アメリカの隷属の道具となる安保法制とTPPは同根
— 頭を冷やして日本の自主独立を考える —

篠原 孝


<最後にならなかったマウイ島閣僚会合>

 8月31日、最後だと喧伝されたマウイ島でのTPP閣僚会合が合意に至らなかった。気が滅入ることばかりが多い安倍政治・外交の中で、久方振りにホッとするとともに留飲が下がった。
 【TPP交渉の行方シリーズ40(前号)】で書いたとおり、とてもまとまるような条件は整っていなかった。それにもかかわらず、甘利担当相はTPA法が通過したのですぐにでもまとまるようなことを吹きまくり、2010年の秋からずっとTPPを支持し続ける大手マスコミは提灯記事を書き続けた。
 私のようにアメリカや諸外国の動きを知る者にとっては歪んだ状況把握としか言いようがなかった。結果は日本国政府とマスコミの期待を大きく裏切って事実上決裂した。
 合意成立を見越してカードを切りまくったのは日本一国にすぎない。はやる政府やマスコミが合意を前提として用意した声明や特集はすべて反故になった。「国益に合致しない交渉を成立させる必要はない。日本の農業を守るためにがんばる」という稲田朋美自民党政調会長こそ正鵠を得たものである。

<もっともなNZの主張>

 カナダが二国間協議でオファーをしないと言われていたが、最終段階でハーパー首相が乗り出し、何らかの妥協案を出したという。ところが、伏兵NZが会合の流れを変えた。甘利担当相はNZに怒りをぶちまけ「頭を冷やしていただかないと」「本当にまとめる気があるのか」といった暴言を吐いている。
 それに対してNZグローサー貿易相は「NZが問題だ、ということは受け入れられない」と反論している。日本にとって乳製品の輸入拡大は大きな痛手だが、そもそも06年にNZ・チリ・シンガポール・ブルネイの4ヶ国で始まったP4協定に、08年にアメリカが参加させてほしいと申し出ており、日本に至っては13年7月からの交渉参加である。つまり、新参者がでかい顔をするのを小国NZのプライドが許さなかったのだ。そもそも「関税ゼロ」が交渉参加の条件だったのであり、日米加等に乳製品の完全自由化迫って譲らないNZの主張は当然のことなのだ。
 世界の交渉は今や大国の思うままにならなくなった。私が携ったガット・ウルグアイラウンド交渉では、米・EUの超大国が話をつければ大体まとまったが、WTOドーハラウンドからはそうはいかなくなった。BRICSの力が増し、セーフガードを巡り中国・インドが譲らず、交渉はすんでのところで決裂した。日本とアメリカが二大国さえ手を握れば成立するという尊大な態度をとった。それに対して今回は本家のNZが正論を吐き、意地を通して中・印と同じ役割を演じたことになる。

<アメリカのずるい魂胆にまんまと乗せられた日本>

 いつまでたってもまとまらないWTOに業を煮やして、各国は二国間のFTA・EPAや地域協定に走った。その一つがアメリカが主導権を握って動き出したTPPである。アメリカの魂胆はわかっていた。EU抜きでなんでも言いなりになる日本を取り込めば、アメリカの思いのままの地域協定ができあがる、と踏んだのである。アメリカは通商交渉では日本をやり込められなくなり、1989年の日米構造協議以来、アメリカのルールを日本にも呑ませることで世界を牛耳ろうとしだした。もっと言えば、アメリカが日本を隷属させ植民地と同じように仕向けていこうと方針を転換したのである。
 TPPでアメリカの会社が日本でアメリカ国内と同じように活動できるようにし、軍事的にも日本をアメリカの手足のように使おうとしているのだ。そこに尾っぽを振ってすり寄ったのが安倍政権である。その頂点は、4月29日のアメリカ議会での安倍首相媚米演説ないし日本属国化演説である。日本には中国と友好関係を回復しようとする者を媚中派と蔑む者がいるが、その言葉を借りれば安倍政権は媚米一辺倒になってしまったのである。日本の属国化の手段(ツール)がTPPと安保法制であり、根っこは完全につながっている。アメリカに対する態度があまりに卑屈であり、悲しくなる。

<アメリカ一辺倒は世界の潮流からずれる>

 オバマは力点を大西洋から大平洋に移すリバランス(再均衡)戦略と称して、アジア・太平洋重視を打ち出した。TPPについては09年秋サントリーホールの演説で初めて触れている。鳩山政権の東アジア共同体構想を牽制したのである。中国をソ連に代わるライバルと見立て、TPPで対中包囲網を造り、日米防衛協力指針を改定して日米軍事同盟を強化することによりリバランスを達成しようとしている。
 だから、イギリスさえ参加したアジア・インフラ投資銀行(AIIB)にアメリカと日本だけが参加せずにいる。まさに滑稽な姿である。
 ひょっとすると日米同盟はひたすらヒトラーに傾倒した戦前の日独伊三国同盟に擬せられるかもしれない。つまり、世界の潮流からはずれた一方的な動きなのだ。ところが残念ながらかつてのドイツ一辺倒が今アメリカ一辺倒と同じ状態になっていることを、多くの人が気付いていない。私はこのまま行ったら日本は必ず過ちを犯すと思うからこそ、この同根の二つ、TPPと安保法制には断固反対しているのだ。

<日本にこそ必要なリバランス外交>

 私はアメリカとケンカせよと言っているのではない。アメリカとも仲良くすべきだし、中国・韓国とも同じように仲良くやっていくべきなのだ。要はアメリカとの対峙の仕方が間違っているのである。日本こそアメリカと中国の間でバランスをとる必要があり、リバランス外交は日本にこそ求められているのだ。
 ところが、TPP交渉では日本はアメリカの露払いをし、マレーシアやベトナムの味方などした形跡が全くみられない。こじれて決裂の要因の一つとなったバイオ医薬の保護データ期間問題(アメリカ12年、その他の国5年)にしても、日本がアジアの国々の立場に立ってアメリカを諌めなければならないのに、8年というなまくらな期間を主張し、アメリカに追随している。オーストラリアは発展途上国と一緒になって5年を主張している。日本アジア諸国を親身になって支える姿勢は微塵も見られない。大手製薬会社とそのロビー活動により12年をピン止めされている。従ってフロマンUSTR代表は一歩も譲ることがなかった。TPAは授権法ではなく、アメリカの妥協を許さない法律になっている証左である。

<ASEANから頼りにされない日本>

 TPPは「アジアの成長を取り込む」「バスに乗り遅れるな」と囃し立てられた。しかし、中国も韓国も参加しない。ASEANの大国インドネシア、タイ、フィリピンもアジア通貨危機のアメリカのやり口があまりにひどかったため、参加しようとしない。カナダとメキシコが、日本が交渉参加を明かするまでTPP交渉に参加しようとしなかったのも同じ理由からだ。
 それに加えてASEANの主要国がTPPに参加しないのは、アジアの兄貴分たる日本が全く頼りにならず、アメリカ以上に傍若無人に振る舞うことを知っているからである。
 私は良識のあるアメリカの国会議員が、大企業の利益にしかならないTPPを止めてくれると期待したが、あとちょっと及ばずTPAが通ってしまった。ただ、TPPの内容が知られてくれば、民主党だけではなく共和党の保守派や穏健派も必ずもっと反対してくることは間違いない。

<嘘をついてブレまくる安倍政権に国益を守る気なし>

 マウイ島では、カナダが酪農家を守るために頑張り、関税をどれだけ下げるとか輸入量をどれだけ増やすかなど少しも明らかにしていない。マレーシアやベトナムも特許で譲ることがなかった。ただ一国日本のみ、農産物関税でも何でも具体的な数字をマスコミに次々に流してベタ下りである。国会決議などどこ吹く風、国益など全く眼中にないといってよい。その代わりに頭の中にあるのは、秋の臨時国会の承認に間に合うように、16年の参院選前のTPP審議を回避したいという、それこそセコい小手先の事しか考えていない。
 私はとても自民党安倍政権にはTPP交渉を任せる気になれない。12年末選挙の自民党の政策ポスターは「ウソつかない。TPP断固反対!ブレない」だったが、現実はウソをついてTPP交渉に入り、5品目を守るといってまたウソをつき、交渉でも譲りまくってブレまくっているからだ。

<日本だけが前のめり>

 私は日本が参加してから6回開催された閣僚会議のうちブルネイ、シンガポール、インドネシアのバリ島、シドニーと4回もお付き合いしている。マウイ島会合はもう4回目の最後の閣僚会議である。甘利担当相は未練があるのだろう「8月末までというのは共通認識だ」と早速楽観的希望を再び述べているが、かつては歩調を合わせていたフロマンUSTR代表は慎重であり、「残す問題の解決に向けて作業を続ける」としか述べていない。常識的に見て、この1ヶ月で残された問題が解決するとはとても思えない。アメリカからしたら、この次にまとまらなかったらTPPはもうお蔵入りしかないと心配しているのだろう。それよりもNZを必要以上に悪者にして、このままTPPを漂流させて、いつの日か復活させたほうがよいという選択肢も見えてくる。自らの失敗を隠すために、ババ抜きのババをNZに引かせたのである。

<もともと無理なTPP>

 日本を除く各国は国益を死守し、また追い求めて必死で交渉しているのである。だからまとまらなかったのである。ただ、何でもアメリカの思いのままにするのも、関税ゼロにして国境をなきものにしてしまうのもはじめから無理がある。
 加えてアメリカの大統領選日程があり、10月のカナダの総選挙もある。安倍首相は一人「あと1回開けばまとまるところまできた」などと軟弱なことを言っているが、世界は違ったベクトルで動き始めている。また、TPAは為替操作、原産地規則、環境、労働等の難問すべて先送りにしており解決していないのだ。だからアメリカこそもっと時間が必要なのかもしれない。

<頭を冷やしてアメリカとの付き合い方を再考すべし>

 安保法制は、7月15日の強行採決後、国民の支持率が急落し黄信号が灯り出した。最後という触れ込みのTPP閣僚会合もまとまらなかった。他の交渉国はほとんど関税の引き下げ幅を示さない中、一国日本のみ、全てを曝け出して譲りに譲りまくった。そして、日本の新聞は、その数字を連日報道した。磯崎首相補佐官の前に、国益を損ねる稚拙な交渉担当こそ糾弾されてしかるべきである。
 折しもウィキリークスに、アメリカのNSA(国家安全保障局)が日本政府や大企業も盗聴していたことが明らかにされつつある。ドイツやフランスは怒って抗議しアメリカは慌てて弁明したが、日本の抗議には明確に応えていない。これが憐れな同盟国日本の姿である。日本は、アメリカとの付き合い方を考え直すいい機会を与えられたのである。この際、安保法制は廃案にし、TPPからは脱退し、この国のかたちをどうするか真剣に議論すべきではないか。
 暑い夏、頭を冷やして考えるべきだ。その点で私は涼しい信州という好条件に恵まれているので、他の人よりじっくり考えてみるつもりである。

 (筆者は長野県選出・衆議院議員)

※この記事は著者の承諾を得て篠原孝メールマガジン427号から転載したものです。


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