社会運動】

TOKYO油田プロジェクト

廃食油の回収から地域発電へ

都市に埋め込まれたネットワークを使う

季刊『社会運動』424号

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 全国の家庭から捨てられている食用油は年間約40万トン。
 水質汚染の原因にもなっているこの「ゴミ」を回収し、自動車や発電機の
 燃料などとして再利用することで、生活環境の改善と地域を担うエネルギーに
 生まれ変わらせようとする活動がある。
 いずれは、東京都内に電力会社を設立することまで視野に入れている
 「TOKYO油田プロジェクト」だ。
 そこから見えてきたのは、東京という都市に埋め込まれた廃食油回収という
 ネットワーク、それを使った新たな「自給ネットワーク」の可能性だ。
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◆◆ 「東京は大きな油田」その気づきからスタートする

 日本国内で消費される食用油は年間約200万トンと言われている。このうち、廃棄されている食用油は約40万トン。飲食店や食品関係企業などからまとまって廃棄される業務用の廃食油と、各家庭から少量ずつ捨てられている廃食油の量はほぼ半々の20万トンずつと推計される。これをすべてエネルギーとして再利用できれば、福島原発の3分の1、約20万メガワットの発電ができる計算になる。太陽光でも風力でも原発でもなく、てんぷら油が電気になるのだ。
 東京の場合、業務用の廃食油は専門の回収業者に委ねるため約80%が回収されているが、家庭からの廃食油の回収率は極めて低く、そのほとんどが生活排水と一緒に河川に流されたり、紙に含ませて捨てられている。河川に流される油は水質汚濁や配管の詰まりの原因となっている。小さじ1杯の油(5ミリリットル)を魚が住める水質に戻すには風呂桶10杯分の水(約3,000リットル)が必要だという話をどこかで聞いたことがあるに違いない(環境省「生活排水読本」)。

 「TOKYO油田プロジェクト」は、東京とその周辺地域で使われた家庭や事業者が出したこの廃食油をすべて回収し、二酸化炭素を増やさないバイオディーゼル燃料として自動車を走らせたり、発電をして事業所や家庭の電気として使おうというのである。
 「捨てられている何万トンという油を回収して、再利用したり、エネルギーとして利用することは、東京で『油田』を開発することと同じことではないか。東京は大きな油田なのだなと気づきました」と言うのは、プロジェクトリーダーの染谷ゆみさんである。

「TOKYO油田2017」プロジェクトリーダーで(株)ユーズ代表取締役の染谷ゆみさん
「TOKYO油田2017」プロジェクトリーダーで(株)ユーズ代表取締役の染谷ゆみさん

◆◆ 「ゴミ」を「資源」に! 廃食油からバイオ燃料を開発

 染谷さんは、1968年、東京の下町・墨田区の廃油処理業「染谷商店」に生まれた。墨田区には戦前から大手のせっけん会社が集中していたため、その原料となる廃油の回収業者がかなりあった。かつてせっけんが高価だった時代は、その材料である廃油も米や醤油と同じくらいの値段で売れたのである。
 しかし、高度経済成長期に入るとせっけんなどの原料は輸入に依存するようになり、国内の廃油は徐々に使われなくなった。そのため廃油回収業は次々に廃業に追い込まれていく。
 そうした中で、1991年、23歳の染谷さんは「環境の仕事がしたい」と、染谷商店への入社を決めたのである。アジア各地を旅する中で、自然と人間の共生を考えるようになった染谷さんが、環境とビジネスを結びつける仕事をしたいと模索し、行き着いたのが家業の廃油回収業だったのだ。

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廃食油のリサイクルの処理施設である染谷商店の工場

 92年末、染谷さんと染谷商店のその後を決定づける情報が新聞に書かれていた。アメリカのミズーリ州で、新品の大豆サラダ油からバイオ燃料(BDF)[注1]が作られ、すでに200台もの空港バスがそれを使って走っているというのだ。染谷さんたちは、「廃食油でもできるかもしれない」と研究を始め、翌93年、世界ではじめて廃食油からのバイオ燃料の開発に成功。野菜(植物)のディーゼル燃料という意味で「VDF(Vegitable Diesel Fuel:ベジタブル・ディーゼル・フューエル)」と名付けた。当時、バイオやバイオマスという言葉は全く知られていなかったため、大豆や菜種などの植物から搾った植物油から作った自動車燃料と言った方がわかりやすく、また、自分たちの想いを表現できると思ったからだ。
 1リットルの廃食油から900~950ミリリットルのVDFができる。これを2トントラックに給油すると、約6.3キロ走らせることができる。「ゴミ」が「燃料(資源)」に生まれ変わったのである。

[注1]「再生可能な、生物由来の有機性資源で化石資源を除いたもの」をバイオマスと呼ぶ。こうした資源を原料にして作られた燃料をバイオ燃料と言う。

◆◆ VDFを給油して 定期バスを走らせる

 97年には都内の自由が丘(目黒区)で、VDFで走るコミュニティバス「サンクスネイチャーバス」、通称「てんぷらバス」が運行を開始。以来、地域の足として約20年間走り続けている。地元の飲食店や家庭から回収された廃食油から作られたVDF燃料で、地元の人のために走るこのバスは、様々なマスコミにも取り上げられ、循環型社会のモデルとして、またVDF燃料にとっても大きな転換点となった。

VDFで東京の自由が丘を走るコミュニティバス「サンクスネイチャーバス」
VDFで東京の自由が丘を走るコミュニティバス「サンクスネイチャーバス」

 もう一つの大きな転機となったのは、同年12月に京都で開催された第3回気候変動枠組条約締約国会議(京都会議)[注2]である。染谷さんたちが開発したVDFが京都議定書の目玉として迎えられ、京都市内をバイオ燃料のバスが走ったのである。

 その後、VDFは徐々に広まっていく。VDFをディーゼル発電機の燃料として使えば電気を起こすこともできるため、毎年4月に行われる「アースデイ東京」[注3]では、音楽や映像を流すために必要な電力をVDFで発電して供給している。
 また、2015年には、廃食油をそのままで燃料として使えるように、ヤンマー㈱の発電機を改良して出力10キロワット(kW)のSVO(植物油)[注4]発電機を開発、墨田区の中心にあるTOKYO油田プロジェクトの施設に据えて、売電を始めている。
 「わずか10kWですから東京電力への売電は知れています。それでも、再生可能エネルギーを増やしていこうというきっかけにはなりますし、皆さんの家から出たてんぷら油で発電するので、太陽や風力と違い、自分が参加しているという感じを持つ人が多い。PRイベントでの反応を見ていても『こういう再生可能エネルギーが使えたらいいな』という人が多いですね」と染谷さん。

[注2] 気候変動枠組条約締約国会議(通称COP)は、温室効果ガス排出規制に関する国際的な合意形成を主な目的とした国際会議のこと。第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)は、1997年12月に京都市の国立京都国際会館で開催されたため、「京都会議」と呼ばれている。EUは8%、アメリカ合衆国は7%、日本は6%の温室効果ガス排出量の削減目標が定められた。
[注3]「アースデイ」は、1970年アメリカのG・ネルソン上院議員が、環境がかかえる問題に対して人びとに関心をもってもらおうと、4月22日を〝地球の日〟であると宣言したことに始まる。東京では、毎年4月に、代々木公園を中心に「アースデイ東京」が開かれている。
[注4] SVOは、straight vegetable oil used as diesel fuel の略。ディーゼル・エンジンの燃料として使われる、化学処理をしていない植物油そのままの燃料のこと。

◆◆ 油を持ってくる人は 子どもがいる20~30代の人

 TOKYO油田プロジェクトにおける家庭からの廃食油の回収は、店舗の協力を得て設置された東京、神奈川、埼玉、千葉の約500カ所の回収ステーションがベースになっている。ここにペットボトルなどに入れて持ち込まれた使用済みの油を、染谷さんが代表を務める油の回収会社㈱ユーズが定期的に回収に行くのである。

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廃食油の回収をしている(株)ユーズのトラック

 回収ステーションは、2006年のアースデイ東京のイベント「てんぷら油リサイクル大作戦」をきっかけに、薬局、花屋、カフェ、雑貨屋、工務店、スーパーなどの店舗の協力を得て徐々に広がってきたものだ。当初はイベントに協力してもらった8店舗だけで終えるはずだったのだが、店舗から「続けたい」という声が上がってきた。てんぷら油の回収ができるということで、それまで来なかったお客様が油を持って来店してくれるようになったというのである。
 油を持ってくるのは20代、30代で子どもを持っている人が圧倒的に多い。持参したからといって何か特典があるわけではない。そして店舗の方も回収ステーションの参加費用を払っているのである。染谷さんが説明してくれた。

 「これは本当に不思議なことなので、経過を話さないとちょっと理解できないと思います。実は最初の頃は、店舗が自腹を切って宅急便で油を送ってもらっていました。すると、1回につき1,000円とか2,000円くらいかかりますよね。それならと、㈱ユーズの車が回るルートのついでに寄ることにしたところ、『悪いから宅急便の分を出す』ということで、年間1万円をいただくことになったのです。
 500カ所ですから合計で年間500万円ほどになりますが、回収缶(ペール缶)を貸し出したり、頻繁に回収しますから儲かりはしません。でも、2,000カ所になれば、もっといろいろなことができそうですし、新しい雇用を作ることもできると思います」

◆◆ 廃食油から生まれる せっけんやキャンドル

 さて、回収された廃食油は、現在はリサイクルの処理施設になっている「染谷商店」の工場に運ばれ、フィルターで精製し、1日おいて水分を沈殿させて油分を分離する。取り出された油は家畜の飼料や塗料の原料として売られる一方で、車の燃料や発電の燃料となり、一部はせっけんやロウソクの原料になっている。
 VDFの原料となる油は、基本的には大豆油、菜種油、コーン油、ごま油、オリーブ油など植物油であれば何でも構わない。こうした廃食油や使用期限切れの油を集め、アルコールと触媒を入れ、温度を上げて撹拌すると化学反応が起き、VDFとグリセリンに分かれるのだ。製造過程では環境を害するものは何も出ない。利用しないグリセリンはさらに精製し、せっけんの材料として販売することもある。
 廃食油から作ったせっけんは、「下町娘」という名前を付け、レトロ感のあるパッケージにしてスカイツリーの商業施設などで販売している。400円と結構な値段だが、売れている。

 TOKYO油田プロジェクトで最近人気なのは、廃食油を使ったキャンドルづくりである。TOKYO油田の活動と意義を知ってもらうため、ワークショップで、回収した油を精製し固化して廃食油キャンドルを作る。手作りでオシャレなキャンドルができるのが人気の秘密だ。東日本大震災でも、今年の熊本地震でも停電が起きたが、そうした時にローソクの作り方を知っていれば、自宅にあるてんぷら油でロウソクを作れ、火を灯すこともできる。それを5~6個作って缶などに入れ、その上に鍋を載せれば100ccのお湯を10分で沸かすこともできるそうだ。いざという時に、命が救われることもあるかもしれない。

 こうした活動は、染谷商店のすぐ近くにある「油田モール」という名の建物で行われている。60坪のスペース内には、リサイクル&リユースショップ「WEショップすみだ」(「特定非営利活動法人WE21ジャパンの直営店)や、軽食やドリンクが楽しめる「油田カフェ」、野菜工場「アグリガレージ」が入っている。新鮮野菜の販売を行う「野菜マルシェ」などのイベントも定期的に開催されており、TOKYO油田の情報とともに、様々な楽しさを人びとに提供する交流の場となっている。

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墨田区八広の「油田モール」にある「油田カフェ」
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リサイクル&リユースショップ「WEショップすみだ」

◆◆ 地域の小さな発電所 「墨田電力」の可能性

 TOKYO油田プロジェクトが、次の展開として今、特に力を入れているのは、SVOで動く発電機の販売と、発電した電気の販売である。染谷さんは今後の展開について次のように語っている。

 「墨田区の油田電力に特化した『墨田電力』を始めようと考えています。最初から家庭一戸一戸に販売するのは難しいので、まず十数社の町工場に売り、ある程度のビジネスにしていきながら、みなさんにPRしていくつもりです。
 町工場といえども年間で1,000万円から2,000万円くらいの電力を使っています。その電気料金を、例えば5%安くし、TOKYO油田プロジェクトに収益が出てきたら、この地域の問題解決 ─ 墨田区の町工場の支援に充て、再生可能エネルギーをさらに増やすことに使っていく。そして、いずれは家庭の電力も供給できるようにしたいと思います。町工場にはいろいろな技術があるので、この地域の中で技術開発ができるのも利点になるはずです。ただし、実現するには大量の廃食油が必要なので、きちんと油が集められるようにしなければいけません」

 現在、染谷さんたちが集めている廃食油は月に50~60トンほどだが、実は、その多くは得意先である約5,000軒の飲食店などからであり、回収ステーションからの油は5%ほどに過ぎない。飲食店の方がやはり量がまとまるからだ。東京の家庭から出る廃食油は1万トンと言われているが、実際にはそのほとんどが捨てられている。その油を回収するためのネットワークをさらに整備していかなければならない。
 TOKYO油田プロジェクトが、発電を事業として24時間稼働させるには毎日72リットルの油が必要になる。それだけの油をコンスタントに集めるには、大口の排出事業者と組むといった仕組みも必要になるだろう。

 「こうした活動を進める中で、廃食油を捨てずに電気にしようというムーブメントが墨田区全体に高まっていけばいいなと思います。廃食油が自分たちの電気として使えたら捨てなくなると思いますし、廃食油を出した時に『捨てるのなら、墨田電力に提供しようかな』と思ってくださるようになれば、と思います。
 さらに、墨田区のみなさんに出資してもらえるもっと大きな電力会社を作り、墨田区を自立した電力の町にする。しかも再生可能エネルギーの比率を上げていく。そうなることがTOKYO油田物語の最終章ですね」

 そう語る染谷さんだが、「TOKYO油田」の物語には、さらに大きな展望も見えてくる。

◆◆ 廃食油回収ネットワークと 都市の新たな自給ネットワーク

 TOKYO油田プロジェクトがこれから進めようとしている「墨田発電」は、実は2万人程度の人口があれば成り立つという計算が出ているのである。

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SVO(植物油)で動く発電機。出力は10kW/h

 染谷さんは言う。
 「2万人規模の地域の年間の電力料金を調べると、施設などを除く個人だけで年間5億円くらい使っているそうです。これをバイオ燃料の発電に変えると現在よりも電気代が安くなります。日本の電気代はもともと高いので、もっと下げられますし、身銭を切って新しいことに出資するのではなく、今まで払っていたものをまわすだけなので需要も出てくるはずです。
 仮に既存の電気代より10%安くなると、5,000万円が浮きます。それだけあれば新しい雇用を生むことも、本当に地域のためになることに使えると思います。
 東京の『ご当地電力』、これは地元企業・市民、あるいは地方自治体が主体となり、地域の特性を生かした再生可能エネルギーによる発電事業のことをいいますが、今のところ東京では世田谷区以外にはほとんどありません。住宅が密集していたり、複雑な利権が絡むからということもあるでしょうが、東京には繋がりがあまりないことも一因だと思います。
 私がうまくいったのは、墨田区という生まれ育った地元に『人間関係』があったことも大きな要因です。祖父の代から墨田区で商売をしてきて、近所の人も工場も知っていますから、『お願いします』と声を掛けると手伝ってくれ、すぐに何社かが協力してくれます。もし私が東京の中でも違う地域にいたら、今のようにはできなかったかもしれないと思います。
 そう考えると、ご当地電力という事業は、東京よりも地方の方が先にうまくいくかもしれません。私たちのような事業をやりたい地域があり、地域をまとめられるような人がいて、事業家がいれば、きっとうまくいくと思います。墨田区のこの電力会社は、そういうコンテンツなのだと思います」

 注目したいのは、地元の人間関係を使って再生可能エネルギーが生まれ、さらに発電所までが構想されていることだ。
 古くから東京には廃食油を回収し、飼料や肥料、あるいはせっけんや塗料の材料にするシステムが存在し、今でもそれは機能している。この回収システムを使ったのがTOKYO油田プロジェクトだった。

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 もう一つこの廃食油の回収システムを利用して新たな事業を起こしている企業がある。それが、せっけんメーカーであるヱスケー石鹸㈱だ。使用済みの廃食油を精製し高純度な脂肪酸に再生、そこから品質のよい「リサイクルせっけん」を誕生させたのである。
 この廃食油の回収とリサイクルせっけんの使用は、CSR事業として企業や自治体から注目されている。今、いくつかの企業が関連施設のトイレなどでそのせっけんを使用している。また、自治体では、例えば東京都豊島区では本庁舎の手洗いで、区が回収した区民の廃食油を原料としたリサイクルせっけんが使われている。
 ちなみにヱスケー石鹸は、2020年の東京オリンピックの会場で使われるせっけんを、東京の廃食油を原料としたリサイクル石鹸にしてもらおうと計画している。
 こうしたリサイクル事業を行う企業にとっては、この廃食油の回収システムはまさに「油田」であろう。

<参考図書>
『TOKYO油田物語―天ぷら油まわりまわって世界を変える』 染谷ゆみ/著 一葉社(2009年)

 (構成・戸矢晃一)

※この記事は『社会運動』編集部の許諾を得て「季刊『社会運動』424号」から転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。
 季刊『社会運動』 2016年10月【424号】目次 http://cpri.jp/social_movement/201610/


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