【北から南から】中国・吉林便り(12)

ごく最近の中国映画

今村 隆一


 広大な国土と壮大な自然を有する中国大陸といえども気に掛かることは環境汚染です。この冬は「霧霾(ウーマイ)」汚染、いわゆる空気汚染がこれまでで最も深刻です。「霧霾」の他「烟霧(イェンウ)」とか「PM2.5」と呼ばれています。日本では以前「スモッグ」と呼ばれたものだと思います。空気汚染で12月18-19日は北京、天津など40都市で幼稚園と小中学校が休校の事態になったようです。私が中国吉林に定住するようになってこの間、南方は江西壮族自治区、雲南省、四川省、華中は上海、江蘇省、南京、華北では河南省や北京、その他内蒙古自治区、東北三省等の省府の都市に行ったところは、どこも空気の汚れを感じてきました。吉林省の省府である長春も空気が悪いため敬遠してきました。長春の東に隣接する吉林市では3年前の冬になるまで大気汚染を体験せずに来ましたが、その冬に霧霾来襲を体験して以来、その後も度々空気の汚染が発生するようになりました。

 2015年から天気予報で空気質量指数(AQI)を優、良、軽度汚染、中度汚染、重度汚染、厳重汚染、爆表の7段階で表示するようになって、私の住む吉林市豊満区では15年は重度汚染と厳重汚染が合わせて7回、16年は10月から年末までは厳重汚染はなく重度汚染が2回でした。しかし去年の12月に天気予報では良で午前は汚染していなくても午後から急に「霧霾」が発生したことがありました。そのような時はいきなり焦げ臭く臭うようになります。そして私の場合はくしゃみが出はじめます。そんな時に備えていつもマスクを携帯していますが、汚染が進んだ日は家の中にいても臭くなることがありました。

 子供や気管支の弱い人はどうしているのだろうと思います。これまでは気温が低い日に霧霾が発生していたのですが、今冬期はその傾向はありますが低気温だからといって必ずしも発生するとは限らないようです。これまでの体験では、空気は町部より農村の方が良いと感じていたのですが、12月24日に蛟河市の冰湖溝に行った日は午前中は青空がまぶしいほど空気が澄みきっていたのに、昼食がすんで帰路に着いた2時半過ぎから家屋の無い山の中、農村でも空気が灰色になり霧がかかったようになり、いくら広い土地でも空気汚染は進んでいるのを実感した次第です。

 昨年2016年の私は、前半は順調でしたが後半は夏に受けた足の負傷との闘いの日々でした。お蔭で戸外活動回数が15年の61回が16年では32回と半減したのでした。16年は夏以降では12月に2回の戸外休閑活動に参加しただけです。その時は未だ足が心配で12月18日は5km、12月24日は8kmと歩行距離の少ない活動でしたが、雪道を歩いている間は恐怖感がずっとありました。後から考えてみると、吉林の町のガタガタになった敷石上で雪が凍った歩道を歩くより、足元ははるかに安全だったのですが。

 去年の足の負傷が7月と8月だったので、新学期開始時は学期終了まで無事乗り切れるか不安でしたが、11月下旬から12月ころになると膝の状態もかなり良くなり、歩いていても痛みは出なくなりました。痛みが消えるまでの期間は長く感じましたが、自分ながらよく耐えたと思うようになると、気持ちにも余裕ができたようでした。おまけに北華大学の私が指導する日本語授業は12月第2週で終わり、その後は時間的にも余裕ができ、更に日本アニメ『君の名は。』の中国公開と合わせ、映画を見る機会がいきなり増えました。元々映画鑑賞は私にとって趣味の一つでありましたし、チケットのネット予約がスマホを使って自分でできるようになったことも映画鑑賞機会が増えた原因でした。

 普段の映画鑑賞は家でDVDで見るのですが、12月3日『君の名は。』(新海誠監督)、12月15日『長城(UNTITLED GREAT WALL PROJECT)』;張芸謀(チャン・イーモウ)監督、12月17日『羅曼蒂克消亡史(The Wasted Times)/ロマンチック滅亡史』;程耳監督とたて続けに3本の映画を映画館で見ました。また12月25日は家で韓国映画『東柱 (The Portrait of A Poet)』; イ・ジュンイク監督、12月26日は北華大学の漢語授業で『湄公河(メイゴンハ:日本語でメコン川)』;林超賢監督を見ることができました。

 吉林便り本号では最近の中国映画『長城(UNTITLED GREAT WALL PROJECT)』と『羅曼蒂克消亡史(The Wasted Times)』の2本についてです。

 『長城(チャンチャン)』の張芸謀は中国映画・第五世代を陳凱歌(チェン・カイガ)と共に代表する世界的に有名な監督です。北京オリンピック開会式と閉会式の演出でも知られるように派手さにおいては彼に勝る演出家はいないでしょう。しかし派手ではない作品『紅いコーリャン』、『初恋の来た道』、『あの子を探して』、『活きる』、『サンザシの樹の下で』など数々の作品は名作で、尊敬する高倉健さんを主演に他のキャストは素人を使った作品の『単騎、千里を走る』も日本でも知られている良い作品だと思います。かつて『Hero(ヒーロー)』を見た時、色彩の華やかさ、派手さに驚きましたが、私の好みではなかったようで、記憶に残っていない作品でしたが残念ながら『長城』も同様に、「あぁ、見て良かったなぁ」という感覚が残らなかった作品でした。
 この『長城』は万里の長城を舞台に大量のモンスター群と戦士が壮絶な戦いを繰り広げるアクション大作と言えるでしょう。物語は火薬を求めて中国に来たヨーロッパ人が中国軍に捕らわれる。中国軍は外敵モンスター群の襲撃に会うが捕らわれた二人も共に外敵と勇敢に戦い勝利する。万里の長城を舞台にした戦いが、アクション大作として描かれたものと言えるが、決して、歴史的なものではない、一種のファンタジーで、スケールの大きさと映像技術の高さが強調された戦闘は、確かに迫力は満点ですが、ただそれだけです。出演俳優も国際的スターであるマット・デイモン、ペドロ・パスカル、劉徳華(アンディ・ラフ)等が配されています。張監督は大娯楽作品をアクション映画愛好者に提供したのだと思います。日本でも4月に公開される予定ですが、・・・。

 最近の張監督作品で記憶に残ったのは『妻への帰路(中国題;帰来 Coming Home)』です。
 この作品には女優の鞏俐(ゴン・リ)を夫の帰りを待ち続ける認知症の老婦人として配し、高齢者の現実かつ深刻な問題を取り上げていて、ボケ気味の我が身に照らして「あぁ、見て良かったなぁ」という感覚が強く残ったのでした。鞏俐は張監督デビュー作の『紅いコーリャン』で新人女優として抜擢され一躍スターになった中国を代表する美人女優だと思います。張監督の映画作りの真骨頂は多彩な色彩で目を引きますが、様々な人の生活を描くと共に時代背景も豊富なのが張監督のすばらしさだと思います。

 『長城』の次に見たのは正月新作映画として作られた『羅曼蒂克消亡史(The Wasted Times)ロマンチック滅亡史』。『羅曼蒂克』は漢語発音で「ルォマンディカ」つまり「ロマンチック」です。プレミア上映会において張国立(チャン・グオリー)や廖凡(リャオ・ファン)ら、中国の有名俳優たちが同作品を高く評価し、中国の映画監督・陸川(リクセン)監督も、「非常に素晴らしい映画作品」と絶賛したと新華網が伝えました。私はこの『羅曼蒂克消亡史』がどんな映画かストーリーも知らず、ただ主演を務めたのが男優・葛優(グォ・ヨウ)と女優・章子怡(チャン・ツィイー)というだけでチケットをネット購入し、見たのでした。二人とも私には興味深い中国人俳優だからでした。

 てっきり喜劇映画だと思っていたのですが全く違っていて、1941年頃から1945年日本敗戦後当時までの上海を舞台に実在したマフィア洪琪峰(ホン・チィフェン)を取り巻く当時の日本軍人との確執を描いた物語で、戦場外の抗日戦でした。この映画には日本人俳優の浅野忠信が準主役で、日本軍人を偽る横暴で憎たらしい日本人役を熱演しています。映画が始まってすぐ、漢語と上海語と日本語と3つの言語が乱れ飛びましたので、慣れない私は混乱したのですが、中国では言語の混在は実生活でも当然普通にあり得る事です。吉林では朝鮮族の市民が多いので、朝鮮語と漢語が混在することが多く、市内循環バスに乗ったときに体験することがあります。
 本作では浅野忠信以外の日本人俳優も日本人として出演していることが判りました。映画やTVドラマで見る中国人俳優には流暢な日本語で台詞を言う人はいるのですが、大体の俳優が日本人ではないことが判るものです。そんな時、中国人俳優もよく日本語を覚えようと努力しているな、と感心します。
 中国映画や中日合作映画に出演した日本人の俳優は私の記憶にあるだけでは三国連太郎、栗原小巻、中井貴一、真田広之、香川照之、佐藤浩市各氏などです。日本人俳優ばかりでなく久石譲氏も多くの中国映画で音楽を担当していて、映画界や音楽界の人々による日中交流の蓄積は満洲国崩壊後の新中国樹立後から今日までの歴史は目立たないが水面下には膨大な蓄積がされていることが判ります。

 『羅曼蒂克消亡史』主演の葛優(グォ・ヨウ)と女優・章子怡(チャン・ツィイー)の二人は以前にも張監督作品に出演し、現在は中国の大スターとなっています。二人の共演は他に『女帝エンペラー(中国題:夜宴)』2006年、馮小剛監督作品があります。
 男優の葛優は『さらばわが愛・覇王別姫』;陳凱歌監督作品、『活きる(中国題:活着)』;張芸謀監督作品、『狙った恋の落とし方(中国題:非誠勿擾)』;馮小剛監督作品と日本でも公開された作品に出演しています。彼はスキンヘッド(毛無頭)が特徴の俳優で私も彼の出演作品というだけで見たくなります。『活きる』(1994年作品)では放蕩乱費の生活から凋落、戦争に巻き込まれた影絵師に扮し、鞏俐(ゴン・リィ)扮する妻との激動の生活を経る物語で、この作品で彼はカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞していて、中国人ばかりでなく映画好きの留学生間では『活きる』は高評価で、私も名作だと思っています。 
 なおこの『羅曼蒂克消亡史』で彼は日本軍人に抗する実在したマフィアの首領に扮しており頭の髪は豊かで、いつもの彼とはかなり違っていました。その実在の洪琪峰(ホン・チィフェン)は戦争中は上海で徹底的に日本軍に抗して生き残こり、戦後は活動拠点を香港に移した中国でも有名なマフィアだったそうです。

 女優・章子怡(チャン・ツィイー)は張監督の『初恋の来た道(中国題:我的父親母親、1999年作)』でデビューし、その後『Hero(ヒーロー)(中国題:英雄)』、『Loxers(中国題:十面埋伏)』、『グランドマスター(中国題:一代宗師)』、『ジャスミンの花開く(中国題:茉莉花開)』等、張監督作品に多く出演しています。またアカデミー外国語映画賞を受賞した2000年の『グリーン・デスティニー』、ジャッキー・チェンやクリス・タッカーと共演した2001年の『ラッシュアワー2』でハリウッドデビュー、国際的に知られる女優となっています。日本の鈴木清順監督作品『オペレッタ狸御殿』とハリウッド映画『Sayuri(サユリ)』の主演女優でもあります。巷では中国版スキャンダルの女王とも言われましたが、一昨年結婚後女児を出産して個人的に幸せいっぱいの様子がネット上に紹介されています。 
 映画は多くが虚構の映像作品でありますが、脚本、監督、出演俳優などの製作者の思いをどう理解し受け止めるかが、映画を見る私にとって貴重な楽しみでもあるのです。

 私が中国吉林市に来てこの間見てきた中国映画や中国TVドラマは時代背景が抗日戦争ものが大半です。つまり、それだけ多く作られているということです。私が見た映画を日本の人が見ると誰も不愉快な気持ちになると思います。朝鮮半島と中国大陸侵略といった日本にとって不都合な事実を、日本政府が客観的事実として認識し、謝罪と反省の姿勢を中国にも韓国にもきちんと示して来ていないことがその様な映画を作らす結果を招いている原因だと思えてなりません。本号で紹介した2本の映画で私が日本の人に推薦するとしたら『長城』よりも『羅曼蒂克消亡史』です。

 (吉林市在住・日本語教師)


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