【北から南から】ミャンマー通信(23)

深刻さを増す総選挙をめぐる動向

〜6者協議による打開は可能か?〜

中嶋 滋


 本年秋に予定されている第2回総選挙は、ミャンマーの将来に決定的な影響を与えるものとして注目されてきました。特に、2012年4月に実施された補欠選挙にNLD(国民民主同盟)が参加し圧勝して以降は、第2回総選挙でもNLDが圧勝して民主化が急速に進展するのではないかと期待され、国内のみならず国際的にも関心が高まっています。その関心の中心に、アウンサンスーチー氏(NLD党首)が選挙後に大統領になりうるか否かの問題があることは確かなことです。

 しかし周知のように、現行憲法(08年憲法)の下では彼女が大統領になることは不可能です。選挙に向けた政治攻防の焦点が、憲法改正とりわけ大統領資格に関する59条f項と非選挙軍人議席に関する436条の改正になっていることは、当然の成り行きといえます。その問題を含め、第2回総選挙をめぐる最近の動向について、報告したいと思います。

●NLDが地滑り的大勝をしても----

 08年憲法の規定によれば、外国籍の家族がいる者は大統領になる資格がないとされています。この規定は、アウンサンスーチー氏を大統領にしないために設けたといわれていまして、その改正はほぼ不可能と判断せざるを得ないものです。「ほぼ」というのは、憲法改正は国会で4分の3を超える賛成があれば可能であるからです。

 しかし、4分の1の議席が非選挙軍人議員(国軍最高司令官の任命による)によって占められていますから、国軍の同意が無ければできない仕組みになっているわけです。現状では、国軍がアウンサンスーチー氏の大統領就任に賛成するとは考えられませんので、不可能と判断するのが妥当ということになってしまいます。こうした事情の下での、おそらくは戦術的な対応であったのでしょうが、アウンサンスーチー氏の国軍へのシンパシー表明が幾度となくなされて、一部から批判が出されたこともありました。
 彼女が「国軍は私の父によって創設された。私は小さい頃から国軍にシンパシーを持ってきた」と、「国父」と呼ばれ今もなお国民の尊敬を集めているアウンサン将軍の娘として呼びかけても、その効果は一向に現れていないのが現実なのです。

 そして、この国独特な大統領選出の仕組みについても考えておく必要があります。大統領および副大統領は、国会議員の投票によって選ばれます。その選出過程は次のようなものです。まず、選挙によって選ばれた下院(国民代表院)議員、同じく選挙によって選ばれた上院(民族代表員)議員、そして非選挙の上下院軍人議員、これらの3グループがそれぞれの大統領候補を選びます。
 この段階で、先に触れた「資格条項」の威力が発揮され、アウンサンスーチー氏は候補者になりえません。次に、上下院の全議員(軍人議席を含め)の投票によって、3人の候補者の中から大統領が選出されます。そして、投票結果の2、3位の候補者はともに副大統領になります。この制度の下で国軍の代表は、大統領は難しくとも必ず副大統領にはなれるわけです。なかなか巧妙というか狡猾な制度です。

 ミャンマーの選挙制度は、上下院とも軍人議席以外は全議席が小選挙区での選出によるとされています。下院は440議席中330、上院は224議席中168が選挙で選ばれますが、NLDをはじめとする野党が全小選挙区で勝利しても(実際上ありえませんが)、国軍が同意しなければ憲法改正はできないわけで、従ってアウンサンスーチー氏の大統領就任もありえないわけです。

●無視された500万筆の署名と国会審議

 そうした状況を打開するためNLDが436条と59条f項に焦点を当てた憲法改正を求める署名活動に取り組んだことは、昨年報告した通りです。短期間で300万筆を超え最終的には500万筆を超える憲法改正要求署名が集められましたが、圧倒的多数を占める与党と国軍議席によって完全に無視されてしまいました。
 国会での論議は、各党から出された改正要求案を含めた憲法改正委員会報告に基づいて逐条的に審議・採決するという形で進められましたが、当初予定されていた昨年中という期限内に結論に至りませんでした。おそらく与党や国軍に力で押し切ることへの躊躇があったのだろうと思われます。国際社会の反応を気にしたものと思われるのです。

●6者協議に委ねる決定

 少数意見をも尊重し慎重に審議している姿を示すポーズなのか、本当にその場を通じて結論を得ようとしているのか分かりませんが、国会は6者協議の場を設ける決定をしました。6者とは、大統領、国軍司令官、上・下院議長、少数民族代表、アウンサンスーチー氏、です。ここでも「改憲派」は2名で少数派ですから、余程大胆な改革への決断が与党および国軍側にないかぎり、憲法改正に向けた方向の結論が出てくるはずがありません。

 当初、アウンサンスーチー氏は、この場を通じて解決は図られるとの楽観的と思われる見通しを示していました。しかし昨年末、彼女は記者会見を開き、6者協議の場が持たれておらず憲法改正に向けた具体的な努力がなされていないこと、この状態が続けば第2回総選挙へボイコットもあり得ることなどを表明し、不満といらだちを露にしました。

●選挙は10月末から11月初旬に実施

 昨年12月に予定されていた補欠選挙が一方的に中止になり、大統領が国民向けのラジオ演説で「国内紛争が完全に終結した平和な状態で総選挙は実施されるべきだ」と言ったことに対する野党側からの「和平が実現できなければ選挙は実施しないのか」との問いに答えなかったことなどから、政権側に選挙延期の意図があるのではないかとの憶測が一時期流布されました。

 しかし、選挙委員会が10月から11月初旬の間に選挙を実施するとし、選挙運動期間は昨年一旦30日間と通告したが広範な反対の声に従って60日に拡大し、具体的な手続に関しては投票日の90日前に発表すると明らかにしたので、第2回総選挙の実施は確定したといってよいと思います。

 目下の関心事は、2010年選挙のようにNLDがボイコットするか否か、そしてアウンサンスーチー氏の去就は如何ということです。

●アウンサンスーチーは下院議長に?

 そこに降って沸いたのが「アウンサンスーチー氏が大統領をあきらめ、その代わりに下院議長になる意思がある」との報道です。その報道は、1月初旬の週刊紙のウェブサイトに掲載され、その後国際メディアでも取り上げられたものです。それには、アウンサンスーチー氏の相談役(confidante)とされるアウンシン氏が「彼女に大統領資格を保障するための憲法改正には時間が足りなさすぎる。だが国会議長になれれば幸せなのではないか」と言ったとの引用が含まれていて一程の「信憑性」があると思われたのです。

 しかしNLD上級幹部は、「選挙に参加するか否かも決めていないのに選挙後に果たす役割について決めるはずがない」、「アウンシン氏がいったことは、たぶん彼の個人的な考えであって、我々は何も決めていない」と、報道内容を全面否定しました。そして、NLDの選挙への参加について、今後6ヶ月間の政治状況の進展によって決まるだろうが、人々の強い気持ちが決定の鍵となろうとも述べています。

 真偽の程は分かりませんが、いずれにしても水面下も含め予断を許さない緊迫した政治状況が続くだろうことは想像できます。この国の将来にかかわる重大な問題ですから、注意深く見守りたいと思います。

 (筆者はヤンゴン在住・ITUC代表)


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