【オルタの視点】

急速に高齢化するアジア社会
―中国と韓国に焦点をあてて―(2)

田村 光博


 中国が国家政策として採用してきた「一人っ子政策」は、総人口を大きく抑制してきた。しかし、それに伴い少子高齢化が進行し、総人口に占める「15~24歳」及び「25~34歳」の若年人口の割合が低下し、「45~64歳」及び「65歳以上」人口の割合は増え続け、いびつな人口構造ができあがった。中国は過剰人口の抑制に成功したが、生産年齢人口(15~64歳)は、徐々に減少に転じ「人口オーナス」に近づき、労働力不足が現実のものになりつつある。もうすでに、中国の60歳以上の高齢者人口は、世界の高齢者人口の1/5に達している。このまま行けば中国は、「豊かになる前に高齢化し(未富先老)」、世界最大の老人大国になる見通しだ。引き続き今号でも、その中国の「人口観測」を続ける。

◆ 1.「一人っ子政策」廃止の決定

 2015年10月29日、人口抑制のため実施してきた「一人っ子政策の廃止」が、「第18期中央委員会第5回全体会議」(5中全会)で決定されたというニュースが飛び込んできた。その決定内容とは、『人口の均衡ある発展を促進し、計画出産の基本国策を堅持し、人口の発展戦略を完全なものとするために、一組の夫婦が出産してよい子供を2人までとする政策を全面的に実施し、人口の高齢化に対応する行動を積極的に展開する。(促進人口均衡発展,堅持計劃生育的基本国策,完善人口発展戦略,全面実施一対夫婦可生育両個孩子政策,積極開展応対人口老齢化行動。)』という、ものである。
 少子高齢化に伴う人口減少に歯止めをかけるためには「一人っ子政策」の見直しが必要だという論議は、中国国内でも見られるようにはなっていた。例えば、『高齢化問題に対処するには、一人っ子政策を緩和が一番だ。若い夫婦に出産を奨励することだ。』(上海復旦大学/彭西至教授)と言ったような発言である。この発言は、高齢化が進む中国社会において、「一人っ子」が、両親と祖父母4人の合計6人を介護しなければならないという大きな試練が早晩やってくることに対する、2011年時点での発言である。(新唐人日本、2011/01)

 改革開放以後、めざましい経済発展を遂げ、世界の製造大国となった中国であるが、「付加価値の低い製造分野において、生産能力の過剰が深刻化している」ことや、「製造業のコストが全面的に上昇するなかで、市場での競争力が低下していること」、「革新能力に欠け、技術力が不足していること」などの課題を抱えていた。さらに、世界では「情報通信技術やバイオテクノロジーのほか、新しい材料や新しいエネルギーを使った技術を活用・融合させた新しい製造業が生まれつつ」あり、ドイツや米国、日本では国が戦略的な政策のもとで新しい製造業の発展に取り組んでいる。こうした世界の動きは中国の製造業にも大きな影響をもたらす。『世界の製造業で起きている革命の流れに乗り、技術を他国から導入しながら技術力を高めていく必要があり、付加価値の低い中国にとって、従来型とも言える製造業を淘汰させながら製造業の高度化を推し進める必要がある。』と、「経済日報」は報道していた。

 また、より最新の『日本は人口危機に陥る、中国も日本の二の舞となるか』と題する論評は、『経済成長は労働人口の増加と正比例しており、労働人口が増えるほど経済成長も早くなる。日本は労働人口が減少しているが、管理、科学技術の進歩、労働生産率の向上で実際には成長している。つまり、近年20年間の日本経済の低迷の主要原因は、日本人の科学技術の後退でも生産率の低下でもなく、労働人口が減少しているからである。また、2005年の日本の出生率は1.26人で、新生児の減少が高齢化を加速させ悪循環となっていた。』と、日本の例を引き合いに出して、コメントしている。(米国・多維新聞、2015/06/14)

 同紙は、『このような悪循環は中国でも起こる可能性がある。中国の総人口は2025年前後をピークに減少すると予測され、労働人口はすでに12年より3年連続で減少しており、14年の労働人口は前年より371万人減となった。現代の中国人の出産や育児観念はすでに変化しており、子どもは少なくよい教育をするという考えが共通認識となっている。このような状況だと、数十年後、中国も日本の二の舞になる可能性がある。日本の衰退を警告とし、中国は時代遅れの生育政策を撤廃し、早めに第二子を許容する政策を全面的に解禁することが最善の選択である。』(多維新聞2015/06/14)と、提言した。この記事は、「一人っ子政策の廃止」が発表されるわずか、数カ月前に発表されたものである。

▼「2050年までに、労働力が新たに3000万人増加」と、中国政府
 中国政府・国家衛生計画出産委員会、王培安副主任(出産・育児政策担当)は、『長年続けてきた「一人っ子政策」は廃止されたが、2人の子どもをもうけることを認めたため、2050年までに労働力が新たに3000万人増加する』という推計を発表し、それは経済の活性化にもつながると主張する。出生率の向上により、『人口増加のピークは2年ほど遅れて2029年となり、人口は14億5000万人になる見通しだ。』と、発表した。また、『その後、人は減少に転じるものの、労働力は、2050年までに新たに3000万人増加するほか、全人口に占める60歳以上の人の割合が、一人っ子政策を継続する場合と比べて2ポイント減少する。』という推計を、明らかにした。新たな政策について、王副主任は『人口構造を適切にし、高齢化への圧力を緩和し、労働力の増加に役立つ。』と述べ、『経済の活性化にもつながる』と、主張した。ただ、中国では、都市部を中心に、教育費の高騰などのため出産を望まない人も多く、新たな政策の効果を疑問視する見方も出ている。(NHK NEWSWEB、2015/11/10)

 一方、『一人っ子政策廃止でも生産年齢人口の減少は続く』と主張するのは、齋藤尚登(大和総研経済調査部主席研究員)である。同主席研究員は、『「一人っ子政策」は廃止される。しかし、「二人っ子政策」の導入効果を過大視することはできない。従前、第二子の生育が認められるのは、「夫婦ともに一人っ子の場合」であったが、2013年11月に「夫婦のいずれか一方が一人っ子の場合」に条件が緩和された。そして今回は「夫婦ともに二人っ子以上の場合でも第二子の生育が認められる」ことになったが、「一人っ子政策」が1979年(厳格適用は1980年)から36年間続くなか「夫婦ともに二人っ子以上」という追加的な条件緩和の効果は、限定的であろう。15歳~59歳の生産年齢人口は2011年をピークに減少しているが、これから十数年後以降にその減少ペースが若干緩まる程度にすぎない。』と、前記「 国家衛生計画出産委員会」の推計と、相反する見解を述べている。(大和総研レポート『一人っ子政策廃止でも生産年齢人口の減少は続く』、2015/10/30)

 また、人口問題の専門家である、郭志剛教授(北京大学・社会人類学研究所)は、『計画出産の政策を大きく転換した中国だが、人口構成の歪みを改善するには「100年間が必要」』と論じる。郭教授は、中国では2050年までに、65歳以上の人口が4億人に達するとの見方を示した。 現在60歳以上の人口は全人口の15%程度だが、2050年までには35%に達すると予測。出生率を上げる努力が成功すれば、同比率を30%程度に下げられるが、奏功しなければ40%近くになる。』と、語った。郭教授によれば、『中国は高齢化問題で、2030年までには「相当に厳しい状況」に直面する。高齢化のピークは2050年で、高齢化問題は2070年まで続くが、それまでに乗り越えられれば、中国は人口構造の転換に「勝利した」とみなすことができる。逆に、人口構造の転換がうまくいかなければ、社会や経済の発展は、相当に困難になると見られる。』と、述べた。人口の構成をいびつにしてしまう世代が出現すれば、その世代の人々の多くが人生を終えるまで、人口構造をいびつにする要因が、そのまま残りつづけるからだ。(「新浪網」、2015/11/03)

◆ 2.同時進行する、高齢化/失能化/空巣化/少子化

 次に、少子高齢化が進行する社会状況を見てみよう。2015年11月7日、広州日報は、「全国老齢工作委員会:中国大中都市の高齢“空巣家庭”は70%に」と題する記事を掲載した。それによれば、『中国では現在、高齢化、失能化(生活能力喪失)、空巣化(老人だけの世帯)、少子化という4つの現象が並行して進行しており、政府の対応を難しくしている。 失能化・半失能化した高齢者は14年時点で4000万人に達し、高齢者全体の19%に達している。また空巣世帯は高齢者の50%に達した。大中都市に限れば70%に達している。さらに地域ごとの違いも大きく、「都市よりも農村の高齢化が先行」「西部よりも東部の高齢化が深刻」といった傾向が挙げられる。』という。(広州日報、2015/11/07)

 このように、「一人っ子政策」およびに核家族化の進行により、子が要介護高齢者(半自立/自立不能)となった親の介護と生活支援をすることは、極めて困難な現状にある。高齢者収容施設は、全国に約4万カ所あるが(ベッド総数で約266万床)、実際に収容されているのは、約211万人である。そのうち要介護高齢者は24万人から35万人ほどと見られ、収容されている総高齢者数の17%に過ぎない(中国政府・民政部『2009年民政事業統計報告』)。しかも、養老施設が受け容れるのは、基本的に介護不要な自立者だけであり、半分以上の施設は、要介護高齢者を受け容れない方針だ。都市部では2/3の養老施設が、ほとんどの民営養老施設では、要介護者の入居を制限している。民営養老院は薄利業種であり、経営上からも要介護高齢者の受け容れは困難だという理由からだ。
 現在、中国には、すでに1億5000万人の「一人っ子」がいると推算され、その両親を含めると、すでに中国13億人の3分の1が「一人っ子」関係者となったと見られる。このような状況では、「一人っ子」の若者が歳老いた時、「自分たちには、頼りにできるものはない」という感慨を抱くことになり、社会不安を助長しかねない大きな問題である。

◆ 3.さらに拡大する貧困格差

 北京大学・中国社会科学調査センターは、「中国民生発展報告2014]を発表し、所得配分の不平等さを測る指数とし、貧富の格差を表すとされるジニ係数(坚尼系数/Gini coefficient)が、0.73に達したと報告した。ジニ係数は0以上1以下の数値で表され、1に近いほど格差が大きいことを示し、0.4を超えると社会不安が広がるとされる。 同報告書は、「中国の富の分配の不平等さが深刻化している」と指摘し、都市と農村部の格差といった要素が、不平等をもたらす主な原因だと分析している。

 中国における格差は、21世紀になって最悪水準に達し、「貧しい人はさらに貧しく」なる状態で、貧困層に属す25%の家庭が中国全体の財産のわずか1%前後を分け合っている状況だという。さらに、富の分配における特徴として、「体制内で仕事をしている家庭は体制外の家庭よりも明らかに財産の保有額が多く、その増加幅も体制外の家庭よりも大きかった」と指摘。共産党との関わりの有無が、財産の保有額に影響を及ぼしていると論じた。
 同報告を発表した北京大学の謝宇教授は、『富の分配における不平等をはじめとする経済的格差は、もはや無視することのできない社会問題だ』と、指摘する。中国で頻発する社会問題の根源である可能性があり、「豊かな人はさらに豊かになり、貧しい人はさらに貧しくなる」という悪循環を招く恐れがあると警鐘を鳴らした。(人民日報、2014/07/25)

 国連の世界人口推計によれば、2028年ごろに、インドの総人口は14億5000万人に達し、中国を凌駕して、世界第1位の人口を有する国となる見通しだ。冒頭で述べた言葉をもう一度繰り返すなら、このまま行けば中国は、「豊かになる前に高齢化し(未富先老)」、世界最大の老人大国になると予測されている。

 (筆者は元中国大学・日本語講師)


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