【コラム】風と土のカルテ(24)

成田市の医学部新設は誰のため?

色平 哲郎


 日本の空の玄関口、千葉県成田市に、政府主導の国際戦略特区を利用して大学の医学部が新設される。成田市は国際医療福祉大学(栃木県大田原市)と共同で「医療分野におけるイノベーションの創出を担う国際的な人材育成」を目的に掲げ、医学部の新設を提案。政府は国際性を強く打ち出すことを条件に新設を認めた。

 東日本大震災からの復興目的で特例的に認められた東北医科薬科大学(2016年4月開学)を除けば、じつに38年ぶりの新設となる。この新設医学部は、教員200人以上のうち10人以上を外国人とし、学生も定員140人のうち20人の留学生枠を設ける。

 大多数の科目で英語の授業を行い、学生は海外での臨床実習を最低4週間受ける。2017年4月に開設し、20年には附属病院を成田市内につくり、10カ国以上の外国人患者を受け入れる計画が立てられている。

 国家戦略特区を担当する内閣府地方創生推進室の藤原豊次長は、11月7日付の東京新聞に、「成田市の提案は、世界的に活躍する医師の養成によって競争力を高め、国際ビジネス拠点になるという趣旨に合致した」とコメントしている。

 いわゆる「医療ツーリズム」。人間ドックや先端医療と首都圏の観光をセットにして、外国人富裕層を呼び込む拠点にしようという意図が見て取れる。

 日本医師会と全国医学部長病院長会議は、こうした方針に強く反発している。7月には、地元の基幹病院の医師らが教員として引き抜かれ、このままでは地域医療が崩壊すると声明を出した。

 そもそも千葉県内には医学部は千葉大学にしかなく、厚生労働省によれば、県人口10万人当たりの医師数は172.7人(2012年)と全国ワースト3位。小泉一成・成田市長も「最も重要なのは、地元と県内の医師不足解消」と言っている。

 しかし、新設を許可した政府は「医師不足解消のためとは聞いていない」(藤原次長)と突っぱねる。いったい何のための大学医学部なのか。国際的な医師を育てるというが、国民のニーズはどこにあるのか。

 以前、この話題を医療者のネットワークで発信したら、次のような声が寄せられた。

・特区に指定された成田市民の問題であると同時に、地域医療などの全国共通の問題があります。特区に関しては、混合診療、保険外併用療法拡大の問題もあり、油断できないと思います。

・これだけコンセプトが曖昧なのに計画だけは進んでいくなんて、信じられない。いったい医療の「国際競争力」って何? 勘違いしている人が多すぎる。

・例えばこの大学で、医療通訳の養成はもちろん、外国人もきちんと診られる医師を育てる意志があるのなら、その点は評価したい気もします。医療通訳にはそれなりの質と量の経験が必要ですし、外国人をきちんと診ることで、高齢者を含めコミュニュケーションが困難な方に寄り添う姿勢が醸成され得るとも思うからです。

・大学ができて地域医療をぶっ壊す、というようなことがないよう、今からしっかり予防線を張っていただきたいものですね。また、新設大には、地域にしっかりコミットするというスタンスを市との契約レベルで明確にしていただきたいものです。

 医学部の新設は、国民の声が反映されるチャンスなのに、情報開示がほとんどない。そこが「成田医大」の最大の問題点のような気がする。

 (筆者は佐久総合病院・医師)

※この記事は著者の許諾を得て日経メディカル2015年12月24日号から転載したものです。


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