ミャンマー通信(11)

多数の横暴?

                     中嶋 滋


 11月17日の満月は、ここミャンマーでは特別な日のようで、その日に向けて町のあちこちで寄附を集める様子が見られます。私の住むアパートでも、敷地の入り口に台が設えられ、宗教色豊かなデコレーションが施され、寄附された品物が大書した寄付者の名前とともに飾り付けられています。時も所も選ばずラウドスピーカーで寄附を呼びかける行為(窓などを閉め切った部屋にいて音楽を聴くことが不可能な程の大音響で早朝から夜遅くまで)は、無宗教者である私には多数による横暴としか思えないのですが、宗教に対する冒涜なのでしょうか。
 旅行案内書などによると、ミャンマー国民の90%が仏教徒で、キリスト教徒が5%、イスラム教徒が4%で、典型的な仏教国と言われています。一方、135の民族からなる多民族国家ですが、国民の70%はビルマ族によって占められています。ビルマ族の仏教徒が圧倒的な多数を占め、様々な領域で優位性を発揮しているように思えます。

 労働組合運動の場も、その例外ではないようです。私の周りにいる労働組合活動家のほとんどはビルマ族の仏教徒です。もちろん極少数ですがキリスト教徒もいます。しかし、イスラム教徒には未だ会っていません。ミャンマーには宗教的な意味を持った国民の祭日がいくつかあって、それらの日は休日となります。その中にはイスラム教に関係した日もあるのですが、ほぼ全員が仏教徒であるFTUM(ミャンマー労働組合連盟)本部事務所は、通常通り休まず活動していました。役所も学校も銀行も公設市場も休み、私たちの事務所があるビルに入っている事務所は全て閉まり、私たちも休みました。この日を国民の祭日として仏教関係の祭日と同様に休日とすることは、4%に過ぎないイスラム教徒の存在を認め敬意を表することを意味していると思うのです。この意味を考えないことは、少数派尊重の基本姿勢から外れることにならないかと危惧しました。全ての判断基準を、圧倒的多数のビルマ族・仏教徒のそれによってしまうことの危うさを考えることは、過ぎることなのでしょうか。
 
■第2のセンター
 宗教的・民族的な問題と直接関係あるとは思えませんが、私には全く無関係とは思えない事態が起りました。このことについては少し時間をかけて考えてみたいと思っています。今回は、事実経過を中心に伝えます。

 11月10日、遂にと言うべきか、危惧していたことが現実化してしまいました。ミャンマーに第2の労組ナショナルセンター的組織が誕生してしまったのです。私たちITUC(国際労働組合総連合会)に加盟するFTUMに対抗する形で、MTUC(ミャンマー労働組合会議)が中心になって、ミャンマー労働組合総連合会(Confederation of Trade Unions in Myanmar)の準備組織を旗揚げしたのです。
 開催日の数日前に私たちの事務所に届けられたMTUCの会議への「招待状」には、「2012年の労働組織法の下で登録された労働組合の真の代表」の会議への参加を呼びかけることが明記されていました(ビルマ語バージョンにはこの記載は無かったのですが)。ITUCもFTUMも残念ながら登録組合ではありませんから、招待されること自体がおかしなことです。後で触れる討議事項からして、参加者にこうした限定をつけること自体ナンセンスで、しかも英文とビルマ語で中身が異なることなどあってはならないことです。

 11月10日に開催された会議は、「招待状」に明らかにされていましたが、次の4つの討議議題を巡って意見交換をする目的で開催されたものです。
 1)労働法について
 2)最低賃金について
 3)国際組織について
 4)使用者ならびに政府に関する事項について

 しかし、会議の後半に突如議題が付け加わり、ミャンマー労働組合総連合会の結成と役員選考が提案されたのです。しかし、討議項目に挙げられていなかったことを決定することに疑念を挟んだ参加者がいて、直ちには決定されなかったが、そうした人たちが退場した後に、準備組織として旗揚げすること、暫定議長を選ぶことが行なわれたと聞きました。これによってミャンマーにはFTUMとCTUMという2つのナショナルセンターをめざす組織が事実上できたことになります。
 2012年労働組織法の制定で労働組合の組織化が本格的にはじまったのが昨年10月ですから、まだ緒に就いたばかりで揺籃期にあるのですが、この段階から組織的な分裂が決定づけられてしまうことは、この国の労働組合運動の今後にとって不幸なことに違いありません。

 こうなった背景には様々な理由があるのでしょうが、労働組合運動の基本路線をめぐる決定的な対立構造があるようには見られません。CTUMが「騙し」の手法を使ってまでした旗揚げは、もちろん誉められることではありません。厳しく批判されるべきものです。問題は何故そうまでして別組織を作ろうとしているかにあります。私には、それぞれの組織的中心人物の個性をめぐっての好悪感情が先走った結果であるように思えるのです。感情をめぐる対立は理論あるいは路線的な対立よりも解消することが難しい例を、私たちは多すぎる程知っています。しかし、ようやく民主化に向かって動き出し、その進展のためにも大きく貢献することが期待されている労働組合運動の分野で分裂が固定化し、社会的な影響力が大きく削がれることは何としても避けねばならないと思うのです。

 10月末現在の労働組合組織状況は、労働省の発表によれば、登録労働組合数は、Basic Union が769、Township Union が22、Federation が2ということで、推定組織率は0.002%にも達していません。しかも、使用者側による悪辣な組合潰しの動きが顕著になっていて、委員長や書記長に狙いを定め、多額の金を渡して退職を迫る手口まで横行しています。このような現状をしっかりと踏まえて、対立の拡大・先鋭化より団結の強化を図る道筋を見いだしてほしいと望んでいます。

 参考に労働組合登録制度の概要を掲げておきます。
 ミャンマーの労働組合組織法は、5段階の労働組合組織を設定していて、それぞれの段階での登録を強いる制度をとっています。

 第1段階は、Basic Union と呼ばれるもので、企業・事業所毎に、農業労働組合の場合は村落(Village tract)毎に、組織されます。
 第2段階は、同一セクターの Basic Union が集まり、Township Union を組織します(集まる Basic Union がTownship 内の当該セクターの労働者の10%以上をカバーした場合)。
 第3段階は、Region/State Union で、同一セクターの Township Union が集まり、組織します(集まる Township Union が Region/State 内の当該セクターの労働者の10%以上をカバーした場合)。
 第4段階は、National Federation で、同一セクターの Region/State Union が集まり組織します(集まる Region/State が全国の当該セクターの労働者の10%以上をカバーした場合)。
 第5段階は、Confederation(National Center)で、いくつかの National Federation が集まり組織します(集まる federation が全労働者の10%以上をカバーした場合)。

 この強制的登録制度の下では、Basic Union から段階を追って組織を積み上げてそれぞれのレベルの組織を形成していかなければならないことになります。この制度の下では、ナショナルセンター的な組織を作って、組織化活動をいわば「上から」展開するというやり方は出来ないことになります。労働組合組織法は、登録できない(しない)労働組合は活動をしてはならないと規定しています。FTUMは、現在、登録組合ではありませんから、活動はできないことになっています。しかし実際は、政府主催の様々な集会等に招待されていますから、おかしなものです。

 (筆者はITUC(国際労働組合総連合会)・ミャンマー事務所長)


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