【「労働映画」のリアル】

第18回 労働映画のスターたち・邦画編(18)

清水 浩之


●労働映画のスターたち・邦画編(18) 山田五十鈴

 《女ひとり 20世紀を行く・・・時代と格闘したヤマトナデシコ七変化》

 「ベルさん」の愛称で親しまれた名女優・山田五十鈴(1917~2012)。今年が生誕100年ということで、回顧展や特集上映が開催されるのを楽しみにしている。40代の私たちにとっての第一印象は、テレビ時代劇『必殺』シリーズの仕事人元締(三味線屋おりく)として堂々たる貫禄を見せていた存在だが、なにしろ13歳でデビューして以来、80代まで第一線で活躍し続けたわけで、膨大な出演作品のリストを眺めると、「20世紀の日本女性」を演じ尽くしたのではないかとさえ思えてくる。映画界で30年余り、その後は商業演劇の世界で40年。その業績については専門家にお任せすることにして、今回は労働映画的な視点から、彼女が演じた「仕事と人生」を辿ってみよう。

 本名は山田美津。母は大阪・北新地の売れっ子芸者だった。父は新派の女形として知られた山田九州男だが、巡業公演から帰ってこないため母子の生活は困窮し、「芸は身を助く」という教育方針で幼い頃から様々な習い事に励んだ結果、わずか10歳で清元の師匠になった。この時既に、女ひとりで自立した道を歩む人生観が確立したようにも思われ、その後の4度に及ぶ結婚生活も、「憧れ」の先に見出したものは何もなかったのかも知れない。

 1930年、父の知人で日活撮影所長だった池永浩久に勧められ映画界入り。まだ13歳だったが、身長160センチで大人っぽく見えたため、時代劇の娘役として活躍するようになる。芸名の「五十鈴」は、伊藤大輔監督がフランス語で「Belle(美人)ですな」と呟いたのを、池永所長は英語の方の「Bell(鈴)」だと思って決めたらしい。大河内傳次郎主演の『仇討選手』(1931、監督・内田吐夢)、片岡千恵蔵の『國士無双』(1932、伊丹万作)などでの可憐な姿が人気を呼ぶ。19歳で俳優の月田一郎と結婚、娘(後の女優・嵯峨三智子)を出産して引退しようと考えていたが、溝口健二監督の『浪華悲歌(エレジー)』(1936)の主役に起用されたことが、その後の人生を大きく変えた。

 主人公は大阪の薬問屋に勤める電話交換嬢。父親が借金を作ってしまったため、その肩代わりに社長との愛人関係を結ぶが、家族のためにやったことが家族に嫌われ、最後には家を出る破目になる。映画のラスト、顔見知りの医師に声をかけられたヒロインは、自らの状態を「まあ、病気やわな。不良少女っちゅう、立派な病気やわ」と告げ、行くあてもないまま去っていく。脚本の依田義賢が「日本初の“体当たり女優”」と評価したように、当時の娘たちの怒りや哀しみを体現した姿は、80年経った今見てもリアルで瑞々しい。溝口監督とは次作『祇園の姉妹(きょうだい)』(1936)でも組み、芸者という「職業」をドライに見据えた現代っ子を颯爽と演じている。

 こうして俳優業の魅力に目覚めたベルさんは家庭に入るのをやめ、仕事一筋の人生へと踏み出す。東宝に移籍し、長谷川一夫との美男・美女コンビで『鶴八鶴次郎』(1938、成瀬巳喜男)、『婦系図』(1942、マキノ正博)などのヒット作を連発。20代の10年間は戦争の時代と重なったが、『上海の月』(1941、成瀬巳喜男)で中国側の女スパイを演じた以外には、あからさまな「国策」に駆り出されることも少なくて済んだ。

 やがて戦後となり、30代から40代にかけての大活躍が始まる。東宝争議では当初、大物俳優たちとともに反組合側の「十人の旗の会」に加わるが、理想主義者の衣笠貞之助監督と出会ったことから一転して、組合側に身を投じた。旧弊の打破と恋愛の自由を訴えた衣笠監督の意欲作『女優』(1947)では、新劇黎明期の女優・松井須磨子に扮し、瞳をキラキラと輝かせて新しい世界を切り拓いていく情熱的なヒロイン像を、文字通り「体当たり」の演技で生み出している。

 その後は特定の映画会社に属さないフリーランスの道を選び、大手の時代劇から独立プロの社会派作品に至るまで、ジャンルを問わず積極的に出演していく。共演した新劇人、滝沢修や宇野重吉らの進歩的思想にも大きな影響を受け、1950年には名脇役・加藤嘉と3度目の結婚、一時は劇団民芸にも入団するなど、「人民女優」と揶揄されるほどの傾倒をみせた。

 《ベルさんの「ベル・エポック」 戦後を生き抜いた女たちの挽歌》

 ベルさんの30代、特に40歳過ぎまでの1950年代は、傑作・力作・野心作揃いの「ベル・エポック(良き時代)」だった。毎年10~15本のハイペースで出演し続けていた映画から、特に代表的な作品を列挙してみる。

1950年 殺陣師段平(マキノ正博)
1951年 我が家は楽し(中村登)
1952年 母なれば女なれば(亀井文夫) 箱根風雲録(山本薩夫) 現代人(渋谷実)
1953年 女ひとり大地を行く(亀井文夫) ひろしま(関川秀雄)
1954年 忠臣蔵(大曾根辰夫) 億万長者(市川崑)
1955年 たけくらべ(五所平之助) 青銅の基督(渋谷実) 人生とんぼ返り(マキノ正博)
1956年 母子像(佐伯清) 猫と庄造と二人のをんな(豊田四郎) 流れる(成瀬巳喜男)
1957年 蜘蛛巣城(黒澤明) 東京暮色(小津安二郎) どん底(黒澤明)下町(千葉泰樹)
1958年 四季の愛欲(中平康) 暖簾(川島雄三) 悪女の季節(渋谷実)

 ホームドラマでの心優しい母親役から、欲に取り憑かれた魔性の女まで、よくもまあ一人の女優が短期間に演じ分けたものだと感心する。大手だろうが左翼だろうが関係なく、仕事のオファーが立て込んだのも、俳優としての充実ぶりに多くの作り手たちが注目していた証拠だろう。

 独立プロ運動の到達点とも評された『女ひとり大地を行く』では、炭鉱事故で夫が行方不明となり、我が子を養うために自ら坑夫となる母の役。北海道の炭鉱労働者がひとり33円ずつ出し合って制作費を集めたことにいたく感動し、撮影中も坑夫たちと生活を共にするほど仕事に入れ込んだという。理想に共鳴し、その理想を説いてくれる人にすぐ夢中になることが、「恋多き女」や「人民女優」といった揶揄を呼んでしまうのだろうが、亀井文夫監督は、そんな彼女の美点を《大人の智慧に裏づけられた、子供のように澄んだ眼》と評した。やがて本人が「理想と現実」のギャップに気づき、熱から醒めたとしても、理想そのものが間違っていたわけではない。そして、こうした経験は、その後の『たけくらべ』や『東京暮色』など、社会の片隅で生きる人々の哀歓を表現するのに役立てられていると思う。

 幸田文の小説を豪華女優陣の共演で映画化した『流れる』では、東京・柳橋で昔ながらの芸者置屋を営む女将の役。戦後10年を経て、東京の街も人の心も大きく変わっていこうとする中、やがては安住の地を追い立てられ、消えていく運命にある「古い世界」の住人に扮し、その様子を外部の人間として目撃する女中・田中絹代、新しい時代に飛び込んでいこうとする娘・高峰秀子とのアンサンブルが描かれる。朝は早くに起きられない、悩み事がある時は三味線を弾きまくる・・・ベルさんが幼い頃に見てきた、「母が生きた世界」の雰囲気を、二階の畳部屋にただ座っている、その「佇まい」だけで表現しているのが見事だった。

 この時期には『母なれば女なれば』、『母子像』など、戦争で家族を失った女性の悲しみを描いた作品も多い。林芙美子の小説を映画化した『下町(ダウンタウン)』では、シベリアに抑留された夫の帰国を待ちながら、行商をして暮らす母親の役。葛飾の川べりに住む、シベリア帰りの親切な男(三船敏郎)との交流が始まり、やがて愛情が芽生えていくが、ふとしたことからすれ違い、小さな幸せはあっけなく壊れてしまう。もはや涙も出ない心境で河川敷を歩いていた主人公が、後ろから追ってきた幼い息子に精一杯の笑顔を作るラストシーンが忘れられない。

 一方で、『猫と庄造と二人のをんな』や『暖簾』での勝気な妻役、『現代人』での、官僚の汚職に加担するバーのマダムなど、「たくましい女」の系譜も数多く、黒澤明の『蜘蛛巣城』、『どん底』、そして『用心棒』(1961)は、見方を変えればベルさんの「悪女三部作」とも言えるだろう。

 日本映画の黄金期が過ぎると出演作は一挙に減ったが、今度は東宝の専属となって商業演劇に打ち込み、有吉佐和子のヒット作『香華』(1963)、明治時代の女音曲師・立花家橘之助に扮した『たぬき』(1974)など、40年間にわたりおよそ200本の舞台に出演した。60代以降は、東京宝塚劇場や芸術座などの「職場」に近いことを理由に、日比谷の帝国ホテルに定住するなど、まさに仕事一筋の生き方を貫き通した。

 時代と格闘し続けたヤマトナデシコ=ベルさんの生き方は、現代に生きる女性たちにも多くのヒントを与えてくれると思うので、ぜひご覧いただきたいです。

・参考図書=『聞き書 女優山田五十鈴』(津田類、1997年)、『遍歴 女優山田五十鈴』(藤田洋、1998年)

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
第37回 ~連帯を求めて、孤立を恐れず~
・2017年 4月 13日(木)18:00~(参加費無料・申込不要)
・連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
・上映作品『フツーの仕事がしたい』2008年/70分 【労働映画百選 No.86】
・ひと月の勤務時間が552時間、一日18時間労働でオール歩合制……劣悪な労働環境の改善を求めることにしたセメント運搬車ドライバーの苦難の日々を、連帯ユニオンの闘いとともに描く。(製作:ローポジション 監督:土屋トカチ)

◎【上映情報】労働映画列島!3~4月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00170403

◇新作ロードショー

『まなぶ 通信制中学 60年の空白を越えて』
 《3月25日(土)から 東京 新宿 K's cinemaほかで公開》 戦後の混乱期に、様々な事情から義務教育を受けられなかった高齢者たちが、通信制中学に通う姿を記録したドキュメンタリー。(2017年 日本 監督:太田直子) http://www.film-manabu.com/
『午後8時の訪問者』
 《4月8日(土)から 東京 ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開》 『サンドラの週末』などで知られるベルギーのダルデンヌ兄弟最新作。時間外の応対を拒んだ少女が亡くなったことから、正義や良心について葛藤する若き女性医師の姿を描く。(2016年 ベルギー=フランス 監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ) http://www.bitters.co.jp/pm8/
『人生タクシー』
 《4月15日(土)から 東京 新宿武蔵野館ほかで公開》 イラン当局から映画制作を禁じられたパナヒ監督がタクシー運転手に転身し、車内に設置したカメラで乗客との会話を撮影。情報統制下のテヘランで暮らす人々の人生模様を映し出す。(2015年 イラン 監督:ジャファル・パナヒ) http://jinsei-taxi.jp

◇名画座・特集上映

【東京 神保町シアター】 4/1~28「女優は踊る―素敵な「ダンス」のある映画」…河内カルメン/たそがれ酒場/喜劇 女は男のふるさとヨ/君も出世ができる/他
【東京 渋谷 ユーロライブ】 4/7~9「東京ろう映画祭」…新・音のない世界で/井上孝治、表象を越えた写真家/三浦浩翁半生記/他
【東京 池袋 新文芸坐】 4/9~22「気になる日本映画達<アイツラ>2016」…団地/オーバー・フェンス/後妻業の女/リップヴァンウィンクルの花嫁/他
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 4/16~6/17「芳醇:東宝文芸映画へのいざない」…小島の春/地の涯に生きるもの/兄いもうと/多甚古村/他
【横浜市大倉山記念館】 3/25・26「大倉山ドキュメンタリー映画祭」…さとにきたらええやん/夜明け前の子どもたち/柳川堀割物語/他
【岐阜 ロイヤル劇場】 4/1~14「昭和のベストセラーを彩る2人の男」…検事 霧島三郎/江分利満氏の優雅な生活
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 4/1~5/5「溝口健二・増村保造映画祭 変貌する女たち」…祇園囃子/赤線地帯/青空娘/大地の子守歌/他
【広島市映像文化ライブラリー】 4/1~22「銀幕の笑い 喜劇映画特集」…三等重役/貸間あり/ニッポン無責任時代/男はつらいよ/他
【福岡市総合図書館 シネラ】 4/1~23「知られざる東ドイツ映画」…ベルリン シェーンハウザーの街角/冬よ さようなら/建築家たち/他

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催 (働く文化ネット公式ブ
  ログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション (働く文化ネット公式
  ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次) PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要) PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf


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