【コラム】酔生夢死

似た者同士

岡田 充


 「生き馬の目を抜く」。他人を出し抜いて利益を得るという意味で「油断も隙もない」例えとされる。「刹那的」や「薄情」など負のイメージが強い。1980年代の後半、香港特派員をしていて、これほど香港にふさわしい形容詞はないと実感した。中国返還が決まっていた当時の香港は、株価と不動産価格が上昇。そこで高値で売り逃げし、カナダやオーストラリアに移住する香港人が急増した。香港が「共産中国」になっても、外国人としてビジネスができる「保険」と考えられていたからである。

 そんな「薄情な」香港チャイニーズに、あのドナルド・トランプが頭を下げ、経営危機をしのいだ逸話がある。米紙ニューヨーク・タイムズなどによると、1990年代初め不動産の値崩れから多額の借金を背負ったトランプは、まだ景気が良かった香港に飛んだ。マンハッタンに持つ土地開発の出資のパートナーを探すためである。

 トランプは資産家の羅康瑞(ビンセント・ロウ)に頭を下げ出資を懇願。その甲斐あって羅は出資を決め、トランプが30%の利益を得る契約で開発に着手した。2005年、トランプがこの不動産を売却すると、価格は膨れ上がり「濡れ手に粟」で5億ドルが転がり落ちることに。

 だが「欲張りトランプ」は、売却値が低すぎたとして羅らを相手取り10億ドルの損失補償を求める訴訟を起こした。結局トランプは敗訴するのだが、その後の二人の関係は面白い。
 トランプは羅康瑞と関係を修復。羅が同席する国際会議に出た際、羅を指さしながら「自分の命を救った人」と持ち上げた。一方の羅も「トランプにとって訴訟を起こすのはランチと同じく軽いこと」と恬淡としたもの。

 トランプを救った羅康瑞とは何者か。香港生まれでことし69歳。かつて上海でホテルを経営したが天安門事件で客数が激減。パートナーの共産主義青年団に融資を斡旋して窮状を救った。この時の青年団長が韓正・政治局員(上海市党委書記)である。羅は上海の観光名所「新天地」のオーナーでもあり、2015年から香港の「経団連会長」ともいうべき香港貿易発展局(HKTDC)主席を務める。

 逸話を長々と紹介したのは訳がある。世界の耳目は、米大統領になるトランプがいったいどんな「取引外交」を展開するのかに集まる。特に台湾カードを切って北京を揺さぶっただけに、米中関係の行方は注目の的。その意味で羅康瑞との「取引」と「法廷闘争」それに「矛の納め方」は、トランプの出方と北京の対応をうかがう上でとても参考になる。

 かつては香港の形容詞だった「生き馬の目を抜く」は今や、「赤い資本」全体の代名詞にもなった。「抜け目ない視線に、薄情そうな薄い唇」…。トランプと「赤い資本家」たちの表情はよく似ている。似ているのは表情だけではない。思考方法もまた共通部分が多いからこそ、相手の出方がある程度読めるのではないか。似た者同士の駆け引きは見ものである。(敬称略 本稿は朱建栄・東洋学園教授の『参考消息』新33号を参考にした)

 (共同通信客員論説委員)


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