「北東アジア発展戦略と地域 EPA 構想」(仮題)
目次
はじめに (p.03)
1.「北東アジア経済圏」を巡る論点 (p.04)
(1)「北東アジア経済圏」に対する三つのアプローチ (p.04)
①「地方経済圏」(「局地的経済圏」)アプローチ (p.04)
②地政学的アプローチ(北東アジアを中心とする「同心円的経済圏」)―二つ
の重層性 (p.04)
③「ビジネス経済圏」アプローチ (p.05)
A. 国際分業の構造変化 (p.05)
(a)付加価値ラインの変化(図 1-1参照) (p.05)
(b)付加価値概念の変溶(図 1-2参照) (p.05)
(c)付加価値曲線のボーダレス化(図 1-3参照) (p.06)
(d)「ビジネス・プロセス」と「工程間分業」のマトリックス化
(図 1-4参照) (p.07)
B.“コンデユイット(Conduit;導管)”論の台頭 (p.07)
(2)産業・地域再編成問題とその背景 (p.09)
①産業・地域再編成問題とは何か(注 1) (p.09)
A. 新興国企業の台頭と日系グローバル企業の後退 (p.09)
B.中間財貿易における日系企業の地位低下 (p.10)
C.“逆輸入”の発生 (p.10)
D. 地域企業・産業集積地域への影響 (p.11)
E.「空洞化」問題 (p.11)
②問題の背景 (p.12)
A「ビジネス・プロセス・ネットワーク」(図 1-4参照)における二つの展開
―グローバル経営の必然性 (p.12)
(a)非グローバル経営のモデル(図 4-1-[A]参照) (p.12)
(b)非グローバル経営のモデル(図 4-1-[B]参照) (p.13)
B. 産業・地域再編成の不可避性 (p.14)
(注) (p.14)
2. 産業・地域再編成問題の行方―“空洞化”と“サプライ・チェーン”の相克 (p.15)
(1)日本の基幹産業;Key industries としての Parts & matereials(図 1-3参照) (p.15)
(2)北東アジアにおける地政学的特質(第 1章第 1節②参照)を背景とした
「ビジネス経済圏」の重層性 (p.16)
(注) (p.16)
3. FTA/EPA の課題 (p.18)
(1)全国レベル (p.18)
(2)地域レベル (p.18)

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    (3)地域 EPA 構想―地域活性化戦略としての EPA ― (p.19)
    ①「地方経済圏」と EPA のオーバーラップ (p.19)
    ②新雁行飛行形態“バージョンⅡ”の可能性 (p.20)
    (注) (p.20)
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    はじめに
    本稿の目的は、北東アジアのパラダイム転換の下での日本の産業・地域における再編成
    ―とりわけ今般の東日本大震災による影響に焦点を当てて―について検討し、北東アジア
    地域協力とりわけ EPA(Economic Partnership Agreement)のあり方について問題提起をせん
    とするものである。
    まず北東アジア経済圏論を巡る論点について取り上げる。“パラダイム転換”とはこの
    ことに関わるからだ。まず三つのアプローチを重視する。一つは、「地方経済圏」アプロ
    ーチであり、今一つは地政学的アプローチであり、最後に「ビジネス経済圏」アプローチ
    である。この三点は、パラダイム転換すなわち戦後日本が始めて戦略論として北東アジア
    を捉える段階に来たということを理解するうえでも不可欠だからだ。さらに北東アジアの
    中で、なかんづく日本企業の後退と韓国・中国などのいわゆる新興国企業の台頭が果たし
    て何を意味しているのか。われわれはこの点を明確にしておかなければならない。北東ア
    ジアにおける産業・地域再編成は、この地域の発展戦略を左右しかねない問題であるから
    だ。
    では、東日本大震災は産業・地域再編成に対して何を意味するのか。このことが次の課
    題となる。産業・地域再編成問題の背景には、高度部品・素材からなる基幹部門こそが企業
    のグローバル経営戦略上最も重要な要素となりつつあるという国際分業構造上の画期的な
    変化が横たわっているが、今次震災はこの問題についてどのような意味を持つのか。その
    ことを抜きには、産業・地域再編成問題に対する的確な対応も又期待できないということ
    であろう。
    最後に、国際分業構造上の変化に加えて、エネルギー・資源・食糧という「コンデユイッ
    ト」の“導火線”にもまた火がつき始めている。そのことは、北東アジア地域発展論を大
    きく揺さぶる可能性とともに、地域発展論のあり方が逆にそれに対して大きな影響を及ぼ
    すという可能性をもまた秘めている、ということを物語っている。
    われわれは、EPA とくに地域 EPA がこれらの諸問題に対して重要な意味を持っている
    ものと認識して、「地域 EPA」構想を提起する。
    本稿の構成は以下の通りである。第 1章は北東アジア経済論のいわば論点整理とも云う
    べきものだ。ここでは論点を大きく二つに分けた。一つはそもそも「北東アジア経済圏」
    とは何かという概念整理であり、今ひとつは地域発展の根幹をなす産業・地域再編成とは
    何かという問題である。
    第 2 章では、上記の産業・地域再編成に対して今次東日本大震災が如何なる意味を持っ
    ているのかを取り上げた。そこでは「空洞化」と“Supply Chain”相克の様を描き出すこ
    とにしよう。
    第 3章では、FTA(Free Trade Agreement)/EPA のうち後者の EPAに焦点を当てて、(イ)
    それが北東アジア地域発展に対して持つ戦略的意味を明らかにする、(ロ)地方経済圏と
    EPA をクロスオーバーさせることによって、北東アジア地域構造の特質すなわち“開か
    れた内発的発展”の手掛かりを得る、(ハ)「新雁行飛行形態“バージョンⅡ”(北東アジ
    ア主軸型雁行飛行モデル)」に対して EPA が果たす役割を引き出す―という三点を通じて、
    地域 EPAの課題に迫ってみた。
  • 4 -
    1. 「北東アジア経済圏」を巡る論点
    (1)「北東アジア経済圏」に対する三つのアプローチ
    ①「地方経済圏」アプローチ
    まず「地方経済圏」から始めよう。それは、冷戦構造を長く引きずってきた北東アジア
    諸国さらにはアジア諸国全体に亘って共通する課題―すなわち地域レベルないしは地方レ
    ベルからお互いの協力を積み上げていく以外に協力の成果を挙げる方途が無かったという
    アジア特有の国際環境―がもたらしたものである。つまり東アジアにおける「経済圏」と
    は、「地方経済圏」の発展・融合の結果もたらされたものに他ならないのである。以上を
    図示すると以下の通りである。
    図 1-1 「地方経済圏」の発展・融合と「北東アジア経済圏」
    ・「北方経済圏」
    (オホーツク海を囲む地域・地方からなる経済圏)
    ・「環日本海・東海経済圏」「北東アジア
    (日本海・東海を囲む地域・地方からなる経済圏) 経済圏」
    ・「環黄海経済圏」(三地方経済圏
    (黄海を囲む地域・地方からなる経済圏) の発展・融合)
    ・「蓬莱経済圏」東
    (沖縄・台湾を中心とする経済圏) ア
    ・「海峡経済圏」「華人経済圏」ジ
    (台湾・福建省からなる経済圏) (華南経済圏とア
    ・「華南経済圏」海峡経済圏の経
    (香港・深セン特区・広東省からなる経済圏) 発展・融合) 済

    ・「バーツ経済圏」
    (タイを中心とするインドシナ半島経済圏) 「東南アジア経
    済圏」(東南
    ・「ドン経済圏」アジア地域の
    (ベトナムを中心とする北緯 23度新経済帯) 発展・融合)
    ②地政学的アプローチ―二つの重層性
    とくに北東アジアの場合、地政学的重層性が重要である。それは二つの特質をもってい
    る。一つはそれぞれの地域における「内発的発展性」と密接な関係を有しているというこ
    と。つまり内延的重層性である。この点については再論する。二つには北東アジアが“カ
    イト・フライイング”における重心の役割を果たしているということ。北東アジアを中心
    とする「同心円的経済圏」であり、これは外延的な重層性である。
  • 5 -
    ・「広域地方経済圏」内延的重層性
    ・「北東アジア経済圏」
    ・「汎アジア経済圏」外延的重層性
    ・「アジア太平洋経済圏」
    ③「ビジネス経済圏」アプローチ
    最後に「ビジネス経済圏」である。「ビジネス経済圏」とは、点と点を結ぶ「ビジネス
    ・ネットワーク」が新たに“面”へと発展した結果、生じた経済圏である。ただしそのこ
    とは、新たに二つの重要な結果を生み出している。一つは国際分業構造の変容であり、今
    ひとつは“コンデユイット(導管)”の発展による経済圏の基盤形成である。
    まず国際分業構造の変化について述べ、次いで“コンデユイット(導管)”論に移ろう。
    A. 国際分業の構造変化
    部品・素材の開発・生産が企業経営上の戦略課題と化し、かつそれを背景にして、国際分
    業構造が一変しつつある。その課程を描けば、以下の通りである。
    (a)付加価値ラインの変化(図 1-1参照)
    図 1-1 付加価値ラインの変化
    付加価値
    旧付加価値曲線
    新付加価値曲線
    (“スマイルカーブ”)
    部品・素材製品販売(ビジネス・プロセス)
    (注)本図のオリジナル・アイデイアは、野中郁次郎「日本の製造業の課題」 (日本経済新聞 2001
    年 1 月19 ~ 26日)に拠っている。
    (b)付加価値概念の変溶(図 1-2参照)
  • 6 -
    図 1-2 付加価値概念の変容
    付加価値Ⅰ 付加価値Ⅱ
    (価格・生産性・技術) (非価格競争力[品質・安全性 etc]及び
    非商品性[感性・知性・文化性・社会性 etc])
    旧付加価値曲線
    新付加価値曲線
    部品・素材製品販売(ビジネス・プロセス)
    (c)付加価値曲線のボーダレス化(図 1-3参照)
    図 1-3 付加価値曲線のボーダレス化
    付加価値Ⅰ 付加価値Ⅱ
    製品企画・開発・試作
    部品生産アフターサービス
    新付加価値曲線
    モジュール生産マーケテイング
    アセンブリング
    ビジネスプロセス
    グローバル化
    (注)本図のオリジナル・アイデイアは、経済産業省『通商白書』(2003 年版) p.38 に拠っている。
    (出所)Yasuhiko Ebina「The North East Asian Business Economic Zone and a design of JKC
    (Japan・Korea・China)- FTA」(Niigata University of Management 『Journal of Niigata
    University of Management』[No.11<March 2005>])p.73より。
    (d)「ビジネス・プロセス」と「工程間分業」のマトリックス化(図 1-4参照)
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    図 1-4 製造業における「付加価値レベル別ビジネスプロセス」と「工程間分業」との関係
    工程間分業労働集約工程資本集約工程知識集約工程
    付加価値別
    ビジネスプロセス
    事業企画部門
    企画国内(本社)
    研究開発国内(本社)
    デザイン国内(本社)
    試作国内(本社)
    金型製作海外(進出先)・国内海外(進出先)・国内国内
    製作部門
    調達海外(進出先) 海外(進出先)・国内一部国内
    部品生産海外(進出先) 海外(進出先)・国内国内
    組立海外(進出先) 海外(進出先)・国内一部国内
    マーケテイング部門
    販売海外(進出先)・国内海外(進出先)・国内戦略部門は国内(本社)
    物流海外(進出先)・国内海外(進出先)・国内戦略部門は国内(本社)
    金融海外・国内(本社)
    (*1)なお「知識集約工程」に関するオリジナル・コンセプトは、堺屋太一氏に拠ってい
    る(堺屋太一「世界、工程大分業の時代に」[日本経済新聞 2005年 5月 25日]参照)。
    (*2)ここで用いられているビジネスプロセスの類型化については、Yasuhiko Ebina「A
    proposal of Asian Green Manufacturing Network - For the Formation of Asian
    Environmental& Economic Zone -」(新潟経営大学紀要[第 9号])Chart 3[p.31]を参
    照のこと。
    図 1 ~ 1・2・3・が指摘していることは、要するに付加価値源泉としてのビジネス・プロセ
    スのグローバル化は、「工程間分業」と深く係わっているということである。つまり、ビ
    ジネス・プロセスとしては部品として同じ製作部門に属しているにもかかわらず、それが
    一方では「労働集約工程」さらには「資本集約工程」に位置づけられている場合には、真
    っ先にグローバル化の対象とされており、他方では、「知識集約工程」として位置づけら
    れている場合には、高付加価値部門として逆に国内に残されるケースがも発生するという
    訳だ。その意味では、現在の国際分業は、単なる比較生産費論ではなく、マトリックス論
    で説くことが必要だということだ。
    B.“コンデユイット(Conduit;導管)”論の台頭
    ところでわれわれは、こうしたネットワークを他方では「ビジネス・ネットワーク」と
    呼んでいる。では「ビジネス・ネットワーク」とは、「ビジネス経済圏」とどう関係する
    のか?この点を明らかにするためには“コンデユイット”概念を用いて説明しておく必要
    があるだろう。
    “コンデユイット”とは何か。それはビジネス・ネットワークを「導管(Conduit)」に
  • 8 -
    喩えたものだ。すなわちビジネス・ネットワークの“流れ”を上流から下流にかけて整理
    してみると、次の六つのコンデユイットによって支えられていることが判る。第一は、エ
    ネルギー、資源および食糧の流れからなる「エネルギー・資源・食糧コンデイユイット」
    である。第二は、輸送・運輸インフラを含む流通、物流および国内物流を伴った財の流れ
    からなる「財のコンデユイット」である。第三は、労働力、技術、ノウハウそして知識を
    含むヒトの流れからなる「マンパワー・コンデユイット」である。第四は、グリーン調達、
    リサイクルなど環境保全に係わる「エンバイロンメンタル・コンデユイット」である。第
    五は、サービスおよびソフトウエアを含む情報の流れからなる「インフォーメンション・
    コンデユイット」である。最後に、資本、資金さらには外国為替を含むカネの流れからな
    る「マネー・コンデユイット」である。
    以上の「コンデユイット」論を用いて、「ビジネス・ネットワーク」と「ビジネス経済
    圏」との関係を明らかにしたのが下図(図 1-5)である。
    図 1-5 「ビジネス・ネットワーク」と「コンデユイット」との関連性
    コンデュイットビジネス
    ビジネス・Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅴ Ⅵ 経済圏
    ネットワーク
    グローバル
    グローバル・ネットワーク◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ・ビジネス
    (cf. サプライ・チェーン) 経済圏
    ナショナル
    ナショナル・ネットワーク○ ○ ○ ○ ○ ○ ・ビジネス
    経済圏
    ローカル
    ローカル・ネットワーク○ ○ △ △ △ ● ・ビジネス
    経済圏
    Ⅰ.「エネルギー・資源・食糧コンデユイット」
    Ⅱ.「財のコンデユイット」
    Ⅲ.「マンパワー・コンデユイット」
    Ⅳ.「エンバイロンメンタル・コンデユイット」
    Ⅴ.「インフォーメンション・コンデユイット」
    Ⅵ.「マネー・コンデユイット」
    つまり“束”の括り方によって、「ビジネス・ネットワーク」は、大別すればグローバ
    ル・ネットワーク、ナショナル・ネットワークそしてローカル・ネットワークというように
    三つのレベルでのネットワーク”に区分される。しかしながらこの段階では、三つのネッ
    トワークはあくまでも“点”と“点”を結んでいる“線”に過ぎないのである。
    ところがその“線”をさらにオーバーラップさせていくと―つまり重層化していくと―、
    “線”は“面”に変質するのである。われわれはそれを「ビジネス経済圏」と呼んでいる。
    その結果、それぞれのレベルでの「ビジネス経済圏」が構成されることになる。つまり、
  • 9 -
    「ビジネス・ネットワーク」は“線”の段階に止まっているが、「コンデユイット」を通
    じて、それは“面”へと発展していくのである。
    かくして、「ビジネス・ネットワーク」は線にすぎないのであるが、「コンデユイット」
    を通じて、それは「ビジネス経済圏」へと発展していくのである。
    ところでそうなると、そもそも“ビジネス”とは何かと問いたくなるのであるが、ここ
    ではそれを以下のように解釈しておこう。すなわち、ビジネス・ネットワークがここで述
    べたように広汎な経営資源に係わるのは、そもそも“ビジネス”という概念を企業活動全
    体に係わる広義の概念として捉えるからである。逆に云えば、それを単なる企業間の取引
    と解釈すれば、その範囲は否応なく限定されてしまうであろう。しかしながら本稿では前
    者の解釈を採るが故に、ビジネス・ネットワーク論もまた「ビジネス経済圏」論に必然的
    に発展して行かざるを得ないという訳だ。
    かくしてわれわれが、現在東アジアにおいて熾烈な競争を繰り広げている部品・素材市
    場獲得を巡る競争を単に「サプライ・チェーン」を巡る競争としてではなく、むしろグロ
    ーバルなネットワーク間競争―つまりグローバルネットワークの奪い合い―だとするの
    は、以上の文脈においてである。
    (2)産業・地域構造再編成問題とその背景
    ①産業・地域再編成問題とは何か(注 1)
    A. 新興国企業の台頭と日系グローバル企業の後退
    まずグローバル市場を巡る日系企業と新興国企業とりわけ北東アジア企業との間での激
    しいシェア争いと両者の力関係の変化が挙げられる。
    この点に関しては、日本企業が得意とした電気・電子製品、自動車部品などいわゆる成
    長製品はグローバル市場においても急速に伸びてきているということをまず指摘しておか
    なければならない。例えば 2001 年を 100 とした場合、2007 年には DVD プレーヤは凡そ
    350、DRAM メモリーは 300 近く、カーナビは凡そ 250 そしてリチウムイオン電池は 450
    近くへと急上昇しているのである。
    だが皮肉にもこうした成長商品の伸びと反比例して日本の世界市場シェアは急速に低下
    しているという事実もまた覆い隠すことができない。DVD プレイヤーについては、日本
    の世界シェアは 1997年には 90%以上であったのが、2006年には 20%以下に急減している。
    DRAM メモリーも日本のシェアは 1988 年の 74%から 2006 年には 10%以下へと低下して
    いる。カーナビも 2003 年には凡そ 100%であったが 2007 年には早くも 20%近くに急落し
    ている。加えて液晶パネルも 1997 年の凡そ 80%が 2005 年には凡そ 10%へと落ち込んで
    いる。最後に残された期待のリチウムイオン電池すら 2000 年の 90%超えから 2008 年に
    は 50%近くにまで低落しており、早くも前途多難を思わせている。
    そして後退する日本企業に取って代わって伸びてきたのが、パソコン、薄型テレビ、携
    帯電話など電子機器や自動車、造船、プラントなど先端産業に携わる韓国企業、中国企業
    さらには台湾企業などを中心とするアジア新興国企業群である。
    環境製品貿易についても、アジア新興国企業の台頭が顕著である。太陽光パネル、蓄電
    池など世界の環境製品貿易はこの五年間で倍増している。だがその間、日本の地位は第 1
    位から第 4位に低下しており、それに代わって中国が第 4位から第 2位へと躍進している。
  • 10 -
    B.中間財貿易における日系企業の地位低下
    しかも日本のグローバル企業とくにアセンブラーの国際競争力低下は、単にそれだけに
    止まらず日本の国内企業とりわけ中小企業・地域企業を主体とする中間財(その多くは部
    品・素材企業からなる)貿易における競争力後退とオーバーラップしている点が重要であ
    る。これまで部品・素材に関しては日本企業が韓国・中国企業に対して圧倒的に優位な立場
    に立っていると観られてきたが、今や両者の関係は逆転しつつあるからだ。
    すなわち、主として部品・素材からなる中間財貿易の動向をアジアにおける電気機械に
    焦点を当てて観てみると、二つの特色が浮かび上がってくる。一つは、アジア内における
    電気機械の中間財、最終財貿易における中心的な地位は、今や日本から中国・香港に移行
    しているのである。例えば、中国・香港からの欧米向け中間財輸出は 2008 年には 1,244 億
    ドルと日本の 274 億ドルの 5倍以上の規模に達している。二つには、韓国の台頭-とくに
    中間財輸出における台頭-が目覚ましいということだ。これまた例えば、1998年から 2008
    年にかけての韓国の中国・香港向け中間財輸出の推移を観てみると、それは 10.9 倍に拡大
    している。
    以上二つの特色は、逆に云えばアジアでの中間財・最終財貿易における日本の地位低下
    を伺わせている。それは以下の諸点で伺い知ることができよう。(イ)まず中国への中間財
    を輸出している東アジアの主な国・地域について観てみると、1990 年代には、日本からの
    輸出が他の国・地域に比べて 2 倍以上であったが、2000 年以降、ASEAN 諸国、韓国、台
    湾などが日本に急速にキャッチアップしている。(ロ)次に ASEAN へ中間財を輸出してい
    る国・地域をみると、最大の輸出国であった日本は、1998年に ASEAN域内輸出に抜かれ、
    さらに急拡大する中国に抜かれようとしている。(ハ)さらに最終財の欧米向け輸出をみる
    と、中国は WTO 加盟年である 2001 年に日本を上回り、2008 年には 4,661 億ドルと日本
    の 5 倍近くの規模に達している。(ニ)最後に東アジアの消費センターとしての日本の地位
    を観てみると、2008 年には、日本の最終財輸入額が 1,075 億ドルである中で、ASEAN が
    1,093 億ドルと日本を抜き、さらに中国が 1,027 億ドルと日本を凌駕しようとしている。
    C.“逆輸入”の発生
    “逆輸入”問題の発生も無視できない。日本の現地法人の販売先について業種別に観て
    みると、電気機械や一般機械については、「自国内販売」(進出地域内販売)と「日本国
    内販売」および「第三国向け輸出」がほぼ均衡しているのに対して、輸送機械については、
    「自国内販売」が圧倒的に大きな比重を占めている。しかしながらわれわれは、電気機械
    については「日本向け輸出」すなわち日本から観れば“逆輸入”が最も伸びているという
    ことに注目しておかなければならないであろう。こうした海外進出における「ビジネス・
    モデル」は自動車産業にも波及する可能性が伏在しているからである。
    元来日本企業が最も得意としてきた電気・電子産業や自動車関連部品の分野における
    こうした後退は、個々の業種を超えたところにその原因が横たわっているものと観られる
    が、ここではそのことが日本の地域産業や企業に対して如何に深刻な問題を提起している
    かを指摘しておかなければならないであろう。
  • 11 -
    D. 地域企業・産業集積地域への影響
    その原因が何であれ、セットメーカーのグローバル競争における行き詰まりは、その傘
    下にある部材・装置関連産業にとっては、(イ)新興国企業との果てしなき生産コスト競争、
    (ロ)賃金低迷による従業員離れ-に因り結局自らの事業の行き詰まりに繋がる。その結果、
    産業集積地域の事業所数は急速に減少している。例えば東京都の大田区の場合には、1983
    年には約 9,000 事業所あったのが、2008 年には約 4,000 事業所へと半分以下に減少したと
    されており、また大阪府の東大阪地域では、1997 年の約 1 万 2,000 事業所から 2007 年に
    は約 8,000事業所へと減少したとされている。
    にもかかわらず日本企業とくに「グローバル企業」は日本脱出の可能性をますます強め
    ている。例えば経済産業省のアンケート調査に拠れば、日本の製造業 287社のうち、生産
    機能の海外移転を検討していると答えた企業数は 90 社に及び、移転しないと答えた企業
    数 84社を超えている。しかもそのうち 38社は研究開発機能すら海外移転を検討している
    とのことであった。
    こうした日本企業の“日本離れ”の背景には、グローバル企業が日本の“拠点機能”に
    対する評価を急速に低下させているという産業立地上の問題が横たわっているということ
    も見落とせないであろう。
    E.「空洞化」問題
    グローバル競争の下での日本企業後退の影響は、単に企業・地域レベルに止まっている
    訳ではない。さらにそこに、日本企業の海外生産へのシフトという問題が加わり、いわゆ
    る「空洞化」問題を惹起している。
    まず日本企業とくに製造業企業の海外生産の影響を概観しておこう。製造業の海外生産
    の影響を試算した結果としては、第一生命経済研究所が行った試算が挙げられる。それに
    よれば、2008 年度で 35 兆 6,000億円の国内生産が減少しているとされる。つまり、「輸出
    誘発係数」から、「輸出代替効果」および「逆輸入効果」の和を差し引くと、つまるとこ
    ろ 35 兆 6,000 億円の国内生産を減らす結果となっている、という訳だ。しかもこうした
    国内生産縮小効果は年々大きくなってきているということも見落とせないのである。
    こうした生産縮小効果が如何に深刻かということは、出荷額や雇用に与える影響を観る
    と、容易に理解できよう。2008 年の国内製造業出荷額は 334 兆円であったので、35.6 兆
    億円が海外生産によって減少したということは、国内出荷額の約 1割分が喪失したという
    ことを意味している。さらに雇用機会の喪失がそこに加わる。33.6 兆円分の国内出荷額は
    雇用者数では 96 万人分に相当する訳だから、製造業就業者数約 1,000 万人の凡そ 1 割が
    本来ならば得ていた筈の雇用機会を失った、ということになる。生産・雇用におけるこう
    した喪失は、いわゆる「空洞化」と呼ばれる現象に他ならないのである。
    しかもこうした「空洞化」は、日本の製造業における海外生産の一層の進展に因り、今
    後一層深刻化するものと観ておかなければならないであろう。例えば国際協力銀行調べに
    よれば、製造業企業の海外生産比率は軒並み上昇傾向を辿っているとされる。全業種では
    2002 年度 29.3%が2008 年度34.5%に上昇しており、中でも自動車(41.4%から 51.9%へ)、
    電機・電子(36.3%から 41.0%へ)、繊維(22.3%から 38.3%へ)などの上昇が著しいのであ
  • 12 -
    る。従ってこれらの業種を中心にして製造業においては「空洞化」は一層深刻化するもの
    と観ておかなければならないのである。
    かくして、日本企業とりわけ製造業大企業を中心とするグローバル化は不可避である。
    だがそのことによって地域企業及び産業数隻地域は云うに及ばず、日本経済自体もますま
    す窮地に追い込まれる可能性がある、ということもまたわれわれは看過してはならない。
    ②問題の背景
    問題の背景には、上述したように企業経営における「グローバル経営」論が横たわって
    いる。従って「グローバル経営」論を理解、 しないと、上述した産業・地域再編成問題の
    本質を理解することもまた困難となる。では、「グローバル経営」とは一体何か。それを
    明らかにするためには、われわれはそもそも「非グローバル経営」とは何か、という問題
    から始めなければならない。
    A.「ビジネス・プロセス・ネットワーク」(図 1-6 参照)における二つの展開―グロー
    バル経営の必然性
    (a)非グローバル経営のモデル(図 1-6-[A]参照)
    「非グローバル経営」と「グローバル経営」とは一体何処が違うのか。この点を図 1-6
    によって説明しておこう。
    図 1-6 ビジネス・プロセス・ネットワークにおける二つの展開
    [A.]「非グローバル経営」における BPN の展開
    Pl.P
    Japan
    BPN(BIN)
    Pr.P Japan Japan M.P
    Foreign countries
  • 13 -
    [B]「グローバル経営」における BPN の展開
    Pl.P
    Japan
    「代替性 D」 China
    BPN(BIN)
    Japan
    Pr.P Japan MP
    China 「代替性 C」
    「代替性 A」 「代替性 B」 Foreign countries
    (Note) Pl.P;Planning Process
    Pr.P;Production Process
    MP;Marketing Process
    BPN;Business Process Network
    BIN;Business Information Network
    まず、「非グローバル経営」の下では経営は M.P 部門における輸出を除けば基本的には
    国内で展開される(上図 1-6-1-[A]「『非グローバル経営』における BPN の展開」参照)。
    ところが「グローバル経営」の下では M.P 部門のみならず Pr.P 部門もまたグローバルな
    ネットワーキングに組み込まれてしまい、ついには国内でのネットワーキングは Pl.P の
    みに止まるという事態すら発生するのである(上図 1-6-[B]「『グローバル経営』におけ
    る BPN の展開」参照)。その結果、図 1-6-[B]からも明らかなように企業活動の「場」に
    おける代替性すなわち立地上の代替性-国内立地に対する海外立地の代替性-が発生し、
    まず生産の代替性(代替性 A)から始まり、次いで内外市場に亘ってマーケテイングの代
    替性(海外市場ケース;代替性 B、国内市場ケース;代替性 C)へと進むことになる。そし
    て遂には消費者近接型 R & D の展開を通じて開発における代替性(代替性 D)すら発生
    するに至るのである。
    (b)グローバル経営のモデル(図 1-6-[B]参照)
    次に「グローバル経営」下では、国内産業基盤を維持するためには、Pl.P 部門すなわち
    研究・開発、設計、試作などの「知識集約部門」に経営資源を集中投下するという経営
    戦略を採ることを余儀なくされるという訳だ。つまり、上述した「知識集約工程部門」へ
    の経営資源の特化を否応なく迫られるという次第だ。
    要するに「グローバル企業」とは、上記の二つの経営の中で「グローバル経営」を選択
    した企業のことを指しているのだが、注意しなければならないのは、「グローバル経営」
  • 14 -
    は選択ではなく必然であるという点だ。上記の文脈からも明らかなように、「ビジネス・
    プロセス・ネットワーク」のグローバル化が不可避であるとするならば、「グローバル経
    営」もまた必然たらざるを得ないからだ。
    B. .産業・地域再編成の不可避性
    以上からも明らかなように、内発的発展だからといって「グローバル経営」を避けて通
    ることはできないし―「非グローバル経営」の下であっても、グローバリゼーションの“
    見えざる手”が「輸入」を通じて遠慮なく働くことにより、「非グローバル経営」が結局
    は早晩困難ないしは不可能になるだけである―、逆に「グローバル経営」だからと云って、
    内発的発展に背を向けて済ませられる訳でもないのだ。従ってグローバリゼーション下の
    企業経営戦略としては、内発的発展とグローバリゼーションの両者が両立し融合する経営
    方式を編み出していく以外にないということになる。
    かくして、「グローバル企業」あるいは「非グローバル企業」の否は問わず、企業は厳
    しい“グローバル戦争”に突入していかざるを得ない。その結果、産業・地域再編成もま
    た不可避とならざるを得ないのである。
    (注 1)本稿(第 1章第 2節①)は拙稿「『北東アジア経済圏』のグランドデザインと新潟
    県の新拠点性論―“バージョンⅠ”から“バージョンⅡ”へ―」(新潟経営大学・
    地域活性化研究所『地域活性化ジャーナル』第 17 号)p.35~ 37 に加筆したもので
    ある。
  • 15 -
    2. 産業・地域再編成問題の行方―“空洞化”と“サプライ・チェーン”の相克
    さて日本の主要産業―鉄鋼産業、機械産業、電気・電子産業さらには自動車産業に至る
    まで―が、1990年代後半から 2000年代に入ってもなお、新興国の台頭に脅かされながら、
    大震災に至ったことは記憶に新しいところだ。では大震災による被害・影響はこうした傾
    向をさらに加速するのか否か。日本の主要産業―とくに製造業―の競争力について、こう
    した観点からチェックしておこう。
    (1)日本の基幹産業;Key industries としての Parts & matereials(図 2-1参照)
    前述したように、日本の中小企業の多くが属する中間財部門の生産においては、確かに
    アジア新興国企業の台頭が著しい。そこでメーカー・下請けさらには孫下請けをも含めて
    海外進出を自社の経営戦略に組み入れているにもかかわらず、アジア新興国企業に対する
    優位性が保証されているとは云い切れないのである。従って今次震災もまたこうした優位
    性喪失を加速しかねない危険性を孕んでいるということをわれわれはまず理解しておく必
    要があるだろう。
    ところが、中間財部門の中でも高度部品・素材部門に限って云えば、必ずしもそうとば
    かりは云えないようだ、ということが今次震災を通じて明らかにされた。それは何故か。
    一つには既に述べたように、付加価値曲線上では、部品・素材部門自体が、製品部門より
    も高付加価値化しており、従って知識集約化しているためだ。その結果、日本の製造業も
    こうした部品・素材部門とりわけ高度な部品・素材を基幹部門化しようとしている(注 1)。
    こうした脈絡の下でいわゆる上流部門で“Suppy Chain”の“供給力不足”問題が発生
    したのである。従ってその供給力問題は、部品・素材からなる Suppy Chain における基幹
    部門の重要性を図らずも浮かび上がらせる結果となったようだ。
    だとすれば“Suppy Chain”問題は日本企業の競争力強化のターゲットが奈辺にあるの
    かということをある意味では示唆していると理解すべきなのかも知れない。
    図 2-1 The new framework of the relation between Japanese makers of parts & materials and
    Asian
    makers consisting of ’’ intermediate goods’’ and ‘’final goods ’’
    Japanese makers of parts& materiaks
    the fllow of parts & materiaial the fllow of parts & material
    Japanese makers in Asia
    Local makers in Asia
    (subcontracted makers)
    Local makers in Asia
    (grandcontracted makers?)
    [Original sourse] Niigata Nippow(May 17, 2011)
    従って“Suppy Chain”問題を一概に“空洞化”促進要因とみなすべきではないであろ
    う。だが逆に云えば、そのことは、Key industries がグローバル化の下での競争力を喪失
  • 16 -
    すれば「空洞化」問題が一挙に表面、 化しかつ全面化する可能性が伏在している、といこ
    とを示唆しているのである(注 2)。
    その意味では、“Suppy Chain”問題と「空洞化」問題とはいわば表裏の関係にあると理
    解しておくべきであろう。
    (2)北東アジアにおける地政学的特質(第 1章第1節②参照)を背景とした「ビジネス経
    済圏」の重層性(図 2-2参照)。
    空洞化問題に関連して次に、「内発的発展」とグローバリゼーションの関係について観
    ておこう。グローバリゼーションと内発的発展の両立可能性については、「北東アジア経
    済圏」が有する地政学上の優位性の一つすなわち「内延的重層性」(下図参照)によって
    説明できる。
    図 2-2 「ビジネス経済圏」の重層性
    コンデユイット
    ビジネス・Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅴ Ⅵ ビジネス経済圏
    ネットワーク
    グローバル・ネットワーク◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
    (cf. サプライ・チェーン) TPP ビジネス経済圏
    重層的関係
    (地政学的重層性)
    北東アジアビジネス経済圏
    (バ゙ランサーとしての機能)
    ナチョナル・ネットワーク○ ○ ○ ○ ○ ○
    重層的関係
    (内発的重層性)
    ローカル・ネットワーク○ ○ △ △ △ ● 地方ビジネス経済圏
    Ⅰ~Ⅵについては、図 1-5と同じ。
    従って、北東アジアにおける「ビジネス経済圏」の下では、グローバル化と地域におけ
    る「内発的発展」は両立し得るのである。逆に云えば、北東アジア「ビジネス経済圏」に
    おいては、日本が「内発的重層性」を軽視したり無視したりした場合には、地域における
    “空洞化”もまた産業空洞化と同様に深刻化しかねないのである(注 3)。
    (注 1)部品・素材の基幹部門化は、技術革新と表裏の関係にあることは云うまでもない。
  • 17 -
    とくに新エネルギー・環境技術開発に係わる技術革新については、両者の関係が一
    層密接である(拙稿「北東アジア経『 済圏』のグランドデザインと新潟県の新拠点
    性論―“バージョンⅠ”から“バージョンⅡ”へ―」(新潟経営大学・地域活性化
    研究所『地域活性化ジャーナル』第 17号)p.35~ 37参照)。それだけではない。
    従来の取引関係の変革など“経営者の思考力”もまた試されているという点にも留
    意すべきであろう(沼上幹「下請けの罠『顧客志向』が視野を狭める」[朝日新
    聞 2011 年5 月 20 日]参照)。
    (注 2)しかも、製造業を中心にして日本企業自体、現在海外投資を急テンポで進めている
    ということも見逃せない。日本企業の海外投資化はリーマン・ショック後の 2010 年
    度には国内市場の縮小傾向を背景にしてさらに加速しているようだ。日本政策投資
    銀行の調査によれば、同年度における国内投資額(全業種)は前年度に比べて 6.8%
    増加したに過ぎないのに対して、海外投資額(同)は 35.1%と急増しているとされ
    る(日本経済新聞 2010年 8月 4日より)。
    (注 3)上記で述べたように(注 2 参照)、日本の海外投資は急増しているが、そのことは
    集積地域にも大きな影響を与えている。前述したように(第 2章[注 1]参照)海外
    投資急増の結果、産業集積地域の事業所数は急速に減少している。例えば東京都の
    大田区の場合には、1983 年には約 9,000 事業所あったのが、2008年には約 4,000事
    業所へと半分以下に減少したとされており、また大阪府の東大阪地域では、1997 年
    00 事業所から 2007 年には約 8,000事業所へと減少したとされている。
  • 18 -
    3. FTA/EPAの課題
    しかしながら、上記の二つの課題―(イ)部品・素材における基幹性の維持と、(ロ)グローバリ
    ゼーションと「内発的地域発展」との両立性―のためには、FTA(Free Trade Agreement)/EPA
    (Economic Partnership Agreement)もまた重要な役割を果たすべきである。
    (1)全国レベル
    まず全国レベルでの課題は以下の通りである(注 1)
    第一は、北東アジア域内における貿易・投資・労働力移動の自由化である。
    第二は、域内における共通投資ルールの策定である。
    第三は、知的所有権の保護のための域内共通政策づくりである。
    第四は、電子商取引及び環境規制を含めて商取引および商慣行における基準・認証・資
    格などの域内共通化を計ることである。
    第五は、域内におけるビジネス環境およびビジネス・ネットワークを発展させることで
    ある。
    第六は、ビジネス・システム及びビジネス・モデルにおける域内互換性強化である。
    第七は、域内金融・通貨・為替システムにおける安定化である。
    第八は、域内における環境・新エネルギー技術開発である。
    そして最後は、域内の経済・社会システムにおける浄化と透明化である。
    (2)地域レベル
    しかしながら前述したように、北東アジアでは地域が経済発展の主力を担ってきた。そ
    れは冷戦構造という基盤的な問題すなわち安全保障問題が国家間の交渉を阻む壁として跋
    扈として存在していたからである。
    現在、FTA やEPA が国家間の交渉として活発に行われているが(注 2)、だからと云っ
    てそのことは、「地方経済圏」の経済発展に果たす役割が終わったということを必ずしも
    意味している訳ではない。むしろある意味では地域は新たな役割を担い始めているとすら
    云えよう。そのことを端的に物語っているのは、これまた前述した「コンデユイット」論
    の台頭である。中でも流通・物流・交通基盤のボーダレスな整備を背景とする「財コンデユ
    イット」は北東アジアを含めてアジアにおける国際分業の飛躍的な発展に重要な役割を果
    たしている。
    しかしながら、こうした国際分業の発展及びそれを背景とするいわゆる新興国の台頭は、
    同時に新たな問題を惹起している。すなわち、エネルギー・資源さらには食糧問題である。
    またそのこととも関連して環境問題も深刻化する可能性を秘めている。従って、「財コン
    デユイット」の発展とともに、「エネルギー・資源・食糧コンデユイット」さらには「エン
    バイロンメンタル・コンデユイット」の整備・発展が急務になってきている。そのことは、
    北東アジアの地域発展・都市作りにも大きく影響を与えるとともに、北東アジアの発展の
    あり方がこれらの問題すなわちエネルギー・資源・食糧・環境問題などのあり方にも深く関
    わっているということを意味しているからだ(注 3)。
    そこで FTA/EPA のあり方とりわけ EPA のあり方は今後の北東アジア地域発展に対して
    極めて重要な意味を持っていると理解すべきであろう。以下ではこの点に焦点を当て、と
  • 19 -
    くに「地域 EPA」構想について考えてみることにしよう。
    (3)地域 EPA 構想―地域活性化戦略としての EPA
    ①「地方経済圏」と EPA のオーバーラップ
    既に述べたように、「東アジア経済圏」なかんづく「北東アジア経済圏」形成において
    は、「地方経済圏」が中心的な役割を果たしてきた。この地域においては、国際関係の不
    安定性の下で国際分業を発展させるためには貿易は無論のこと投資分野に至るまで地方が
    リスクを取らざるを得なかったのである。
    では、FTA や EPA の出現によって―つまり国家間の交渉や協定が前面に出ることによ
    って―、「地方経済圏」の役割は既に終わったと考えるべきなのであろうか。そうした側
    面を全て否定する必要はないが、見落としてはならないのは新たな役割の登場である。い
    わゆる次世代社会論である。アジアなかんづく北東アジアにおいては現在少子・高齢化す
    なわち人口減少と人口構造の変化が急速に進展している。日本がその最先端に置かれてい
    るということは周知の通りである。しかしながら北東アジア諸国でも、一方で中間所得層
    の成長や新興企業の出現によって、一面では“成長と繁栄”を謳歌しながらも、他面では
    「次世代社会」への移行が確実に始まっている。だが見落としてはならないのは、次世代
    社会論は単なる衰退論ではないということだ。それは他面では文化や伝統の尊重そして環
    境・農業の重視さらには地域の多様性・活性化要求増大など、「成熟社会」への移行という
    側面を色濃く有しているのである。
    その場合、“成熟社会”の先進国として日本が“地域活性化”のモデル―その場合のモ
    デルとは単に国内における地域活性化だけではなくグローバリゼーションと融合した重層
    的活性化モデルすなわち“開かれた内発的発展性”でなければならないが―を提示するこ
    とは、単に「地方経済圏」を守るだけではなく、それを次世代経済圏論として再定義し発
    展させていくことをも意味するのである。つまり、成熟社会への移行という観点から捉え
    るならば、「地方経済圏」もまた次世代社会論という観点から捉え直し再定義される必要
    があるということだ。
    そのことに関連して、図 1-1 は非常に興味深いシナリオをわれわれに示唆してくれてい
    る。それは、沖縄・台湾を中心とする「蓬莱経済圏」の存在である。それは台湾の“興味
    ある二面性”である。すなわち台湾は、一面では、地方の限界を超えた FTA 対象国とし
    て扱われながら(注 4)、他面では沖縄という地域の“経済自立性”において重要な役割
    を買って出ている、という意味での二面性である。
    さらに重要なのは、「蓬莱経済圏」は北東アジアにおいては、「財のコンデユイット」
    として既に重要な役割を担っているのだが、そうした役割はアジア全体に広がりかつ多層
    化する可能性を伏在させているということだ。すなわち、「蓬莱経済圏」は一方では「環
    黄海経済圏」、「環日本海・東海経済圏」さらには「北方経済圏」にもコンデユイットを通
    じて連動しており、他方では「海峡経済圏」、「華南経済圏」さらには「バーツ・ドン経済
    圏」にも繋がっているのである(図 1-1 参照)。従って「蓬莱経済圏」のこうした二重性
    は、「北東アジア経済圏」だけではなく「東アジア経済圏」さらには「汎アジア経済圏」
    というようにほぼアジア全域に亘って、次世代経済圏―すなわち“成熟社会”に不可欠な
    “グローバリゼーションと内発的発展の融合”―についての重要な実証実験の「場」を提
  • 20 -
    供してくれているのである
    「地域 EPA」は以上の課題に応えるためにも重要な役割を担っているのである。
    ②新雁行飛行形態“バージョンⅡ”の可能性
    企業経営のグローバル化を背景にして、ビジネスプロセスにおける付加価値源泉は、製
    品の組み立て部門から部品・素材の生産部門へとシフトした。そのことによって基幹製品
    部門は今や組み立て製品部門から部品・素材部門へと急速に変化し始めているのである(図
    1-1・2・3 参照)。それは国際分業構造をも一変させており、「比較優位性」は、「付加価値
    別ビジネス・プロセス」と「工程間分業」のマトリックスによって決定されるに至ってい
    る(図 1-4参照)。
    問題は、そうした国際的な産業再編成を背景とする国際分業構造変化の下での新リーデ
    イングセクターの姿が不明確な点である。その点で、今次東日本大震災がもたらした産業
    構造上の新たな姿は興味深い示唆をわれわれに与えてくれる(図 2-1参照)。
    それは、部品・素材を基幹産業とする新たな分業体系―すなわち青木教授が示唆されて
    いるところの新雁行飛行形態モデル“バージョンⅡ”(注 5)―の可能性である。それがバ
    ージョンⅡなる所以は、中心軸が「太平洋軸」から「北東アジア軸」に代わるという意味
    で“バージョンⅡ”なのである。かくして新雁行形態モデル”は上記の新地方経済圏版「北
    東アジア経済圏」構想の成否にも深く関わっているということになる。
    われわれはその意味で、新雁行形態モデルを推進すべきであるが、そのためにも「地域
    EPA」の積極的な活用を強調しておきたい。
    (注 1)現在、日韓両国の間では日韓 FTA 交渉が検討されているようであるが、その狙い
    は、単に関税引き下げだけではなく、「北東アジアビジネス経済圏」を発展させて、
    それを基盤にして直接投資を活発化させ、北東アジア「産業内分業」を発展させる
    ことを狙ったものであるようだ。またそれは、日韓の提携を背景にして、日中韓三
    カ国 FTAの促進に結びつくことをも狙っているようだ。
    (注 2)そもそも日本は FTA 交渉において大きく立ち後れている。世界における主要国・地
    域の FTA カバー率を観てみると、日本は 16.5%と他の主要国と比べて圧倒的に低
    い。確かに韓国も 14.4%と日本を下回っている。だが韓国は、既に署名したアメリ
    カや仮調印した EU との FTA を加えると、一気に 35.6%に達するとされる(朝日新
    聞 2010 年 8 月 28 日より)。その結果、このままでは、日本の貿易は年間 2 兆円も
    の関税上の「不利益」(いわゆる貿易転換効果による不利益)を蒙ることになり、
    円高による通貨面での不利益に加えて、貿易面でも競争力を大幅に低下-日本の輸
    出総額は約 59 兆円(2009 年度)であるから低下幅は輸出額の凡そ 3.4%に相当する
    -させかねないのである(日本経済新聞 2010年 8月 30日より)。
    (注 3)北東アジアにおける新たな地域発展・都市作りの方向としては、「太平洋軸」から
    「日本海軸」さらには「北東アジア・汎アジア軸」への転換が不可避である<*>。す
    なわち日本列島における北東アジア軸は新たに、朝鮮半島を経て北上し、さらに中
    国東北地方に繋がり、「北東アジア起爆軸」を形成する、というシナリオである。
    同時にそれは、日本列島の北東アジア軸を経て、ロシア極東地域を“基点”とする
  • 21 -
    ―すなわち“上流”とする―“エネルギー・資源・食糧コンデイユイット”よって形
    成されるもう一つの「北東アジア起爆軸」や北朝鮮への「伝播軸」を通じて「北東
    アジア経済圏」の重層的形成を促す、というシナリオでもあるのだ。

    *>「太平洋軸」主導の発展戦略は、日本の地方地域とくに地方経済をいわゆる “
    空洞化 ”状態に追い込んできたが(1996年から 2006年にかけての地域別 GDP
    成長率[年平均成長率]は、太平洋沿岸地域に属する東京圏が 6%、同じく名
    古屋圏が 5%であったのに対して、関西圏は-6%、地方圏[三大都市圏以外の地
    域からなる経済圏]は-2%であったとされる[経済産業省「日本産業を巡る現状
    と課題」<平成 22 年 2 月>《URL》p.11 より])、こうした “ 空洞化 ” の背景に
    は、“ 雁行形態的発展 ” が新興国企業と日本の地域企業との競合を激化させそ
    の結果地方地域の空洞化を本格化させる-というメカニズムとして働いたとい
    うことがある。皮肉ないい方をすれば、「太平洋軸」主導の “雁行形態的発展 ”
    路線は、新興国と太平洋沿岸地域の発展に対しては大いに貢献してきたのでは
    あるが、その反面、日本は “ 地方地域の衰退 ” という大きな代償を支払わされ
    ることになった、ということである。従って、こうした「太平洋軸」主導の “
    雁行形態的発展 ” に対して、日本の地域とくに地方地域から反発が強まるのは
    ある意味では当然の成り行きであるとも云えよう。要するに、地域経済再生と
    いう観点からは、こうした跛行的な “ 発展戦略 ” は、国内的にも最早受容され
    得なくなりつつあるということであろう。
    (注 4)2010 年6 月29 日、中国・台湾の間で ECFA(Economic Cooperation Framework
    Agreement[中台経済協力枠組み協定])が締結された。その結果、中国側は 539 品
    目の関税を優先的に引き下げる、台湾側は 267品目の関税を順次撤廃していく-
    ことになった。
    (注 5)青木 昌彦「2011 日本の針路―世代間の合意と『開国』を―」(日本経済新聞 2011
    年 1月 5日)を参照のこと。