【「労働映画」のリアル】

第13回 労働映画のスターたち・邦画編(13)

清水 浩之


●労働映画のスターたち・邦画編(13) 中井貴一

 《どんな球でも受け止める! 職場を和ませる「二枚目半」のリーダー 》

 今や日本を代表する「二枚目半」スター。色男・美男子を「二枚目」、滑稽な道化役を「三枚目」と呼ぶのは、江戸時代の芝居小屋に掲げられた「八枚看板」にちなんだ表現なのだそうだが、中井貴一の場合、出世作となった『ふぞろいの林檎たち』(1983〜97)で二枚目=時任三郎、三枚目=柳沢慎吾に挟まれた結果、真ん中で双方を調和させる「二枚目半」的なキャラクターが芽生えたのではないかと思う。

 デビューから35年。時代劇からコメディまでジャンルを問わず主役を務め、検事もヤクザも演じ分けられる貴重な俳優となった。職場ではその生真面目さを、若手や女性陣にいじられながらも、いざという時には頼りになる「リーダー」格。最新主演映画『グッドモーニングショー』(2016/監督・君塚良一)では、人気に陰りの見え始めたニュースキャスターが、生放送中に起きた事件に翻弄される姿を、彼独特の「困り顔」で演じた。温和な表情のまま困惑し、落ち着いた声で愚痴をこぼすたびに、映画館に笑いが巻き起こっていた。三谷幸喜が「同世代で随一のコメディ役者」と評した絶妙な可笑しさは、彼が「おじさん」となってから本格的に開花した気もする。おじさん世代の希望の星・中井貴一の仕事を、労働映画の視点から辿ってみよう。

 1961年、東京・世田谷区出身。父は『君の名は』(1953)、『喜びも悲しみも幾歳月』(1957)などで有名な「二枚目」スター・佐田啓二だが、1964年に自動車事故で急逝。その時、貴一は3歳になる直前で、生前の父の記憶は殆どないという。父が買った家で、母と姉(中井貴恵)の3人だけで静かに暮らし、「我慢する」ことを覚えたという少年時代は、華やかなイメージの「二世俳優」の中では珍しい。

 大学在学中の1981年、映画『連合艦隊』(監督・松林宗惠)で俳優としてデビュー。翌年にはNHKの時代劇『立花登 青春手控え』(1982)で、主人公の新米医師を演じた。佐田啓二が「現代的な」「甘い」二枚目として人気を集めたのとは対照的に、貴一の古風な佇まいは、兵隊や侍の役がよく似合った。当時は田原俊彦、近藤真彦ら「たのきんトリオ」の全盛期で、若い男の役柄といえば「美少年」か「ツッパリ」だった時代に、そのどちらにも馴染まない普通っぽさが買われ、山田太一・作のドラマ『ふぞろいの林檎たち』に抜擢された。

 中井・時任・柳沢が演じたのは、名も無き四流大学で就職や恋愛に悩む、冴えない男3人組。学歴や家柄などと縁のない、「主役になれない若者」のリアルな青春を描き出したこの作品は、主人公たちが30代になった1997年まで続く人気シリーズとなる。成功した最大の要因は、彼ら3人組の人間関係がリアルだったからだろう。「二枚目」として動ける時任。場を明るくする「三枚目」の柳沢。その真ん中にヌボーッと立ち、何を考えているのかよくわからないが、どことなく大物風のヤツ。こんな友人関係は男女を問わず、世界のどこにでもあるだろう。中身は意外と気弱で、情けない振る舞いも決して少なくないが、なぜかみんなに愛されている男。魅力の秘密は、どんなボールでも受け止められる包容力だ。1970年代までのヒーローとは少し違う、80年代ならではの「ぼくらのリーダー」像が、中井の登場によって確立された。

 時代の流行とは一線を画したキャラクターが注目されると、市川崑監督の念願だった現地ロケのリメイク版『ビルマの竪琴』(1985)をはじめ、20代から30代にかけては巨匠やベテラン俳優との仕事が続く。映画『父と子』(1983/監督・保坂延彦)で共演した小林桂樹からは、「いつの時代もアウトローがもてはやされるけれど、それは正統派がいてこそ」と説かれ、俳優としての自らのあり方を再認識する。日本映画ニューウェーブの旗手・相米慎二監督の『東京上空いらっしゃいませ』(1990)、『お引越し』(1993)では、新人女優の牧瀬里穂、田畑智子をさりげなくサポートしながら、演技から余分なものをとことん削ぎ落としていくと、初めてリアルな「芝居」が生まれることを間近に目撃した。忠臣蔵を描いた大作『四十七人の刺客』(1994、監督・市川崑)では高倉健と共演し、その後、中井が重大な決断を迫られた時には、適切なアドバイスを与えてくれることになる。日本全体がどこか浮かれていたバブル期に、学ぶべきことの多い仕事を積み重ねた経験が、次の時代に花開いていった。

 《遣唐使、新選組、アメリカ……単身赴任で磨かれる「ぼくらのリーダー」!》

 30代の終わりになると、中井に公私の両面で大きな出来事が訪れる。私生活では、父の年齢「37歳」を追い越したのが契機となり、39歳で結婚。ちょうどその頃、中国映画から出演のオファーが来た。NHK大河ドラマ『武田信玄』(1988)、映画『梟の城』(1999/監督・篠田正浩)など、若手の頃から時代劇への出演が多かった中井を、 「日本人らしい俳優」として指名してきたのが、唐の時代を舞台にしたアクション大作『ヘブン・アンド・アース 天地英雄』(2004/監督 ホー・ピン)。日本から「遣唐使」として派遣され、皇帝の命令で反逆者を追跡する剣士の役だった。引き受けるかどうか迷ったが、合作映画の出演経験がある高倉健から「外国での仕事は、ひとりの人間として大きく成長する機会だよ」とのアドバイスを受け、出演を決断した。

 撮影は2001年の秋、新疆ウイグル自治区で行われたが、日本から単独で現場に参加した中井は、長期にわたる中国滞在で言葉と文化、生活面での壁に直面し、文字通り「遣唐使」の心境を味わった。発音・食事・トイレの三重苦(?)に耐えた「単身赴任」の経験は、帰国後の仕事にも様々な形で反映されていく。

 幕末の京都を舞台にした映画『壬生義士伝』(2003/監督・滝田洋二郎)では、家族を養うために故郷・盛岡から脱藩し、新選組に入隊した「出稼ぎ侍」に扮した。当初は隊の中で田舎者、守銭奴などと軽蔑されていたが、着実な仕事ぶりと温厚な人柄で次第に信頼を集めていく姿は、40代に入った中井の落ち着いた雰囲気にぴったりの役だった。

 1980年代、アメリカに進出した日本の食品メーカーを描いた映画『燃ゆるとき』(2006/監督・細野辰興)では、カップラーメン工場の立て直しに派遣された、資材担当の営業マンの役。黒人やヒスパニックの労働者と衝突したり、アメリカならではの企業買収騒ぎで窮地に追い込まれたりの日々を、誠実さと情熱で乗り切っていくジャパニーズ・ビジネスマン。会社の創業者(津川雅彦)が「かつて戦争で負けた国に、今度はビジネスで攻め込むんだ」と呟く通り、日米の「経済戦」をテーマとした作品で、その最前線に立つ中井は、文字通り「ちょんまげのないサムライ」だった。

  2007年、再び出演した中国映画『鳳凰 わが愛』(監督 ジヌ・チェヌ)では、日本側のプロデューサーも務め、脚本作りや資金調達に初めて携わった。20世紀初頭の中国を舞台に、刑務所で出会った男女が30年にわたり、叶わぬ恋心を抱き続ける物語。チャン・イーモウやチェン・カイコーなど、中国映画のニューウェーブ(第五世代)が登場した頃を連想させる悠大なスケールの映画で、坊主頭でじっと佇む中井の姿は、中国の大地に見事なまでに溶け込んでいた。

 島根県下で撮影された映画『RAILWAYS』(2010/監督・錦織良成)は、「49歳で電車の運転士になった男の物語」という副題通り、仕事一筋で生きてきたサラリーマンが、第二の人生に踏み出す過程を描く。50代を目前にした男が、子どもの頃からの夢だった鉄道の仕事に生きがいを見出す様子に、多くの観客が共感した大人のファンタジーだ。中井は2002年にもNHKのドラマ『迷路の歩き方』で地下鉄の運転士を演じているが、こちらは逆に、規則通りに列車を走らせ続けてきた男が、人生初の「オーバーラン」を起こして立ち止まるというストーリーだった。

 50代に入ってからの最大のヒット作は、フジテレビのドラマ『最後から二番目の恋』(2012)だろう。鎌倉に住む4人兄妹の長兄で、市役所の観光課長として働く実直な男が、隣家に引っ越してきた勝気なテレビプロデューサー(小泉今日子)と出会い、「仲良く喧嘩する」間柄になっていくラブコメディ。個性豊かな登場人物の狭間で右往左往する「ぼくらのリーダー」は、『ふぞろいの林檎たち』以来の中井の十八番だ。

 デビュー直後から最新作までを駆け足で眺めてきたが、俳優・中井貴一の魅力とは、社会派作品からナンセンスコメディまで、どんな作品に登場しても不思議ではない、確固たる存在感だろう。彼が尊敬する高倉健と小林桂樹、そのどちらにもなりきれる芸域の幅広さ、懐の深さは、現代に生きる我々おじさんたちも進んで見習うべきだと思う。さあ、これからも一緒に歩んでいこう、「ぼくらのリーダー」中井貴一と!

(参考文献:『日記』 中井貴一/著 キネマ旬報社 2004年)

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

     ____________________

●労働映画短信

◎働く文化ネット労働映画鑑賞会

・第33回 〜手わざの誇り、不安と悩み〜
 2016年11月10日(木)18:00〜 連合会館2階201会議室
 上映作品:
 (1)『年輪の秘密』(1959-60年)から「浮世絵師」(17分)、「鳶」(17分)の2編 【労働映画百選 No.35】
  日本各地に伝承されている名人芸や職人芸を取り上げたテレビ・ドキュメンタリー番組の中から、職人の技を描いたふたつの作品をとりあげます。
   制作:岩波映画
   企画:羽仁進 犬伏英之 吉原順平
   監督:羽仁進 土本典昭 ほか
   撮影:清水一彦 長野重一 ほか
 (2)『西陣』(1961年、モノクロ26分) 【労働映画百選 No.39】
  伝統産業に働く職人たちの職業病、仕事に対する不安と悩みを描く、映像詩的実験映画
   制作:京都記録映画を見る会 浅井栄一
   監督:松本俊夫  脚本:関根弘 松本俊夫
   撮影:宮島義勇  音楽:三善晃
   語り:日下武史 観世栄夫

・第34回 〜労働映画の源流を求めて〜
 2016年12月8日(木)18:00〜 連合会館2階201会議室
 上映作品:
 (1)『明治の日本』(1897-99年)【労働映画百選 No.1】
  1897年から99年にかけて日本を訪れたフランス・リュミエール社の技師コンスタン・ジレル、ガブリエル・ヴェールの二人が撮影した日本の風物の中から、当時の仕事と暮しの一端をうかがえる作品をいくつか取り上げます。また、参考として、19世紀末フランスの仕事と暮らしの記録映像も併映します。
   制作:フランス リュミエール社
   撮影:コンスタン・ジレル、ガブリエル・ヴェール ほか
 (2)『隅田川』(1931年/20分) 【労働映画百選 No.35】
  昭和初期の隅田川で、船での運搬に働く父と、その息子の小学生の、一組の親子を中心に、川を行く各種の船、そこでの仕事の様々、水辺の生活や風物のいろいろな断片を織りこんで、当時の隅田川を巡る仕事と暮らしを伝える記録映像。
   企画:文部省
   脚本:雨夜全
   撮影:薮下泰次 斎藤宗武

◎【上映情報】労働映画列島!10〜11月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00161003

◇新作ロードショー

『ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期』《10月29日(土)から 東京 TOHOシネマズ日劇ほかで公開》恋に仕事に奮闘する独身女性の日常を描き大ヒットしたシリーズ第3作。テレビ局のプロデューサーとして活躍するヒロインが、二人の男性の間で揺れ動くラブコメディ。(2016年 イギリス 監督:シャロン・マグアイア)  http://bridget-jones.jp

『インターン!』《11月5日(土)から 東京 シネ・リーブル池袋ほかで公開》企業が取り入れている「インターンシップ」制度をテーマに、大学三年生が自分の可能性に気づきながら成長していく姿を描く。(2016年 日本 監督:吉田秋生) http://intern-movie.jp/

『小さな園の大きな奇跡>』《11月5日(土)から 東京 新宿武蔵野館ほかで公開》香港での実話を基にした感動ドラマ。エリート教育の実態に疑問を抱いた女性が、閉園の危機にあった幼稚園の立て直しに乗り出す。(2016年 香港=中国 監督:エイドリアン・クアン) http://little-big-movie.com/

◇名画座・特集上映

【東京 六本木ヒルズ/他】 10/25〜11/3 「第29回 東京国際映画祭」…7分間(イタリア)/プールサイドマン(日本)/他
【東京 ポレポレ東中野】 10/29〜11/18 「東海テレビドキュメンタリーの世界」…長良川ド根性/ヤクザと憲法/他
【東京 神保町シアター】 11/5〜18 「知られざる独立プロ名画の世界」…荷車の歌/どっこい生きてる/ともしび/他
【東京 飯田橋 ギンレイホール】 11/12〜25 これが私の人生設計/ブルックリン(2本立)
【川崎市市民ミュージアム】 11/3〜27 「川崎ゆかりの映画人」…大阪の宿/西銀座駅前/異邦人の河/他
【青森県立美術館】 11/18〜20 「川島雄三と岡本喜八」…洲崎パラダイス 赤信号/独立愚連隊/雁の寺/他
【仙台 桜井薬局セントラルホール】 10/24〜26 「小林正樹監督 生誕100年」…この広い空のどこかに/まごころ
【新潟 シネ・ウインド】 11/12〜25 「シネ・ウインド31周年祭」…オネアミスの翼/大地を受け継ぐ/黒い暴動/他
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 10/15〜11/18 「名画発掘シリーズvol.6 監督・番匠義彰」…抱かれた花嫁/橋/他
【神戸芸術センター】 10/27 『何が彼女をそうさせたか』(1930年 監督/鈴木重吉) ピアノ伴奏/柳下美恵
【高知あたご劇場】 11/5〜9 「映画でみる日本の復興期」…戦争と平和/安城家の舞踏会/蜂の巣の子供たち/他
【福岡市総合図書館 シネラ】 11/2〜27 「原節子特集」…河内山宗俊/青い山脈/めし/智恵子抄/秋日和/他
【鹿児島 ガーデンズシネマ】 10/29〜11/4 「鹿大×コミシネPROJECT」『鉄道員 ぽっぽや』(1999年 監督/降旗康男)

◎日本の労働映画百選

働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催 (働く文化ネット公式ブ
  ログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション (働く文化ネット公式
  ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次) PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要) PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf


最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧