【南沙諸島問題】

南シナ海「仲裁」が中国、米国、日本に及ぼす影響

朱 建栄


 7月12日、フィリピンが一方的に提訴した南シナ海問題関連の諸問題についてハーグの仲裁裁判所は、中国の主張をほぼ完全に否定し、フィリピン側一辺倒の判断を出した。中国の報道や専門家の反応を見ると、「予想以上に厳しいもの」とのショックを隠せぬものがあった。政府側は最初の数日間、激しい反応を見せたものの、その後、「静かな外交」に転じた。一方、外部の反応を見ると、フィリピン政府は新大統領の就任や、米国からの助言などにもより、公の場ではかなり抑制的な反応に留めた。おそらく、一番過熱に報道し、政府関係者の発言が多かったのは日本であろう。それが日中間の新しい火種になり、不信感ないし憎悪感を増幅させる新しい要因になっていると思われる。
 本文は、「仲裁判断」以後の中国、米国、アセアン諸国、そして日本の関連動向を検証し、ある日本の元外交官が漏らしたように、米国に煽られながら、日本自身の打算もあり、「仲裁判断」が出た後、日本が一番「活躍」しているように見えるが、米国に「梯子を外される」ことはないかと、日本外交の問題点も見てみたい。

◆◆ 1、「712仲裁」後の中国の動向

 中国政府はあらかじめ仲裁に関して「認めず、参加せず、受け入れず」の方針を示していたが、仲裁判断が出た直後、政府声明、外交部声明、白書を相次いで発表し、全面的反論を行った。やはりかなり気にしていたようだ。中国大使館のHPに、7月12日から13日にかけて相次いで出された中国外交部と政府の声明、「中国は南中国海における中国とフィリピンの紛争の話し合いによる解決を堅持する」と題する白書の日本語版が出ているので、中国側の立場を知る文献として紹介しておく。

(1)南海における領土主権と海洋権益に関する中華人民共和国政府声明(2016-07-13)
  http://www.china-embassy.or.jp/jpn/zt/NKMD/t1380625.htm
 ここでは中国政府による「9段線」以内の「権利主張」に関して初めてまとまった形で4項目に示されている。

(2)白書「中国は南中国海における中国とフィリピンの紛争の話し合いによる解決を堅持する」(2016-07-13)
  http://www.china-embassy.or.jp/jpn/zt/NKMD/t1380722.htm
 この白書では近年のものとして初めて、中国の南シナ海に関する主権の主張とその経緯、フィリピン側とのやり取りの経過、政府の基本的立場が系統的に述べられている。

 欧米や日本の一部のマスコミは今回の判断を出した仲裁裁判所は国連所属の機関と紹介しているが、国際司法裁判所(ICJ)のHPに、「かかわっていない」との「断り」が掲載された。
(3)明報新聞網160714聯合國國際法院網頁澄清:未参與南海仲裁案
  http://news.mingpao.com/ins/instantnews/web_tc/article/20160714/s00004/1468466717749

 ICJのHPの当該部分は以下のリンクを参照。英語の部分もそのまま引用した。 http://www.icj-cij.org/homepage/

 The International Court of Justice (ICJ) wishes to draw the attention of the media and the public to the fact that the Award in the South China Sea Arbitration (The Republic of the Philippines v. The People’s Republic of China) was issued by an Arbitral Tribunal acting with the secretarial assistance of the Permanent Court of Arbitration (PCA). The relevant information can be found on the PCA’s website (www.pca-cpa.org). The ICJ, which is a totally distinct institution, has had no involvement in the above mentioned case and, for that reason, there is no information about it on the ICJ’s website.

 仲裁の結果が出た後、中国は南シナ海での軍事演習を行うなど強硬な姿勢を見せたが、これはナショナリズムが高揚する国内世論を意識したものと、米国との駆け引きの一環であろう。実際はかなり慎重な対応をしている。すでに70カ国前後が「当事国の交渉による解決」「第三者の介入に反対」とする中国の立場を支持したとして「孤立していない」ことをPRしつつ、「今回の仲裁判断に反対だが、国際法、海洋法には反対していない」と強調している。
 国連海洋法条約からの離脱との観測もあったが、その可能性はないと自分は最初から言っている。日本と争っている東シナ海の排他的経済水域(以下はEEZと略称)に関する中国の「大陸棚の延長」の主張も、海洋法が根拠である。南シナ海での防空識別圏設定も、スカボロー礁(黄岩島)の埋め立て強行もおそらく当面はなく、米国が南シナ海で軍事行動を激化すればそれへの対抗カードとして温存すると予想される。

 国内外の中国関連情報が一番豊富で迅速な、米国に拠点を置く中国語サイト「多維網」に、米欧の専門家の見解を紹介する形で、「北京は南シナ海をめぐる仲裁で挫折したことを黙認し、慎重な外交に転じている」との記事が掲載された。客観的な検証である。
(4)多維新聞網160718北京承認南海仲裁受挫 外交変得謹慎
  http://opinion.dwnews.com/news/2016-07-18/59754506.html

 仲裁の判断が出る前、米国「Foreign Policy」誌に、中国のハイレベルにおいて、南シナ海問題の対応をめぐって三派の意見に分かれていると分析する記事が載った。今でも読む価値がある。
(5)多維新聞網160623美媒曝中國高層南海立場分裂 三派鼎立
  http://global.dwnews.com/news/2016-06-23/59748549.html
 英文原文:The Fight Inside China Over the South China Sea
  http://foreignpolicy.com/2016/06/23/the-fight-inside-china-over-the-south-china-sea-beijing-divided-three-camps/

 在米の台湾(聯合報)系サイトには以下の興味深い記事を見つけた。
(6)世界新聞網160802南海仲裁 解放軍鷹派喊打
  http://www.worldjournal.com/4227341/article-%E5%8D%97%E6%B5%B7%E4%BB%B2%E8%A3%81-%E8%A7%A3%E6%94%BE%E8%BB%8D%E9%B7%B9%E6%B4%BE%E5%96%8A%E6%89%93/?ref=%E8%B6%85%E4%BA%BA%E6%B0%A3&ismobile=false&utm_source=Chinese+eNews_08082014&utm_campaign=e3758d27f9-eNews_022320162_23_2016&utm_medium=email&utm_term=0_b79e82fe0f-e3758d27f9-237462145

 人民解放軍側が強硬な姿勢を見せたが、それは想定内のことだ。注目されるのは同記事の「その他の動向」に関する紹介だ。その要旨は以下の通りである。
1)中国指導者は軍事衝突の危険性を理解しており、緊張のエスカレーションを招く軍事行動を実は抑えている。
2)ある外交筋は中国高官との談話内容を以下のように披露した。「中国は国際社会の反応を非常に気にしている」「彼らは真剣に交渉の軌道に戻ろうとしている」「指導部は、困難で長時間の内部検討をかけて、次の方向を見出していくだろう」
3)米国政府はそれに対して積極的なリアクションを見せており、北京に高官を派遣するだけでなく、関係諸国に対して外交ルートを通じて「この仲裁判断を利用して表立った行動を取らないよう」説得をかけている。

 一方、在米国の中国人学者は、中国が仲裁裁判に自ら参加の権利を放棄したことで不利な仲裁結果を招いたことを反省すべきとし、中国の決定には「欧米が主導してきた国際法と仲裁などのシステムを内心信用していないこと、文化的には重大な問題を顔も知らない仲裁員の判断に委ねることに抵抗がある」といった背景があると分析し、「国際法という課目の補講を受け、国際化された真の現代国家に脱皮する必要がある」と訴えた。
(7) FT中文網160720南海仲裁案 中國還需要補上國際法這一課
  http://www.ftchinese.com/story/001068537?full=y&from=timeline&isappinstalled=0

 国際裁判に参加しない中国の思考様式についてかなり厳しい分析を行った同記事は、中国国内のウェブサイトにも広く転載された。たとえば
(8)新浪網160721南海仲裁案中國還需要補上國際法這一課
  http://club.mil.news.sina.com.cn/viewthread.php?tid=756258&pid=13793137&extra=page%3D1&frombbs=1

 以下の中国時事評論家丁咚のコラムも、中国はフィリピンのデゥテルテ新大統領への対応をめぐって、「経済援助カード」を過信しないこと、前アキノ大統領との関係の過ちを繰り返さないこと、鄧小平の「紛争を棚上げにして、共同開発する」構想と国際ルールに基づいて「第3の道」を考えるべきだと提言している。
(9)多維新聞網160722丁咚:中國的南海對策需要第三方案
  http://opinion.dwnews.com/big5/news/2016-07-22/59755564.html

 この提言文も中国国内のネットで広く転載されている。たとえば
(10)IDO社区160722中国的南海対策需要第三方案?
  http://ido.3mt.com.cn/Article/201607/show4176134c30p1.html

◆◆ 2、「玉突き」現象と「ブーメラン」現象

 「仲裁判断」は中国に向かって出されたが、ほかの多くの国と地域に思わぬ波紋をもたらし、特に台湾、ベトナム及び一部の島嶼国家へ「玉突き」現象を起こしている。米国が「仲裁」をサポートしてきたし、出された判断に中国は従えと求めているが、米国自身に難問を突き付ける「ブーメラン」現象も起きているようだ。

 韓国は少し前にTHAADミサイル(終末高高度防衛ミサイル)の配備を決定し、それに中ロ両国は猛反発している。この微妙な背景もあり、韓国政府は仲裁の判断について態度表明を避け、主要紙の論説は事実と各国の動向を伝えるのに重点を置いた。朝鮮日報の社説は中国に対し、「南シナ海における主権を引き続き主張するなら、仲裁判断に反論する根拠をまず見つけるべきで、何よりも同地域の緊張情勢をエスカレートさせるような行動を取るべきではない」と注文した。

 一方、台湾の実効支配下にある南沙諸島のうち最大の太平島が仲裁判断によって「島」ではないとされ、200カイリの排他的経済水域(EEZ)を設定する権利も否定されたことに対し、台湾全体が強く反発した。蔡英文総統は海軍の迪化艦に上がり、「仲裁判断、特に太平島に対する認定は我が国の権利を著しく損なったもの」との批判談話を発表し、主要紙『中国時報』の社説は、この仲裁に北京側は参加せず、台湾が出した要望は一切採用されず、「欠陥だらけの判断」が出されたことは「問題の解決どころか、より多くの国際紛争を誘発しかねない」とし、「南シナ海紛争の根源は米国が主導する中国に対する政治的圧力」と分析し、この問題に関して台湾も逃げ道を閉ざされ、闘う以外にないと主張した。
(1)中時電子報160715社論 捍衛U形線 政府沒有模糊空間
  http://opinion.chinatimes.com/20160715006442-262101

 北京と蔡英文政権の間では、「一つの中国」に関する認知で激しい駆け引きが行われているが、今回の仲裁に対する台湾側の強い姿勢は両岸関係の緩和に「思わぬ効果」をもたらしているとの分析も出ている。
(2)多維新聞網160713蔡英文一挙破冰?仲裁帶意外利好
  http://opinion.dwnews.com/news/2016-07-13/59753336.html

 ベトナム外務省高官は中国側に対し、「仲裁判断に関する中国側の立場を尊重する」と発言したと伝えられている。南シナ海に関して、中国とほぼ同じように全島嶼と全海域の領有を主張しているが、その主張である「歴史的権利」も完全に否定される形になったのだ。
 それより、米国は予想以上の難問を突き付けられ、それ自身の既得権益すら挑戦を受ける羽目になっている。米国外交の真価が問われる。

(3)多維新聞網160714中美軍事休兵?華府縁何反常為南海滅火
  http://global.dwnews.com/news/2016-07-14/59753628.html
 ロイター通信が米高官の言葉を引用してスクープしたところによると、米政府は秘密外交のルートを使って、フィリピン、インドネシア、ベトナムなどに仲裁判断が出た後、「急進的な行動を取るな」と促した、という。その後、米側自身の軍事行動も控えめになった。様々な原因があるが、米国自身のこれまでの立場、政策との撞着があると同記事は指摘し、今回の仲裁判断が米国外交に突き付けた三つの難問を列挙した。

1)2010年に米国政府が公表した公式の地図は「太平島」を島と標示している。その判断基準は、世界各地の他の島への判断に影響を及ぼすとともに、最大の海洋の既得権益をもつ米国自身の「ダブルスタンダード」にも挑戦状を突きつけることになる。米国の一貫した政策と「太平島」すら「島」ではないと否定した仲裁判断との矛盾を今後どうするか。
2)米国はいまだに国連海洋法条約を批准せず、これまでも国際裁判を無視する前例を作っているのに中国に「海洋法を守れ」と迫れるか。
3)軍事的圧力はかえって掛けにくくなったジレンマ。

 7月29日発売の米国 Bloomberg Businessweek 誌は、今回の仲裁判断を認めれば、米国自身が一部の小さい環礁や岩石に基づいて決めた排他的経済水域に関する主張が否定され、「広範な海洋権益を喪失する」と指摘した。
(4)多維新聞網160801美媒:承認南海仲裁結果或使美喪失大片海洋
  http://global.dwnews.com/news/2016-08-01/59757854.html

 オバマ政権の第1期任期でNSCのアジア上級部長を務め、今はブルッキングス研究所のシニアフェローであるジェフリー・ベーダーは仲裁判断が出た後、重要な論文を出し、話題を呼んでいる。
(5)Brookings Institution 160718, JEFFREY A. BADER 南海仲裁案後中美何去何従(中国語)
  https://www.brookings.edu/zh-cn/2016/07/18/%E5%8D%97%E6%B5%B7%E4%BB%B2%E8%A3%81%E6%A1%88%E5%90%8E%E4%B8%AD%E7%BE%8E%E4%BD%95%E5%8E%BB%E4%BD%95%E4%BB%8E/

 英語版:What the United States and China should do in the wake of the South China Sea ruling
  https://www.brookings.edu/2016/07/13/what-the-united-states-and-china-should-do-in-the-wake-of-the-south-china-sea-ruling/

 その中でも、中国に仲裁判断を受け入れさせるには、米国自身が先にダブルスタンダードを是正する必要があるとして、次のような二つの提案をオバマ政権に出している。
1)今回の「仲裁判断」に準じて言えば、米国自身も太平洋地域に多くの「島」ではない「岩礁」を根拠にEEZを設けているが、まずそれに関する定義を点検し、見直すべきだ。
2)米国は他の国に、国連海洋法条約を遵守せよと求めながら、自ら批准していないのは、偽善と非難されても仕方ない。そのダブルスタンダードを早急に是正せよ。

 関連部分の英文原文が出ているので、ご参照ください。
The Tribunal was bold in laying out its conception of the high bar that a feature, in the South China Sea or anywhere in the world, must clear in order to be deemed an “island” rather than a “rock” meriting a 200-mile exclusive economic zone. The United States has several features in the Pacific that meet the tribunal’s definition of a “rock” that we currently consider “islands.” It would give the United States the moral high ground and set an example for South China Sea claimants if we announced that we were reconsidering the status of those features.
Finally, the U.S. administration—and the Clinton campaign—should make clear that they are prepared to expend political capital to seek Senate ratification of the U.N. Convention on the Law of the Sea. We have based our policy in the South China Sea on UNCLOS’ validity. Countries are right to point to our hypocrisy in insisting on their acceptance of the convention’s strictures while we stand apart from it. Every former secretary of state, the Navy, former secretaries of defense, and the business community all support accession to UNCLOS as overwhelmingly in the United States’ interest. We should make this a national priority. We cannot expect China and others to pay attention to UNCLOS if we continue to say: “do as we say, not as we do.”

 ベーダー氏の論文は中国政府にも、建設的な提案を行っている。その一部のアイディアは7月25日の中国とアセアンの共同声明にすでに体現されている。この論文は中国の学術的ウェブサイトで早速全文翻訳・掲載された。
(6)共識網 160718 傑弗裏•貝德 : “南海仲裁案”後中美何去何從
  http://wap.21ccom.net/index.php?&a=show&catid=18&typeid=9&id=5835

 ちなみに、ベーダー氏がこの4月に発表した、中国の外交政策に関する全般的評価の論文もかなり読みごたえがある。
(7)FT中文網 160420 傑弗裏•貝德 : 中国外交政策的新調整
  http://www.ftchinese.com/story/001067180

 ブルッキングス研究所のHPに掲載された中国語の全文:
  http://www.brookings.edu/~/media/research/files/papers/2016/02/xi-jinping-worldview-bader/xi_jinping_worldview_chinese.pdf

 英語の全文:How Xi Jinping Sees the World…and Why
  http://www.brookings.edu/~/media/research/files/papers/2016/02/xi-jinping-worldview-bader/xi_jinping_worldview_bader.pdf

 ところで、中国のネットにも、今回の「仲裁判断」の論理を逆手に取って、米国が海外の17の領地を放棄すること、低潮高地などを軸に米国本土からはるかに離れた海で支配している、中国の「9段線」海域よりずっと大きなEEZを手放すことを迫るべきだとの提言が載っている(その中で、日本に対しても同じ論理で迫るべきと述べている)。
(8)察網 160721 南海裁決後 中國應反訴美國不得擁有十七個海外領地
  http://www.cwzg.cn/html/2016/guanfengchasu_0721/29611.html

 歴史的に見れば、今回の南シナ海問題をめぐる中国と米日の論争は、海洋先進国の米日などは既得権益を持ちながら、台頭する中国の海洋権益の主張を封じ込めようとする、という構図を浮かび上がらせているのかもしれない。

 武漢大学教授黄偉も、太平島を含む南沙諸島をすべて「島ではない」と乱暴に決めつけた「仲裁判断」によって、多くの小さい島嶼国家が広域のEEZを喪失し、国際海洋秩序の大混乱を招きかねないと指摘。
(9)新華網 160724 “変島為礁”就是指鹿為馬
  http://news.xinhuanet.com/world/2016-07/24/c_129172584.htm

 そもそも「仲裁」とは結論を五分五分か六対四、七対三に持っていくもので、今回の極端に行き過ぎた「判断」はやはり、思わぬ「玉突き」「ブーメラン」現象を起こすものだ。日本が「中国が負けた」「中国が恥をかいた」で喜ぶ場合ではない。

◆◆ 3、「仲裁判断」をめぐる米中関係の裏表

 対中けん制を引っ張っているはずの米国だが、「仲裁判断」が出た後、米国はどのような対中政策を取っているか。国際の場で中国に恥をかかせ、一段と軍事的圧力を加えているか。検証してみると、それを期待する多くの日本のマスコミと「評論家」に拍子抜けの結果をもたらしているようだ。

 7月中旬以降、米高官が相次いで訪中し、特にライス大統領補佐官の訪中の際、習近平主席は自ら会見し、重要な発言をしている。
(1)世界新聞網 160726 習近平會萊斯_中國無意挑戰國際制度
  http://www.worldjournal.com/4204966/article-%E7%BF%92%E8%BF%91%E5%B9%B3%E6%9C%83%E8%90%8A%E6%96%AF%EF%BC%9A%E4%B8%AD%E5%9C%8B%E7%84%A1%E6%84%8F%E6%8C%91%E6%88%B0%E5%9C%8B%E9%9A%9B%E5%88%B6%E5%BA%A6/?ref=%E9%A6%96%E9%A0%81_%E4%BB%8A%E6%97%A5%E9%87%8D%E9%BB%9E&ismobile=&utm_source=Chinese+eNews_08082014&utm_campaign=096009f857-eNews_022320162_23_2016&utm_medium=email&utm_term=0_b79e82fe0f-096009f857-237462145

 習近平主席とライス補佐官の発言の要旨は以下の通りだ。
1)習近平はライスに、中国は現行の国際秩序と制度に挑戦する意図も、覇権を求める意図も持っていないと伝えた。
2)米中双方とも、公の場で南シナ海問題をめぐる仲裁に言及しなかった。
3)ライスは、グローバルの諸問題をめぐる米中協力の強化、「相違があっても予測・制御可能なメカニズムを作る」ことなどを提案した。
4)習近平は「相互尊重、Win-Win」の良好な米中二国間関係の樹立を決意していると伝えた。

 この会談内容について中国の有名なネット政治評論家は次のように分析した。
(2)多維社區 160802 習近平低頭服軟?
  http://blog.dwnews.com/post-906628.html

 ライスに対する習近平の発言は、最近の中国の強硬な外交姿勢に比べればやや柔軟で、低姿勢だが、米国の大統領選挙期間中の一時的な譲歩なのか、外交政策の修正なのか、見極める必要がある。いずれにせよ、中国外交の現実を重視した特徴を典型的に現している、との解説だ。

 英国のジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー (Jane's Defence Weekly ;JDW)によると、衛星写真から判断して、7月10日、中国は西沙諸島からHQ-9防空ミサイルを撤収した、という。また、専門家によれば、それは米軍がJohn C. Stennis 号空母を撤収したことへの「善意的なリアクション」だという。
(3)多維新聞網 160723 中國撤走永興島上紅旗導彈
  http://global.dwnews.com/news/2016-07-23/59755782.html

 中国系香港「文滙報」によると、米中両軍部は、南シナ海海域の軍事的行動をめぐって、互いに「レッドライン」を敷いた、という。
(4)香港文匯網 160729 中美就南海問題互劃紅線_國防部回應
  http://news.wenweipo.com/2016/07/29/IN1607290001.htm

 米中間はやはり、不測の事態を避けるために互いに行動ルールを作り、そしてグローバルな協力関係を維持しながら「是々非々主義」でやっている。それに比べ、日本の対中外交はまったく、ゴールが不明、感情的で、深刻な衝突を招きかねないものだ。

 8月に入って、中国政府に影響力ある専門家の朱鋒教授が米ブルームバーグの電子版に、重要な論文を掲載した。仲裁判断に反対したことは中国が国際秩序に挑戦することと同格視すべきでないこと、中国外交の本音は現行の国際秩序の尊重を前提に、少しずつ改善を求めていくこと、南シナ海問題に関して至急の命題は緊張情勢の緩和と、関係各方面とも受け入れられるルールを作ること、中国外交も今回の事態を通じて教訓を汲み取ることと率直に述べた。この論文の英語の全文は、文末の添付(1)をご参照ください。
(5)多維新聞網 160809 美媒:中國無意推翻國際秩序 西方需反省
  http://global.dwnews.com/news/2016-08-09/59759760.html

 英文原文:China Isn't a Threat to World Order
  http://www.bloomberg.com/view/articles/2016-08-08/china-isn-t-threatening-to-overturn-world-order

 同じ朱鋒教授は少し前、「南シナ海問題の本質」を論じ、ただの領土主権と海洋権益の争いをはるかに超えて、米中という二つの「歴史的パワー」のぶつかり合いと新しい住み分けを模索するプロセスだと指摘している。中国指導部もこのような認識を持っているのかもしれない。
(6)第一財經 160523 專訪朱鋒:南海問題的本質是什麽
  http://www.yicai.com/news/5017457.html

 中国の著名な経済学者は、米中間の真の競争は南シナ海問題ではなく、どちらが制度変革を通じて国内問題を抜本的に解決できるかにあると指摘し、中国はドイツ、米国、シンガポールのそれぞれの長所に学べと呼びかけている。
(7)鳳凰國際智庫160518李稻葵:中美真正的競爭不在南海
  http://pit.ifeng.com/a/20160518/48792069_0.shtml?from=groupmessage&isappinstalled=0

 ついでに、中ロ両軍が9月、南シナ海で共同軍事演習を行うことに合意したことについての二つの分析記事を紹介する。どうもロシア側は数年前からそれを申し入れたが、中国は今回、ようやく同意した、との経過のようだ。
(8)多維新聞網 160729 多次流產 中俄南海軍演何以罕見成真
  http://global.dwnews.com/news/2016-07-29/59757321.html
(9)維新聞網 160729 穩住美國 中國松口讓俄入南海
  http://global.dwnews.com/news/2016-07-29/59757258.html

 また、6月のプーチン訪中で、両首脳は、「米国が更に圧迫すれば、中ロ両国はこれまでにないハイレベルの軍事協力に進む」ことに合意したとの重要なメッセージを発し、米国をけん制した模様だ。以下の分析の一読を薦める。
(10)微信 160626 剛剛,就在北京,中俄開了一次改変世界格局的特殊會議
  http://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzA5OTk4NDYwMw==&mid=2651208676&idx=1&sn=64bc78790d12287c66187a15b8d1f86c&scene=5&srcid=0626cptCnyABbprkTox8Prkx#rd

◆◆ 4、「沖ノ鳥島(礁)」は別問題か

 仲裁判断が出ると、共同通信などの解説では、日本の沖ノ鳥島がEEZを設定する権利も否定されかねないとの指摘があったが、日本政府は「それは別問題」とかわしている。それについて、『南シナ海領土紛争と日本』という新著を出した矢吹晋氏が次のような分析をネットで示し、「対岸の火事」ではないし、逃げられるものではないと鋭く反論している。やや長いが、本人の許可を得て引用させていただく(一部省略)。

(1)「仲裁判断」は「沖ノ鳥イワ」認識を踏まえたものである(横浜市立大学名誉教授矢吹晋2016.8.2)

 外務官僚の操り人形シロウト外相が驚くべき発言を繰り返し、世の顰蹙を浴びている。どの発言がなぜおかしいのか、会見記録を読んで見よう。

【香港フェニックス李記者】南シナ海に関して仲裁判断が出た。外相談話で,今回の仲裁判断には法的拘束力があるといった内容があった。日本側は,島の判断も含めて支持をするということか。島の解釈を含めて,日本側は法的拘束力があるとお考えか。
【岸田外相】今回の比中仲裁判断は,国際法に基づいて平和的な解決を行う,法の支配を重視する,という考え方に基づいて重視してきた。国連海洋法条約の規定に基づく仲裁判断は最終的であり,紛争当事国を法的に拘束するものであり,当事国は今回の仲裁裁判に従う必要がある,と考えている。この最終的な判断は「紛争当事国を法的に拘束するものである」と考えている。
【香港フェニックス李記者】日本側は「沖ノ鳥島が島である」と主張してきた。ただ台湾や中国は「島ではない」と主張している。沖ノ鳥島は「人間が居住できる環境,経済活動ができる環境」なのか。今回の仲裁判断には「当てはまらない」ということか。
【岸田外相】岩について具体的な定義はないと考えている。国連海洋法条約第121条3など様々な規定があるが,「岩の定義はない」「岩であるかどうかの解釈」が確定しているとは言えない。今回の仲裁判断は沖ノ鳥島等の法的地位に関する判断ではない。今次,仲裁判断に拘束されるのは,当事国であるフィリピン及び中国のみである,と考える。我が国としては「沖ノ鳥島は国連海洋法条約上の条件を満たす島である」と考えている。 

 香港記者の質問は、当然出てくる質問だ。外相が「仲裁判断には法的拘束力がある」と指摘したのに対して、その法的拘束力の及ぶ範囲を問うたものだ。「今回の仲裁判断は沖ノ鳥島等の法的地位に関する判断ではない」「今次,仲裁判断に拘束されるのは,当事国であるフィリピン及び中国のみである」と公言するのは、本人の名誉のためにも、出身校早稲田大学法学部のためにも、由々しい事態ではないか。岸田文雄・法学士は、そもそも法治のABCを忘れたようだ。判例は紛争当事者(中比)を直接拘束すると同時に、判例としての普遍性をもつ。これが法の世界の大原則であり、記者はその確認を求めたものだ。沖ノ鳥「島」に直接関わることは、仲裁判断を読めば明らかなのだ。どうやら日本の御用記者たちは、500頁の仲裁裁定書を一行も読まずに記事を書いているように見える。

 沖ノ鳥島は南シナ海に浮かぶものではないが、裁定書は[419][439][451][452][457]の5パラグラフで「沖ノ鳥島 Oki-no-Tori-shima」に言及し、中国韓国のいう「沖ノ鳥イワ」(the rock of Oki-no-Tori)の呼称は[452][457]パラグラフで用いている。
 たとえば[457]では、the application of Article 121 (3) of the Convention relates to the extent of the International Seabed Area as the common heritage of mankind, relates to the overall interests of the international community, and is an important legal issue of general nature. To claim continental shelf from the rock of Oki-no-Tori will seriously encroach upon the Area as the common heritage of mankind. という一節を引用しているが、これは Note Verbale from the People's Republic of China to the Secretary-General of the United Nations, No. CML/59/201 1 (3 August 2011) における中国政府の「沖ノ鳥イワ」認識を踏まえたものである。
 今次の仲裁裁定が海洋法第121条3項について、厳密な判例を示したことは特筆すべき重要事であり、これは当然判例として今後も踏襲され、いわゆる沖ノ鳥「島」が「イワ」と認定され、排他的経済圏200カイリおよび大陸棚延伸の対象から外されることは、火を見るよりも明らかだが、日本におけるメディアの論評において、この事実は意図的に隠蔽されている。
 ここで問題の核心は、仲裁判断が引用した中国の口上書 No. CML/59/201 1 (3 August 2011) が、いつ国連大陸棚延伸委員会に提出されたか、である。私が『南シナ海領土紛争と日本』第2章「沖ノ鳥島と島か岩か」で詳論したように、大陸棚延伸問題をめぐって日本と中国韓国とが争った際に、中国が提出した。そして2012年4月海洋法大陸棚限界委員会が対日勧告書を公表した。その勧告書は沖ノ鳥島の南に位置する「九州パラオ海嶺南部地域」について、中国韓国の指摘した疑問(沖ノ鳥島は岩か島か)が解決されるときまで「勧告を出す状況にはない」と理由を付して、永遠の先送りとしたのだ。
 そこで私はこう書いた。「中国と韓国が沖ノ鳥島を島と認定することに同意する見込みはない。岩でしかない沖ノ鳥岩に200カイリを超える大陸棚延伸の特権が国際的に認知される可能性は絶望的だ」(矢吹著108頁)。

 この一幕をその後5年間、記者たちは何もフォローしていない。外相も何も学んでいない。日本の衆愚政治のヒトコマだ。
 今回の仲裁法廷に、中国は参加していない。このことから中国の主張はすべて無視されたと受け取るのは、大きな誤解である。仲裁判断において核心をなす島の定義(第121条3項)の新たな解釈を下すに際して、判事たちが最も知恵をしぼったのは、中国が沖ノ鳥岩論を主張するに際して用いた二つの原則なのだ。一つは、排他的経済圏や大陸棚延伸の特権を沖ノ鳥島のような「人間の居住」ができず「経済生活を行っている」とは、みなしがたいものに付与するのは合理的ではないとする主張である。
 これに対して、日本政府は、沖ノ鳥島と領海を接するのはパラオ共和国と米国であり、中韓は口出しするなと牽制した。この牽制に対して中韓はグローバルコモンズの思想を提起した。いわく「中韓はグローバルコモンズを保護するという大所高所から問題をとらえている」と。この経緯を辿ればわかるように、今回の仲裁判断は、沖ノ鳥島がカゲの主役であり、ここから〈1〉島の定義を厳密に解釈する、〈2〉グローバルコモンズを尊重しつつ、海洋資源問題を扱うという新しい思想を判断の基軸に据えたわけだ。
 遺憾ながら、日本外相は2012年に海洋法大陸棚限界委員会が対日勧告を行った際に浮上した問題を何一つ理解していない。

 一方、日本政府は仲裁判断が出た後、明らかに米国よりも突出して国際社会で中国包囲網を作ることに積極的に動き出した。BBCのサイトにも、モンゴルで開かれたASEM(アジア欧州サミット)において「日本が南シナ海問題で中国に圧力を加える」と題する記事があった。
(2)BBC 中文網 160716 亞歐峰會:日本就南海問題向中國施壓
  http://www.bbc.com/zhongwen/simp/world/2016/07/160716_japan_pressure_china_aisaeusummit

 中国の「ハイレベル外交官」は極めて異例に、中国紙に対し、「日本は明らかに南シナ海問題を借りて大掛かりに活動し、中国の顔に泥を塗る魂胆だったが、中国側は全力で反撃し、それを不発に終わらせた」との一部始終をわざわざ証言した。激しい闘いがあったのは間違いないようだ。
(3)人民網 160716 我不具名高級外交官透露:亞歐首腦會議期間,我如何打掉日本有關南海問題圖謀
  http://politics.people.com.cn/n1/2016/0716/c1001-28559667.html

 禁漁期が終わった8月に入って、中国の漁船が一斉に(日中漁業協定で規定された)釣魚島(尖閣)の周辺海域に押し寄せ、中国「海監」の巡視船が「中間水域」(後述)と領海の間に入ってその「管理」に当たった(中国大使の表現)ことに、日本のマスコミはすべて政府のブリーフィング通りに報道し、テレビの解説は「中国の新しい強権・拡張的行為」と一斉に非難し、近日になって、日本政府関係者は「漁業はできるが、中国当局による管轄権の行使は認められない」と発言した。日本政府の立場を伝える分はいいが、真実は何なのかについて記者や「識者」たちは本当に自分の頭で考えたか。オウム返しをする前、その歴史的経緯を調べ、「日中漁業協定」を果たして読んだのだろうか。

 まず、外務省HPに載っている漁業協定を見てみよう。

(4)漁業に関する日本国と中華人民共和国との間の協定(1997年11月11日調印、2000年6月1日発効)
  http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/A-H12-343.pdf
 その357頁に、小渕外相から、徐敦信中国大使(いずれも1997年当時) 宛に送った、以下の内容を含む書簡が掲載されている。
 「日本国政府は(中略)、中国国民に対して、当該水域において、漁業に関する自国の関係法令を適用しないとの意向を有する」
 358頁には、徐大使が小渕外相に同様な表明を行った書簡が収録されている。

 次に、ウィキペディアの「日中漁業協定」項目を参考してください。
(5)ウィキペディア「日中漁業協定」
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E4%B8%AD%E6%BC%81%E6%A5%AD%E5%8D%94%E5%AE%9A
 1997年に、日中漁業協定(新協定)が締結。尖閣諸島の北方に関しては、「暫定措置水域」の設置で妥協された。
・暫定措置水域内では、いずれの国の漁船も相手国の許可を得ることなく操業することができ、各国は自国の漁船についてのみ取締権限を有する(§7)。
・同水域における操業条件は日中共同漁業委員会が決定する。同水域において相手国漁船の違反を発見した場合は、その漁船・漁民の注意を喚起すると共に、相手国に対して通報することができる(§7-3)。
 2000年2月、日中両国の閣僚協議によって、同水域を「中間水域」と定め、妥協された。

 日本華人教授会議の仲間は、同水域でギリシア船と衝突して沈没した中国漁船を、日本の海保が救助したことに関連して、中国海監の現場責任者から以下の回答を直接に得た、という。1)この度、これほど多くの公船を出動したのは間違いなく2014年の日中4項目合意を守り、金儲けしか考えない数百隻の中国漁船が釣魚島領海内に乱入するのを防ぐためだ。2)大半の漁船に指導が行き渡ったため、公船はほとんど引き上げた。だからギリシア船と衝突が起きた時、現場に公船はいなかった。

 このような歴史的経緯と慎重な対応があるにもかかわらず、中国側から見れば、安倍政権はどうして今回、南シナ海問題と東シナ海問題をこんなに騒ぐのか、やはり何かの画策があるのではと疑っている。8月13日付人民日報(海外版)の一面にこのような厳しい質問が掲載された。
(6)人民網 160813 日本,別在南海攪和了
  http://opinion.people.com.cn/n1/2016/0813/c1003-28633363.html

 日中間のこのような「相手が一番悪い」思考様式について、ちょうど同じ13日付朝日新聞電子版に、北京駐在記者の書いた記事に言及があった。
(7)朝日新聞電子版 160813 倉重奈苗(@北京)複雑化する日中関係のゆくえ
  http://digital.asahi.com/articles/ASJ8B13LPJ89UHBI038.html?rm=350

 北京にいると、ほかの国よりも日本の正面からの対中批判が突出してみえる。オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所の判決が出た直後に、国際社会で真っ先に判決を支持する談話を発表したのも、時差の問題があるとはいえ、日本だったこともすぐに伝えられた。
 そうした日本政府の対応に、国内世論も意識して中国政府がさらに過敏に反応し、日本に強い反発を展開する、という悪循環が続いている。南シナ海問題の当事国である、一部のASEANの外交筋からは「日中の対立に巻き込まれたくない」「中国を追い詰めていいことはない」という本音すら漏れる。

◆◆ 5、アセアンの共同声明に秘められたメッセージ

 話を南シナ海問題に戻そう。7月後半、ラオスでアセアン拡大外相会議が開かれた。日本のマスコミでは相変わらず、共同声明に中国への批判が盛り込まれたかどうかに一番関心が集まった。最後に、中国批判の共同声明にならなかったが、それは「中国から金をもらっている」カンボジアが「つぶしたからだ」と少なからぬ「専門家」「評論家」は言う。
 南シナ海問題に関して、カンボジアが中国の立場への支持を鮮明にしているのは事実だ。それは率直に言って、ベトナムへの牽制が最大の要因なのだ。カンボジアは歴史上、何度もベトナムの侵略と占領を受け、「大量の領土を奪われた」意識があり、結果的に、「敵の敵は友」という地政学的な対応が起きている。間もなくカンボジアの議会選挙が行われるが、野党は実はフンセン首相よりも、ベトナムに対する立場がもっと強硬だ。
 しかし今回のアセアン拡大外相会議の最大の注目点は、「カンボジアによって共同声明が潰された」ことではなく、「(仲裁判断に言及しない)アセアン自身の共同声明にフィリピンもベトナムも賛成した」ことと、中国との共同声明にフィリピンもベトナムも署名したことではないか。なぜこの二カ国が中国に同調したのか、これについて日本国内では説明は皆無である。

 実は中国とアセアン諸国との共同声明に、大きな「進展」が盛り込まれたのである。
(1)新華網 160725 中國與東盟國家外長發表聯合聲明強調《南海各方行為宣言》重要作用
  http://news.xinhuanet.com/2016-07/25/c_1119277852.htm

 その中に、南シナ海における行動規範(COC)の早期締結(来年前半をめどに)との申し合わせ(前述の、ジェフリー・ベーダー氏が中国に提言したこと)以外に、
1)「今日まで居住者のいない島、岩礁、沙州などの自然構造物に居住する行動を取らないことを互いに約束する」こと、
2)航行の安全、海上と災難の救助、海洋の科学研究、環境保護及び海の犯罪への共同対処など多くの分野で協力の可能性をこれから協議していくこと、
といった合意が交わされた。特に1)の内容は大きな意義をもつものだ。

 以下の二つの記事はそれに関して解釈を行っている。
(2)多維新聞網 160726 北京南海問題重大妥協 對象不是美國
  http://global.dwnews.com/news/2016-07-26/59756445.html

(3)多維新聞網 160726 北京罕見向東盟承諾不再造島的背後原因
  http://global.dwnews.com/news/2016-07-26/59756419.html

 それを総合すると、今回の合意には以下の重要内容が含まれている。
1)フィリピンが共同声明に仲裁判断の言及をあきらめることと引き換えに、関係各方面(特に中国)は「軟化」と「譲歩」を見せたこと、
2)関係諸国がすでに実効支配した島や岩礁の放棄を求めず、「南シナ海の現状に対する暫定的凍結」に一致したこと、
3)スカボロー礁(黄岩島)などの埋め立てをしない約束も意味している、
4)中国はあくまでも「当事者に譲歩するが米日などの域外国には譲歩していない」との姿勢、

 中国とアセアン諸国は「仲裁判断」が出た後、知恵を繰り出して、互いにメンツを立て、実利を求め、新しい妥協、歩み寄りの方向を見つけ出したのである。フィリピンもベトナムも中国も、これらの内容を盛り込んだ共同声明に合意したことの意義の重大さは十分に吟味されるべきであろう。

 しかし、日本ではこのポジティブな一面についての言及・分析はほとんどない。これでは首を突っ込みたい南シナ海問題の真実と行方を把握できるはずはない。日本の某元外交官が個人的に、「このままだと米国に梯子を外されるかもしれない」との懸念を漏らしてくれた。同時に、アセアン諸国は「日本は自国の打算のためにこれを利用しているだけ」との印象をもち、日本が長年培ってきた信用を自ら落とすことになりかねない。

 日本は米国流の、したたかで、長期的な国益に徹する「スマート」外交ができるだろうか。あるいはアセアン流の実利に徹した外交が学べるだろうか。日本社会の今の雰囲気を見ると、やや難しいようだ。

付録(1)China Isn't a Threat to World Order
 AUG 8, 2016 4:00 PM EST  By Zhu Feng
  http://www.bloomberg.com/view/articles/2016-08-08/china-isn-t-threatening-to-overturn-world-order

A bit of China-bashing is inevitable in any U.S. election year. Over the past month, though, after China roundly dismissed an arbitration ruling that rejected its claims in the South China Sea, a chorus of voices has angrily denounced the country as an international outlaw. Western pundits have likened China’s reaction to imperial Japan’s decision to quit the League of Nations, which eventually led to war in Asia, or even to Hitler’s trampling of the global order.
This is pure, unwarranted hyperbole. And it’s no more helpful thaneruptions from Chinese right-wingers, who see the ruling as part of a conspiracy to hem in their country’s rise. If the West wants to change China’s attitude, it also needs to reexamine its own.
In reality, China’s objections to the tribunal established at the Permanent Court of Arbitration in The Hague hardly constitute an earth-shattering rejection of the global order. The tribunal judges may have rebuffed China’s argumentthat the case brought by the Philippines involved sovereignty issues, and hence fell outside their jurisdiction. But it’s not crazy to think that at least part of the Philippines’ motivation was to improve its sovereignty claims over parts of the South China Sea.
Nor is China’s rejection of the tribunal’s final ruling unprecedented. Both the U.K. and Russia have ignored similar awards that they didn’t like. And the U.S. doesn’t exactly boast a strong record of adhering to international rules. It still hasn’t ratified UNCLOS, and it simplyrejected the jurisdiction of the International Court of Justice when it ruled against the U.S. in a case brought by Nicaragua in the 1980s. More recently, of course, the U.S. launched its 2003 invasion of Iraq without any international authorization, then proceeded to abuse prisoners of war at Abu Ghraib against commonly accepted rules of war. Rather than branding the U.S. a rogue nation, China has actively participated in reconstructing Iraq and done what it could to help stabilize the country.
China’s critics are right about one thing: The country has benefited greatly from the rules-based order in place since the end of World War II -- and indeed, from the U.S. security presence in the Pacific, which has given China the space to concentrate on its economic development. Why would it want to overturn that order wholesale? Its respect for other global rules and institutions -- since joining the World Trade Organization in 2001, China’s won 21 of the 36 WTOarbitration cases it’s brought -- should be obvious by now.
At the same time, China is clearly groping for a way to integrate into the current global order while also being accorded the respect and influence it feels it deserves. Frictions are inevitable. That doesn’t mean each is an attack on the preexisting system, or part of somemaster plan to overturn it and place China at the head of a new one. It does mean that the system itself needs to be open to evolving, instead of being treated as an inviolate structure that can’t possibly be questioned.
Judging China by whether it implements the award 100 percent, immediately, is therefore neither fair nor wise. The tribunal’s ruling is a genuine setback, both legally and diplomatically, and China can’t be expected to give up all its claims overnight. Instead the goal should be to create space so that China can gradually and gracefully conform to the ruling over time, through a process of developing new norms in maritime Asia.
The priority for now should be to ease tensions and find a set of rules upon which everyone in the region can agree. Fortunately, this realization seems to be sinking in, with the U.S. encouraging talksbetween the Philippines and China and refraining from conducting more provocative naval operations near islands controlled by China. Such talks should proceed without preconditions on either side: China can’t be expected to accept the ruling first, nor the Philippines to abandon it. Instead, the two sides should concentrate on less-controversial issues such as fishing rights and infrastructure development, just so they can start talking again.
The tribunal ruling is certainly a lesson for China: It needs to be smarter and more skillful about mastering international rules and norms if it wants to continue its steady rise. But the process of integrating China fully into the rules-based global order is going to be a slow one and depends as well on halting progress toward establishing rule of law on the mainland itself. Meanwhile, the world should pay less attention to caricatures of China and more to its actual behavior -- and work patiently to keep the country heading in the right direction.

 (東洋学園教授・オルタ編集委員)


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