【沖縄の地鳴り】

宜野湾の敗北が語るもの〜知事の心 与党知らず〜

河野 道夫


 新基地反対の志村恵一郎氏(63)は、普天間基地の「3年以内運用停止」、目標は「閉鎖・撤去」。勝利した現職の佐喜眞淳氏(51)は「5年以内運用停止」「移設先は政府が決める」(以下、敬称略)。これが争点ぼかしの勝利といわれる理由だ。「閉鎖・撤去」は口にするだけと考えられた。つまり二人の違いは、安倍総理が「5年以内運用停止」を約束しから2年経つのを計算するかどうかと、志村の「翁長知事との二人三脚」、佐喜眞の「宜野湾のことは宜野湾で」だけになる。これでは現職有利のカベを破れないのも当然だった。

◆志村は翁長の提起に共鳴したか

 そもそも翁長知事は、辺野古問題だけで勝ったわけではない。彼の「誇りある豊かさ」「イデオロギーよりもアイデンティティー」「ハラ6〜7分で心ひとつに」の提起(以下「翁長の提起」と略す)が大きかった。

 「誇りある豊かさ」は、対米追随を深める安倍政権の経済成長主義批判になっているし、物質文明の危機的な兆候をグローバルに克服する道も示唆している。(2014年名護市長選の稲嶺登録団体は「誇りある名護市をつくる会」、メイン・スローガンは「名護は屈しない、市民の誇りにかけて」)。
 「イデオロギーよりもアイデンティティー」「ハラ6〜7分で心ひとつに」は、既成政党のエゴと視野狭窄を鋭く突いている。しかも、琉球・沖縄の歴史的な独自性を強調している。翁長知事は、既成政党による閉塞状況にオルターナティブが求められているのをよく理解しているのだ。

 志村陣営には、翁長の提起に呼応するものがなかった。それは宜野湾の声なき声も指摘している。たとえば、基地の苦しみをよそに転嫁しないことが宜野湾市民の「誇り」なのだから、米国に「普天間引取り」を求めろ、という声である。志村は知事とともに米国と国連に行き、過密都市のど真ん中にある基地の異常を、辺野古・大浦湾のサンゴ礁の写真とセットで配って、引取り運動の先頭に立つべきだったという。なるほど、それなら「反対だけで代案がない」との批判も半減するだろう。

◆翁長与党の閉塞と停滞

 沖縄は、薩摩藩の侵略から現在まで、権力と武力による不条理と分断に苦しみ、宜野湾・名護両市長選挙などのたび、その苦しみを増幅させられてきた。比屋根輝夫琉大名誉教授は、だから選挙結果は「沖縄の現実の一側面で、勝者も敗者もない」とする。また「沖縄人同士を分断する権力の狡知・策謀」は、政府・与党が「地下深く潜行し辺野古問題を封印」したことだという(琉球新報1月26日3面)。
 翁長の提起は「権力の狡知・策謀」を乗越えるとともに、既成政党のカベを突破する条件だった。志村陣営がそれに呼応しなかったことは、翁長人脈(自民党脱党組)を中心に「オール沖縄の志村」を盛り上げる配慮に欠け、相手陣営に「共産党支配下」とレッテルされるスキを与えた。志村が「翁長新党に向けて、宜野湾から与党解党を始めてもらいたい」と主張すれば、インパクトがあったろう。このように「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」とならなかった点に、翁長与党の停滞と閉塞を感じた市民も少なくなかった。

◆読谷村よ おまえもか!

 「知事の心 与党知らず」は、宜野湾だけではなく、全県に蔓延し始めているかもしれない。
 たとえば、読谷村の米陸軍トリイ基地に、本島のキャンプ瑞慶覧とキャンプ・キンザーから物資・施設が移され、黙認耕作地だった空地に三つの倉庫が新設される。村議会は2012年6月、意見書と抗議決議を満場一致で採択し、「トリイ基地における新たな基地強化に反対し中止を要求する」とした。しかし2016年1月臨時議会は、米軍基地再編交付金を受領するための「基金設置条例」を可決。反対は無所属の一人だけだった。
 基地再編交付金は、首長が再編に反対なら(たとえば新基地反対の稲嶺市長の名護市)には交付されない。根拠法に具体的な事業目的がないため、協力自治体への政治的な“つかみ金”と批判されている。その条文は、「住民の生活の利便性の向上および産業の振興ならびに当該周辺地域を含む地域の一体的な発展に寄与する」(駐留軍等の再編の円滑な実施に関する特別措置法第1条)とあるからだ。つまり読谷村は「反対」から「協力」に転換したと考えられる。これに対し村民有志は、転換理由も経緯も不透明として起ち上がった。

◆焦点は環境汚染問題

 米軍基地とその跡地から、枯葉剤やPCBなど有害物質が垂れ流される事件がしばしば報道されているのに、議会も行政も適切に反応しているとは思われない。翁長の辺野古・大浦湾埋立阻止の方針には、ジュゴンやウミガメを含む環境保護運動が鋭く反応した。公明党が、知事選で自由投票にした理由にもそれがあった。一方、宜野湾では両陣営とも環境問題を正面からとり上げていない。読谷村でも、移されてくる有害物質に母親たちが神経をとがらせているのに、臨時議会でそれを問題にしたのは、反対した一人だけだった。

 環境問題はいま本格的に取り組まないと、近い将来、観光立県には大打撃となるだろう。日米地位協定(第4条)では、基地を返還する際、米国は原状回復義務を負わない。このため、枯葉剤入りドラム缶数十本が地下に埋められたままといった事件が頻発している。現に使用中の基地から漏出した有害物質が、飲料水源を汚染していることも発覚した。しかし、日本側にはいっさい立入調査権はないのが現状だ。

 日米が2013年10月に締結した環境補足協定は、住民の環境・健康に関する立入調査権を認めたのではない。「漏出事故」と「返還時」に限って「日本国の当局」の立入調査に米国側ができるだけ「協力する」と約束し、その「手続き」を日米合同委員会が決めるとしたまでのことだ(同協定第4条)。つまり、地元自治体の立入調査権にはほど遠い。このような現状は、沖縄の地元市町村と住民運動しか改革できないと思われる。宜野湾の志村にも、読谷の石嶺村長にも、そして各地の住民にも、覚悟のほどが突きつけられているのではないだろうか。

 (国際法市民研究会・琉球大学大学院生)


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