【オルタの視点】

アメリカ大統領選 トランプはどこへ行く(1)

武田 尚子


 「アイオワからニューハンプシャーへ」を書いてからすでに2ヶ月半が過ぎた。アメリカの大統領選挙戦はいよいよたけなわになり、当初は共和党、民主党のリーダーにも評論家にも政治家にも多数の投票者にも、本気では信じられなかったトランプ人気の上昇と持続が、このままでいけばトランプは本当に米国の大統領になってしまうのではないかと思わせ始めた。一方、これを大きな吉報と受け止める彼の支持者は、2月末現在では、コーカスやプライマリーのたびに報告される投票数から見ると、なおも日ごとにその数を増していくかにみえる。

 トランプが成功して大統領になるとする。一体どんな大統領が生まれるのだろう。もともと「アメリカを再び偉大な国にする」をキャンペーンのスローガンにし「イスラム人の入国禁止は言うまでもないが、移民は絶対に入国させるな」「現在アメリカにいる非合法入国の移民は、できるだけ早くすべて本国に送還する」(その費用は110億ドルと推算されてはいるが、その数字には諸説があり、またその支払い方法は不明)「メキシコとアメリカの国境には高くそびえる壁を作る。その費用は全額、メキシコに払わせる」その他、実現の可否に関わらず、大きな公約を次々と重ね、自分に向けられる人々の関心に耽溺してわが世の春を謳歌するトランプの出現で、2016年の大統領選挙はこれまでになく騒々しく、多数のアメリカ人はもとより、外国の人々にさえも、選挙後のアメリカへの期待よりも不安をかき立てながら見守らせる、異例の現象を引き起こした。

 アイオワ戦でトランプが勝利を逃して口惜しがったことはすでにご報告したが、続くニューハンプシャーの共和党のプライマリーで勝利を得た彼は、その後も、ネバダのコーカス、サウスカロライナのプライマリー、ワイオミングと次々に勝利を挙げた。コーカスやプライマリーは各地を巡って6月7日まで続き、その後は全国規模の党集会(National Convention)が行われ、最終的には、11月8日にアメリカ中の有権者による総選挙で共和党、民主党の大統領指名候補への投票で、米国を背負う大統領が出現する。

 コーカスとプライマリーは、各党が、大統領候補を選ぶための予備選挙であり、総選挙で勝利を得ることのできる有能な候補者を一致して選ぶために、各党内の候補者間で必死の競争になる。

 コーカスやプライマリーの得票結果は、候補者にとっては選挙戦を最後まで戦い抜けるか否かの重要な指標になる。
 最初は17人もいた共和党の立候補者たちは、一人ずつ選挙戦から脱退してゆき、現在ではドナルド・トランプ、テッド・クルーズ、ジョン・ケーシックの3人きりになった。

 最初は共和党の筆頭株として期待されたジェブ・ブッシュが、祖父にH・W・ブッシュ、兄にジョージ・ブッシュをいただく毛並みの良さから、やすやすと100万ドルの選挙資金を得て、他候補を羨望させもした。しかし、トランプの言葉を借りるならジェブはいまひとつ「迫力に欠ける」。兄の起こしたイラク戦争がイスラム国アイシスによるテロの危険を生んだことは、ヨーロッパから中東、アメリカだけでなく、ジェブ・ブッシュ個人にとって大きなマイナスになった。共和党の候補者の中ではもっとも品位のある誠実な人柄と見えるだけに、彼がそれまでの予備選挙の不振から、涙をのんでキャンペーンを脱退したときは、筆者も同情した。ただ、彼にアメリカを任せられるとはとうてい信じられないので、ブッシュの戦線脱落は、アメリカのためにも、彼のためにも祝杯をあげたい気分にもなったのではあったが。

 現在はプライマリーやコーカスのほかに、小規模の集会があちこちで開かれている。さまざまな候補者が、一つしかない大統領職候補に指名されようと真剣勝負を繰り広げるので、昨夜の友が翌朝には敵に変るキャンペーンの厳しさ、怖さを、筆者も何度か実見した。『私が大統領になったら、この人を一番の相談役にしますよ』と言って喝采を浴びたヒラリーも、次第に肉薄してきたサンダースの力にかなりのプレッシャーを感じている。最近は、サンダースがヒラリーに大統領の資格がないと言ったとか言わないとか小競り合いがあって、二人を共に高く評価していた筆者も落胆した。しかし、全米でコーカスやプライマリーが終った後の6月7日には、ヒラリーかバーニーのいずれかが民主党の大統領候補に指名されるのだから無理もないといえなくはない。

 ヒラリーもバーニー・サンダースも、いずれ劣らぬ逸材だと思うが、政治家としての経歴では、サンダースはヒラリーに遠く及ばない。ヒラリーは、ビル・クリントン大統領夫人として、夫が大統領だった8年間はそのままアメリカのファーストレディであった。しかも全米の最優秀な法律家の一人として高く評価された彼女自身のキャリアを追求し続け、2008年の大統領選ではオバマに敗れたものの、彼に指名された国務長官職を精力的に果たしてきた。ビル・クリントンが大統領に選ばれた時の「この選択は一石二鳥というものですよ」と有能な僚友である妻ヒラリーの存在を指摘した言葉は、彼女を知るほど当然だと納得できる。オバマが大統領になってからは、上院議員、さらに彼の国務長官として活躍したヒラリーの、政府の重鎮であった経験の豊かさと、若い時から関心を持って働いてきた「子どもの権利」を守り「少数民族」の擁護を訴える活動は、堅苦しい法律家でなく、生身の人間の暖かさを感じさせる。当代の女性解放者のモデルとしても、彼女は老若の支持者を惹きつけているのである。

 この強力なヒラリー・クリントンを相手に民主党内で大統領指名を争っているのがバーニー・サンダースである。
 サンダースについては2ヶ月前のオルタで、かなり詳しく紹介済みであるが、ユダヤ移民の両親が移住してサンダースを育てたニューヨークのブルックリンは、やはり移民であったヒラリーの両親の住み着いた彼女の故郷でもあった。4月19日にはニューヨークのプライマリーがあり、共和党側ではトランプが勝利し、民主党側ではヒラリーとバーニーが大統領指名候補を争うことになった。

 共和党にはもう一人、大統領選の候補者がいる。オハイオ州の知事、ジョン・ケーシックである。はじめてこの人をTV画面で見て、簡単な話を聞いたときから、私はこの人の支持者になった。なぜか。政治家とは信じられないほど正直なひとだということを直感したのである。オハイオ州はケーシックが知事になったとき、借財に苦しんでいたらしいが、この人は何も大げさなことを言わず、少しずつ財政を改善して、赤字は抹消し、かなりの余剰金を作って、シニア階級の福祉に当てているといったと思う。そして、大統領選にも挑戦したのである。

 不思議なことに、プライマリーやコーカスでオハイオも取り上げられ、この温和なひとの誠実さがわかってくると、少しずつメディアにもその名が登場するようになった。ニューヨークタイムズ紙は、共和党で同紙が推薦できるのはこの人のほかにないといった。最近まで知らなかったが、この人の本職は、イラストレーターなのである。かなり知られていて、個性のある、面白い絵を描く。この人がなぜ大統領選に?という疑問に、彼は擽ったそうにこれだけ答えた「二人の娘たちが私を見限る前に、彼女らの住む世界のために、何かしておきたいとおもってね。」ようようケーシックさん。ご健闘を祈ります!

 ここで触れておきたいがアメリカは確かに移民の国である。選挙情報で紹介されたヒラリーの父親は、製造業者として成功したが、別の情報では、ヒラリーの母親がメイドとして働いたとある。ヒラリーはウェルズリー大学からエール大学の大学院で法律を学んで優秀な法律家になった。移民の国に来て、懸命に働けば、才能ある子供を伸ばしてやれたのはごく当たり前のことなので、とりわけ大統領選などでは、初代移民の親の苦労が、むしろ誇らかに語られる。例えば共和党のトランプと指名を争っているテッド・クルーズからは、父親がホテルの皿洗いをして家族を養ったという話を何度も聞いた。彼はプリンストン大学からハーバードの大学院に進み、州の法務長官他の要職についた優秀な法律家だということだ。

 またつい最近まで、トランプにかわる共和党の大統領候補の一人と目されていたが、キャンペーン戦線を脱落したばかりのマルコ・ルビオも、ホテルのメイドとして働いた母親を尊敬して誇らかに語る。アメリカでは、親たちの苦労が子供に何を達成させたかを語ることが、親たち自身の達成を語ることにもなる。その点、文化人類学の博士号を持つ母親と、南アフリカから政府に選ばれて、留学生としてアメリカに来た父親を持つオバマは、上記の苦労移民の中では別格の選良とさえ言えるのだが、彼には黒人の血という問題が付いてまわるのである。
 親たちの苦労話は、決して惨めには語られない。それはアメリカの好調な発展の時期に重なり、知力と意思と努力があれば中産階級の安定した生活が約束さられた時代、大きなことも達成できた時代、ヨーロッパをはじめとする世界中の移民が、民主主義の恩恵に感謝して生きることのできた良き時代のアメリカであった。

 民主党にはもともと3人の大統領候補者しかいなかった。
 ヒラリーとサンダースのほかに、戦線を脱退したマーチン・オマリーがいた。メリーランドの知事で、3人のうちではもっとも若く、かなり強力な、将来の大型政治家を想像させる好もしい政治家であるが、ここではそれ以上は触れないでおこう。

 では共和党側はどうだろう。彼らはもともと17人の大統領補を抱えていたが、一人ずつ脱落して、最近までは5人、今この時点ではドナルドトランプ、テッドクルーズ、ジョン・ケーシックの3人になった。脱落したのは、最近まで大統領候補を目指していたフロリダ州の知事、マルコ・ルビオと小児神経外科医のベン・カーソンである。カーソンは、シャム双生児のような、肉体の一部が癒着した二人の子供を切開する黒人の外科医として、海外にも知名度が高く、その手腕は【神業】と、病院内でも畏敬されていた。彼が大統領候補になったのは、引退後のことであった。それなりのファンがいたようだが、なぜ引退後に全く関係のない政治の世界に入ろうとしたのかは、局外者にはわからない。ときに予備選挙で高率の投票を得ることもあったが、全体として不振で、カーソンは結局は大統領選挙からは身を引いた。

 さてトランプ人気がつづくとしたら、彼と対抗できる強力な共和党候補としては、テッド・クルーズが一番だろう。彼もまた移民の子であり、オバマ同様、生誕問題でキューバ生まれの真偽を問題にされたが、何とか切り抜けた。プリンストン大学からハーバードの大学院で法律を学び、弁論では共和党随一とされている。父親は牧師で、テッドはティーパーティお気に入りの候補である。

 ここでまずクルーズがどんな政治家であるのかを一応見ておきたい。上院議員、負債をなくす最上の方法は予算をきちんと守ること。法人関係。一旦緩急あらばストを先導する。かつての判事、やはりキューバ移民だった父親をもつテッドは大統領選にあたっては緊密にその動向を(党内で)観察されている。ティーパーティのお気に入りでもある。共和党の重要な決断の時期にあたって、彼の考える政策における十の問題点を見ておこう。

・予算と負債:負債をなくす最上の方法は、きちんと予算を守ること。
・法人:法人所得税をなくす。輸出入銀行の収入税と燃料更新のための連邦補助をなくす。
・移民政策:現在の、不法入国移民を許容して米国に止めておかないこと。トランプと共通する。

 クルーズはとりわけ、オバマ大統領の不法入国移民を今以上許す大統領の行為を阻止する議案を提出した。それは子供としてアメリカに連れてこられた者の滞在拒否も意味している。クルーズによれば、そんな行為はますます不法入国者を増やす。さらに2013年に上院をパスした彼の補正案の一つは、国境パトロールの数を3倍にし、彼らの装備を4倍にすることだったが、それはパスしなかった。
 包括的移民法案にも反対する。それは恩赦に等しいからというのである。

・オバマケア医療保険:廃棄せよ。
・イラン:議会が条約のアウトラインに賛成するまでは会談はするな。対イラン制裁を増加し、より厳しくせよ。
・イスラム国対策:アメリカの地上軍を今は送り込むな。しかし絨毯爆撃を含む壮烈な空襲を行うことだ。

 なかなか厳しいお人ではある。
 次に、トランプの政策に目を通してから、彼がどんな大統領になるのかならないのかも考えることにしたい、という予定ではあった。しかし例によって、またもやオルタへ送付の時間に遅れている。それに、トランプと法王フランシスの、壁についての衝突の話も書きたいのに、いくら時間があっても足りない感じがする。それでも、原稿を送らなくては困られるのはわかっているので、今はここまでをお送りし、残りは書き上げて来月回しにさせていただくことをお願いしてみよう。とにかく大統領選は連日ものすごい量の読み物になるので、のろまな私にはなかなか大変なのである。読者にもお許しを乞いながら、ここで一応擱筆させていただく。

 (筆者は米国ニュージャージー州在住・翻訳家)


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