えられた。その一方で、社会党において本流となった左派(何を隠そう
鈴木茂三郎はこの中心的人物であった)については、『容共左派』として共産党
の亜流と捉えられたり、『総評の出店』として労働運動組織の出先機関と捉えら
れたり、とにかくマトモな政治的主体として分析されることがなかったのである。

 鈴木茂三郎という人物が取り上げられてこなかったのは、戦後政治史研究の潮
流に因るものだと言えよう」(8ページ)と著者は述べているが、西尾・江田・
河上・浅沼・和田の評価が高いのは、自由民主党から見て許容できるイデオロギ
ーの持ち主であったからではなく、日本社会党が実際に選び取った政治路線とは
異なる政治路線を彼らが提示しており、「もし、この人が日本社会党を担ってい
たら」という思いを多くの人々が未だに抱いているからではないだろうか。

 逆に鈴木の評価が現在ではあまり高くないとすれば、鈴木没後の日本社会党
が、鈴木が敷いた政治路線の上を進み、それが失敗したと見なされていることに
起因すると思われる。ならば、鈴木を再評価するならば、「鈴木が敷いた政治路
線は間違いではなかった」あるいは「鈴木の後継者が鈴木の真意を誤解した」と
いう立場から鈴木再評価の論陣を張るべきではないか。しかし、イデオロギー色
を極力抑えようとしているためか、この点における著者の立場はあいまいであ
り、著者が鈴木の何を評価しようとしているのか、いまいちわかりにくい。
 
  また、先に引用した部分に戻れば、同じ派閥に所属した河上と浅沼を片や右
派、片や中間派と分類しているのもよくわからない分類の仕方である。(河上・
浅沼共に中間派とするのが一般的ではないのか)さらに左派が「容共左派」だの
「総評の出店」などと言われて、まともに分析されなかったというのは、一体ど
んな戦後政治史研究を見て、そのような見解を持ったのだろうか。「容共左派」
なる言葉は随分古めかしい言葉であり、吉田茂あたりは平気でそういう言葉を
使ったであろうが、戦後政治史研究者にも吉田のような保守政治家にならってそ
ういう言葉を使っている者がいるのであろうか。

 「総評の出店」というのはジャーナリストなどが日本社会党を揶揄するときに
使う言葉であると思うが、戦後政治史研究でもそういう言葉が普通に使われてい
るのであろうか。1990年代後半から2000年代前半に数多くの日本社会党研究が世
に出たが、そのような言い回しを使った研究はなかったように思われるし、日本
社会党左派の分析も緻密におこなわれていたように思う。
 
  他に細かい点について触れさせていただくと、著者は升味準之輔や原彬久の著
書を参照して、鈴木が日本社会党再統一を進めた背景にはライバルである和田を
追い落とそうという目論見があったと述べているが(156~157ページ)、和田追
い落とし説の出所は、当時、『朝日新聞』記者であった梁田浩祺が1956年に刊行
した『日本社会党』(朋文社。1981年に『五五年体制と日本社会党』の題であり
えす書房から復刻刊行されている)である。梁田の『日本社会党』は一読すれ
ば、かなり和田びいきの立場で書かれていることが明白であり、この本のみを根
拠に和田追い落とし説を展開するのは危険である。

 また、1960年の総選挙で日本社会党は敗北したと書いているが(183ページ)
民社党が成立した後の日本社会党の衆議院での議席数は122議席であり、1960年
総選挙で日本社会党は145議席を獲得しているから、日本社会党内では1960年総
選挙の結果は23議席増の勝利と見なされていた。(浅沼委員長刺殺事件や三党首
テレビ討論までは日本社会党に対する逆風が強かったので、勝利の喜びはひとし
おであった)日本社会党の改選前の議席数が167議席と書いているが、167議席と
いうのは1958年総選挙で獲得した議席数である。

 民社党が日本社会党から分かれていく前の議席数と後の議席数を比べて、敗北
と決めつけるのはフェアではない。また、最近では協会派の立場から、上野建一
ほか『山川均・向坂逸郎外伝 労農派1925-1985』上下(社会主義協会、2002・
2004年)、石河康国『労農派マルクス主義─理論・ひと・歴史』上下(社会評論
社、2008年)が刊行されている。これらの著作では、鈴木についてもかなり詳し
く触れられており、鈴木が山川均にあてた手紙の内容なども収録されている。本
書は幅広く参考文献を網羅しているが、これらの著作も参考にして、「協会派が
鈴木をどのように見ていたのか」という視点をも加えていれば、鈴木についてよ
り複眼的に捉えることができたであろう。ただし、こうした私の指摘は本当にさ
さいな点に関する指摘に過ぎない。

 私が指摘したいつかの瑣末な問題点を考慮にいれたとしても、本書が戦後の軌
跡をも視野に入れた初めての本格的な鈴木茂三郎論であることに変わりはない。
今後も、著者のような優秀な若手研究者が日本社会党研究に参入され、本書のよ
うな優れた成果を挙げられることを切に願うものである。(文中では敬称を略さ
せていただきました)

(評者は小山工業高等専門学校・日本大学・東京成徳大学非常勤講師)
 

                                                    目次へ