【コラム】
フォーカス:インド・南アジア(6)

ブータン王制の継続と天皇「生前退位」

福永 正明


 日本では今上陛下の「生前退位」をにじませた発言が、大きな話題となっている。今回は、この発言から、「皇位・王位継承の維持」、そしてアジアの事例について紹介したい。

<一>

 ヒマラヤの山岳の小さな王国、ブータン国王陛下夫妻に2016年2月5日に第一子の皇太子となる男子が誕生した。第5代国王のジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク陛下(1980年2月20日生まれ、36歳)は、2011年10月に10歳年下の一般民出身のジェツン・ペマさんと結婚した。

 同年11月に「新婚旅行」の一環として訪日、これは大震災後の初「国賓」として歓迎された。国王夫妻は、東京、京都だけでなく、東日本大震災・津波の被害直後の福島県を訪問した。特に11月18日、相馬市桜丘小学校を訪れたご夫妻は、子どもたちと交流、「私たち一人一人の中に、人格という龍がいます。その龍は経験を食べて大きくなるのです」と語りかけた。国教をチベット仏教とするブータンの人びとは自国を「雷龍の国(ドゥクパの国」と呼んでおり、龍は国旗にも掲げられた重要な生き物である。子どもが大好きだという国王のやさしい気持ちが伝わる、この子どもたちを励ます言葉は、大きく報道され感動をもたらした。

<二>

 インドと中国に挟まれたブータン王国は、近隣の旧二王国の、チベットが中国、シッキムがインドに侵攻・併合されたことから、国家存続が最大の課題である。また現王家が政権を掌握したのが1907年と歴史が短く、王制正統性を示すために王権継承者の誕生は待望されていた。

 つまり、政権地盤の弱い現王室は、どうしても「王位継承の正統性」を示すため、前国王が早期に退位し、現国王へ移譲した。現国王が即位した2006年は、26歳であった。それには、南アジアの情勢が大きく影響した。つまり、同じく英領植民地であった山岳小国のネパールは、専制的王制であった。20世紀後半から、政党や市民運動による「民主化」、さらには「ネパール共産党毛沢東主義派」による反政府武装闘争が続き、民主化と王制維持は常に問題とされてきた。最終的には、共産党勢力が政府軍を押し込め、国民も王制打倒による民主化を求める大きな運動が展開された。この際にネパール国民たちには、2000年発生の宮廷内虐殺事件での不明瞭な王位継承、皇太子による権力を悪用した暴政(交通事故での殺人事件をもみ消し、民間企業からのワイロ受領疑惑など)に対抗し、「あの皇太子が国王になるならば、王制はいらない」という声が広まったのが、ネパール民主化の最終決着であった。

<三>

 ブータン第4代国王は、50歳代にもかかわらず自らの退位を決めた。その直前の2008年には、新憲法制定、立憲君主国となり、その憲法第2条第3節には、初代国王ウゲン・ワンチュク王の摘出の子孫であり、直系の子孫、さらに長子優先、男子優先(ただし女性の即位可能)と定めた。つまり、第4代国王は民主化と立憲制樹立を行いながら、「王制継承」の安定化をはかり、それを息子である皇太子への譲位で最終実現した。今回誕生した「第一子の男子」は、まさに王位継承権第一位となり、皇太子の誕生となる。王家は、これにて安定の道を歩むこととなろう。

 独自の国家運営策である「国民総幸福量(GNH)」により国家建設を進める。GNHは、「世界で最も幸福な国」とか誤って紹介されることもあるが、「国家建設方針」として理解するべきであろう。すなわち、政府や公務員は「すべての国民の幸せ実現のため」努力を惜しまず、国民もすべての人が幸せとなるよう務めるとの内容である。

 しかし、観光業と水力発電による電力のインド売却しか国家収入がなく、国民の生活も格差が拡大している。今の生活に対して不満をもつ人びとたちも多い。自由な意見を表明できるという民主化は、国民の反王制、さらなる民主化要求となっている。

 また、中国とインドの中間にあり政治的かじ取りも難しく、中国からの安価な商業日用品の流入は、政府には止めることもできない。石油、自動車、日用品をすべてインドから輸入してきたブータンには、価格の安い中国との経済的結び付きへの魅力は強い。

 また、1970年代から続いたネパール系住民の「棄民策」もあり、ブータンは「世界で最も難民が流出している国」の一つである。政府は、国連などの仲介にもかかわらず、海外に出たネパール系住民の帰国はもちろん、「国籍・市民権」すらも認めない。
 こうした民主化と逆行する動きもあるなか、一方で王制強化を進めなくてはならないのがブータン王室である。「正統性継承」が、いかに国家の最重要な課題であるかを示している。

 今上陛下の今回の発言は、「国民が次の世代の皇室をどのように扱うのか」との心配が最初にあるのではないだろうか。天皇制廃止には、憲法改正が必要となるが、それは今の日本では現実的ではない。だが、現在の皇太子家への国民の冷ややかな目線、秋篠宮家では子どもたちだけが話題となり、その他皇族も高齢者、病人が多い。

 ブータン王制による「生前退位」と「王位継承」、その「正統性」誇示は、どうも今上天皇の動きと重なるようである。

 (岐阜女子大学南アジア研究センター長補佐)


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