【オルタの視点】

アメリカ大統領選レポート

共和党推定大統領指名候補〜ドナルド・トランプ〜

武田 尚子


 2016年5月3日、インディアナの共和党プライマリーでトランプは勝利し、推定大統領候補の指名を共和党からあたえられた。最終的には強敵であった共和党のテッド・クルーズが好成績を得られぬまま、選挙戦を脱退したことがトランプの直接の、インディアナ・プライマリーでの勝因になった。
 トランプとクルーズの他には、マルコ・ルビオ、ジョン・ケーシックの二人の候補者がいたが、次々に選挙戦を去っていったので、結局最後に民主党と果し合いをするのは、トランプにきまった。

 トランプをいただく共和党は、インディアナの勝利でにわかに活気を帯び、いよいよあらゆる面で忙殺されることになった。ことに、それまであまり共和党のメッセージに反応を見せなかったラストベルトのような地域からも、支持者の票がどんどん寄せられたことが、尊敬されている上院議員や知事などを含む共和党のリーダーにも影響を与え始めた。共和党のエリートたちは、それまで局外者とみなしていたトランプが大統領指名候補となり、独特の扇動的なレトリックで、共和党主流の揺るがぬ支持者ベースを秋の総選挙に導いていくという筋書き、まさに彼らの恐れていた事態が起こりつつあることを認めるほかなかったのである。

 反トランプ運動の面々はトランプの獲得した(投票)代表の数がまだ大統領指名候補と認められるための規定の必要数にみたないため、トランプ自身が自分の力不足をいやでも支持者の目に認識させる時間はあるから、総選挙に向けて戦いを続けようと励まし合った。この運動の議長であるケイティ・パーカーは声明書の中で述べている。「我々は、多数の共和党員の信じる通り、トランプは真の保守主義者ではないこと、共和党の価値を代表する人間ではない、彼にはヒラリー・クリントンを破ることもできない、一言で言えばトランプは単にアメリカの大統領の資質を備えていないという我々の声を、できるだけ多くの人々に伝え続けていく覚悟です。」と。

 誠実な人柄と実力で慕われたケーシックは、公開のコンベンションまでは選挙戦を継続すると表明したが結局それ以前に脱退した。ルビオを評価する人も多数いたが、彼も戦線を抜けた。

 一方インディアナの民主党プライマリーでは、バーニー・サンダースが勝者となったが、選挙を左右する投票代表の数でヒラリーに大きく劣り、サンダースはインディアナで民主党の推定大統領指名を得ることはできなかった。サンダースは戦いを続けることを支持者に約したが、同時に、彼の勝利がいかにも険しい道であることも熟知していた。

 しかし何と言ってもインディアナのプライマリーの主役は共和党であった。テッド・クルーズは、インディアナでの敗退を予期しつつ、トランプからの何週間もの個人攻撃に反論で復讐をした。トランプは、クルーズの父親が、ケネディの暗殺者リー・ハーヴェイ・オズワルドの傍に立っていた古い写真から、暗殺に関係があるとの暗示をしていたのである(これには根拠がなく、何も起こらなかった)。クルーズはトランプが「病理学的なうそつきで、完璧に非道徳な人間であり、この国で一度もお目にかかったことがないほどのナルシシストだ。彼は、次々に女をあさって飽きない連続的な女たらしである」と決めつけた。ちなみに、トランプは3度の結婚をしている。クルーズはさらに彼のもつ‘侮辱’の語彙を駆使してトランプに投げつけたものだ。「この男は自分が猟色家であることを誇りにしているのです。自分のかかった花柳病を、彼自身のベトナム戦争だとみなし、それとの戦いを喋りまくっているのです、、、」トランプが10年も前に出演したTVショウを引き合いにしてクルーズはつづけた。「トランプは全く病的な大嘘つきです。彼には真実と嘘との見分けがつかない、心理学の本から抜き出した手本どおりだ」インディアナの投票者が投票を始めてもなお、クルーズは喋りつづけた。「彼がどんな嘘をつこうと、その瞬間には彼はそれを真実だと思っているのです、、、、この男は全く道徳性の縛りを持たない人間なのです。」これに対してトランプは、クルーズが自分の失敗に終わりそうなキャンペーンを救おうと、絶望的なあがきをしているのだとやり返した。

 6月6日、ヒラリー・クリントンは、カリフォルニアのプライマリーの勝利で民主党の推定大統領指名を受けた。まことに善戦して、とりわけ多数の青年層を引きつけたサンダースと支持者には痛恨事であり、もう少し若ければ、次の機会があるのにと嘆いた支持者は多いだろう。しかしヒラリーの推定大統領指名は、米国初の女性大統領への可能性を開く歴史的な成果であり、多くのアメリカ人を興奮させた。

 民主党にも共和党にも、まだ各党の大会—コンベンションが、11月8日の総選挙までに残っているが、これは党内で候補者たちの、近い将来に得るべき役職の選択と確認をする重要事を含み、トランプとヒラリーそれぞれの副大統領候補選びも行われる。いよいよ選挙戦はたけなわになった。
 トランプが推定大統領の指名を得たことは、多くのアメリカ人にとって、いわば驚天動地の現実であり、民主党支持者は言うまでもなく、共和党側の多数の有権者にも、なんとかトランプ大統領の選出を防がなくてはならないという思いがたちまち蔓延した。トランプの支持者はメディアで幾度も紹介された通り、大学卒でない働く白人が大半だと言われる。様々な意味で逼迫している彼らの生活にとって、トランプの「アメリカを再び偉大な国にしてみせる」「俺に任せろ」式の口約は、単純な訴えであるだけに人々の心をとらえやすく、トランプの権威を信じて彼について行こうという気にさせるのだといわれる。

 自称他称の、アメリカ一の大金持ちというふれこみ(事実ではない)、リアリティショウを通して全米に普及した有名度と、成功したショー作りで身につけた、人の心をくすぐり、とらえるコツが、彼の権威の雰囲気に輪をかける。支持者たちはトランプが、彼らの言えないことを平気で口に出してくれる、疑問に対してわかりやすい答えを出してくれる、ともいう。彼の「自信に満ちた、決然たる態度、ダイナミックな挙動、笑い方、表情、などに現れる権威の頼もしさ、それらが、彼の横溢するエネルギーとともに伝えられる、そしてエネルギーには伝染性があるのだ」という、スタンフォード大の心理学教授の意見であるが、トランプを直接知らない人間にも、彼に対して自然に心を開かせる見方のであろう。

 同時に重要なのは、彼の政策である。登場以来、たちまち有名になったのは、移民政策である。「メキシコを含むラテンアメリカからの移民には、麻薬運び、窃盗とレイピストが山ほど混じっている。アメリカに潜入するイスラム国のテロリストの危険も重大だ。メキシコだけでなく、ラテン諸国からの移民は全く受け入れるな。自分が大統領になったら、メキシコとの国境に頑強な高い塀を作る。いくら金がかかってもしなくてはならない。」とトランプはいう。
 「誰がその金を出す?」「無論、メキシコ政府に払わせる。」「メキシコが嫌だと言ったら?」「そこは俺が得意のディール—取引—で解決する。俺以上の取引上手はどこにもいない」豪語したが、メキシコの答えは「そんな金はない。払えない」の一点張りである。

 また、メディケア改革や最高額の税金問題などは、大目に見ても彼には二次問題でしかない。彼にとっての最大問題は、アメリカの悩みは全て、ずば抜けた天才トランプの交渉力に任せればよいというに尽きる。しかし彼の覚書を瞥見するだけで、トランプが共和党の指名を得て大統領になった時の、彼の経済観の方角と実質がある程度くみ取れそうだ。そしてそれは、トランプが大統領としていかに準備不足であるか、真剣でないかを心配する共和党の多数に対して、決して慰めを与えるものではない。

 例えばオバマの健康保険—オバマケアについて。
 本年2月の議論で、トランプは州境ラインを無くして市場を開き、オバマケアを扱う保険機関の全てが保険を自由に売ることにすれば保険料はうんと安くなる、といった。少数の専門家が、こうした改革で、オバマケア以後の医療保険の分野では、安い保険ができると賛成した。そして事実、右寄り中央(センターライト)を代表する人たちの大型健康保険改革案のなかには、多様な改革項目のごく一小部分として、この案を入れたものもあったという。しかし、「オバマケアの代わりに、州境を超えて保険を売ること」だけが眼目であれば、この案は物笑いの種になった筈だと評された。

 税金対策—「正当な税金を求める市民組合」、「税金対策センター」、「税金ファウンデーション」の3つの組織が、トランプの税金案吟味の目的で、周到な計算をした。その3つの組織が皆、トランプの案では政府の収入はきたる10年間に平均11兆ドル減少すると報告した。
 その後、適正連邦収入予算分析センターが、トランプの計画では国家の借財が来る10年間に倍増するといったのは、上記の報告が主要な理由である。言うまでもなく、トランプの税金削減は経済を成長させるかもしれない。しかしそのためにはトランプ案の、赤字を調整し、実際に予算をバランスさせるため年間11%の経済成長が必要になる。これは現実離れした数字であリ、中国が1990年代と2000年代に実現したが、先進国に必死で追いつこうと焦る貧しい国だけができることである。ブームだった1990年代の米国では年間平均成長率が3.5%に過ぎなかった。

 不法移民の本国送還。
 現在1,100万人の不法滞在移民をトランプの提唱に従って本国に送還するのは容易だろうか。かつての下院予算部のボス、ダグラス・ホルツによると、彼らをみな逮捕し、送還するには1,000−3,000億の費用と、ほぼ20年を要するという!
 別の考え方では、おそらく不法滞在移民全体の1%程度、つまり10万人あたりは不正確な数字であろう。だからそれを本国送還の対象にすべきだという。
 経済学者はいう、2002年から2013年にかけて、アメリカの家庭では収入が落下してきたが、それは大学を出ない世帯主を持つ家庭でことに著しいと。それ以前には大学を出ていないことが、収入を低下させるというパターンはなかったのである。トランプを支持するアメリカ人は2対1の割合で、移民は社会を弱体化させると証言している。それは、移民の国アメリカの主流とは大きく異なる。なぜならそれまでは、移民はアメリカを強力にするということに国民は同意していたのである。移民なしにいまのアメリカはありえなかった。

 現在でも、移民はアメリカに必要であり、国力を増す重要な力だと考える人は多い。トランプのように、メキシコ移民を窃盗やレイピストと決めつけたり、一人も入国者を入れるなというのは、もともと移民の国だったアメリカ人の常識ではない。しかし、大学を出ないアメリカ人の間では、大学出のアメリカ人よりも19%も多くのアメリカ人が、移民の入国に反対しているのである。そして彼らは移民反対を広めることに熱心でもある。彼らはトランプを支持するだろう、なぜなら、トランプは大統領になることができる、そしてもっと住み良い世の中にしてくれるだろうと信じているからである。

 不思議なことだが、トランプは、批判されればされるほど人気を高めていく。トランプの中心グループの一人の話では、何が起ころうと、何をいわれようと、彼やその仲間が候補者トランプに嫌悪感を抱くようなことは全くなかった。事実はライバルの攻撃があると、トランプの人気ナンバーはただただ向上していった。支持者がトランプに抱く信頼は、ライバルがトランプを攻撃するほど強められるのだった。
 トランプは自分を、反エリートの候補者だと位置付けた。それは若干の投票者に、ある種の候補者を主流の政党やメディアからの批判に免疫にさせた。彼がショッキングなこと(そしてしばしば真実でないこと)をいったと、メディアが彼を酷評する時、トランプへの信頼はより強くなった。29名の参加者のある会合で、全員がトランプに総選挙で投票するかどうかを問われた。9人か10人は投票すると答えた。1時間の、トランプに対するかなり否定的な質問の後で、もう一度質問すると、トランプ支持のグループに、新たに6名が加わった。

 「私はトランプの否定面ばかり話してきたのですが、あなた方は全く彼を支持しているのですね。」共和党の世論調査者は叫んだ。「これこそトランプの投票逸話だ!」

 反エリートの大統領候補は常に存在した。トランプがこれほど成功した稀な人間であるということには、彼の人間よりも、彼の出現した政治的な瞬間が関係しているのだろうとも思われる。

 2010年のティーパーティーの浮上から現在に至る時間の中で、共和党の投票者に不満が堆積していったことをあとづけることができる。その忍耐の限界に、彼らははけ口を見出しつつあるのではないか—誰あろうドナルド・トランプそのひとに! その声に!

 今この瞬間も、動き続けているトランプ情報を追うだけで、今月も時間が過ぎてしまった。
 アメリカ大統領の選挙は、最新情報を二つお伝えして本稿を閉じさせていただく。

 まず、バーニー・サンダースが、ヒラリー・クリントンを、民主党推定大統領指名候補として推奨したことである。サンダースの無念を思いやりつつも、この日を待っていた支持者には、大きな朗報である。ヒラリーの総選挙への日々も、かなり明るくなったことを喜びたい。

 もう一つは、ドナルド・トランプ自身の副大統領候補が、昨日発表されたことである。彼はマイク・ペンスという、インディアナ州の知事である。ヒラリー・クリントンの副大統領については現在5名が検討されている。

 (筆者は米国ニュージャージー州在住・翻訳家)


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