■書評

『合同労組の検証 - その歴史と論理』 

   松井保彦著     発行(株)フクイン 定価2500円
                        初岡 昌一郎
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  本書は全国一般・東京一般労働組合の運動史三部作の第三巻目にあたり、合同
労組の運動の歴史的回顧と理論的実践的総括を行なっている。2005年に刊行
された第一巻『人間らしい生活を求めて』は、1960年の創立から80年代の
発展期までの4半世紀を資料によって構成している。同時に出版された第二巻は
、合同労組運動に携わってきた人々の回想や苦心談を纏めていた。

 この三部作はいずれも日本の労働組合の主流を成す企業別組合とは組織原則が
いささか異なる、個人加盟による合同労組の生成と発展の過程を内面から生き生
きと描いており、貴重な労働運動史であると共に、オルタナティブな労働組合実
践論でもある。第三巻は、組合創立者であり、70台半ばに達した今日でも委員
長として第一線で活動する松井保彦の渾身の運動論である。組合運動に対する一
貫して変わらない姿勢と彼の人生を賭した実践を50年間にわたりつかず離れず
に見てきた私は、今後世代にたいする彼の遺書と思える本書を一挙に読んだ。

 戦後日本における合同労組運動の本格的な出発は1955年の全国一般労組の
誕生に遡る。そのころは、労働組合運動内でも合同労組という組織形態がすんな
りとは受け入れられていなかった。当時、少なくともたてまえ上は本流であった
産業別労働運動論によれば、合同労組はせいぜい「溜め池」のような過渡的組織
形態とみなされ、大きくなれば産別組合に吸収されるべきものとみなされた。

 意外なことには、官公労組が合同労組に比較的好意的で、私も良く知っている
成嶋久雄(当時は全逓葛飾支部長、後に東部地区委員長を経て東京地本委員長)な
どは青年時代より一貫して松井たちを身を張って支援してきた。彼の本書に寄せ
た序文は詠む人の心をうたずにはおかない。

 合同労組運動が本格化するのは、1957年に総評が大会決定に従い、中小企
業労働者の組織化のために組合員カンパを義務付け、100人規模の組織オルグ
の配置を開始した時からであった。1960年代に入ると、合同労組は総評直括
から自立を目指すようになった・この時期になると、総評は地区労による支援と
拠点作りを通じて合同労組をバックアップした。全国組織を擁する自治労、全逓
、全電通などの官公労が合同労組を積極的に支援したと松井が述べている。

 東京一般労組の全身、東部一般労組は、20歳を越したばかりの松井たち5人
の社会主義青年同盟員によって1960年に結成された。彼ら全員が当時の社会
党構造改革派の系譜に属しており、同時期に生まれた社青同における私の仲間で
もあった。

 一般労組結成後は文字通り茨の道で、「つくってはつぶれ、つくってはつぶさ
れの連続」「半数以上が同年内に消滅、年を越して組織が維持されても1-2年
で消滅」と苦い経験を味あわねばならなかった。筆舌に尽くし難い苦闘の末に持
続的組織を建設し、発展させることが出来たのは、合同労組が以下のような長所
を持っているからだと松井は指摘している。

 1.企業外の合同労組に加入することで前近代的な経営者に対抗できる。
  2.個人加盟なので、覆面組合員として専従オルグの指導下で多数派形成の準
備が出来る。
  3.少数派であっても、あるいは複数組合あるところでも、団結権や団体交渉
権が保障される。
  4.中小企業の企業内福祉は乏しいが、組合を通じて共済や労金、労済にアク
セスできる。
  5.少数の組合員でも地域において賃金、労働時間、労働条件の改善を目指す
統一闘争に参加できる。
  6.雇用と就労が多様化する現在、フレキシブルに労働者を組織できる。

 本書の中でも指摘されているように、50年代後半に開始された春闘は、賃金
労働条件の改善と労働市場における二重構造の打破を目的としていた。第一の目
的はそれなりの成果を挙げたが、それに反し第二の目的はスローガンとしては残
ったものの、ほとんど放置されてきたといって過言ではなかろう。

 これが現在のような二重構造の拡大を許した一因ともなった。雇用と所得にお
ける大きな格差こそ、労働組合だけでなく、今日の民主党政権がもはや放置でき
ない、抜本的な解決を迫られている根本的課題の一つである。

 非正規労働者問題が社会労働問題の真正面に出現し、政治をも揺るがしている
今日、本書が上梓されたのは極めてタイムリーであった。労働組合に関心を持つ
人にだけではなく、より公正な社会を望む多くの人々に本書の一読を強く推奨す
る。
        (評者はソシアルアジア研究会代表)

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