【戦後70年を考える(4)私にとってのアジア】

戦後70年に想う

山田 陽一


◆◆軌跡

 日本の敗戦を北京(北平)で迎えた。当時10歳の国民学校3年生だったが、運動場で戦闘帽とゲートル姿で聞いた玉音放送は雑音だけだった、前日まで支配者ぶっていた日本人が、突如、四面楚歌の敵地に放り出された恐怖感は今もなまなましい。疎開地でのテント暮らしの後、米軍の上陸用舟艇で着の身着のまま日本へ引き揚げた。
 やっとたどり着いた上陸地では頭から身体中にDDTを散布された。一家で身を寄せた京都の伯父の家では、海藻の雑炊で飢えをしのいだこともある。父が職を得た広島は原爆投下後間もなく、街には緑もなく、窓ガラスのない校舎での授業だった。大学時代には、宮沢俊義教授から、憲法9条はそのまま素直に読めば自衛隊の保持も違憲であると教わった。参加した安保闘争のデモでは国会南通用門で樺美智子さんが亡くなった。こうした経験もあって、労働運動の世界へ。
 「昔陸軍、今総評」と言われた時代でもあり、生活、権利、平和の擁護を信条に、春闘、三池闘争、民営化問題、労働戦線統一なども身近に経験し、結構活気のある日々を過ごした。1980年代からは、国際活動の道に進み、東西対立時代の国際労働組合運動、その後は、労働組合系の開発協力組織や日中技術協力組織に活動の場を得た。そこで、世界、ことにアジアを知る機会に恵まれ、国境を越えた働く者の連帯のなかで、多くの友人を得た。

◆◆状況

 このように戦後の東西対立時代を生き、21世紀の急速にグローバル化した世界に直面した者にとって、目下の、安保法制の論議を聞くと、率直に言って、推進者達の歴史認識の時代錯誤性、あるいは知性の欠如には唖然とする。
 「安全保障環境の変化」が声高に語られる。曰く、北朝鮮のミサイル、イラクの核兵器開発、ホルムズ海峡の危機、さらには中国の海洋進出・・・。だが、核戦争の危機にさらされていた東西冷戦構造時代は遠くなった。今やアメリカ主導の軍事的世界統治態勢にはホコロビが目立ち、他方で経済のグローバル化による世界の相互依存関係が著しく強まっていることは世界の常識であろう。

 ところが昨今の、安保法制論議で次第に明らかになったのは、推進者たちは、こうした世界の構造転換の認識を欠き、あるいはあえて無視したまま、ことに中国の脅威を過大にあおり、はては、公的に中国を「仮想敵国」に仕立て上げているのである。
 彼らの安全保障戦略とは、ごく幼稚なものであり、日本一国では中国に対抗できないと称して、アメリカとの軍事同盟を強化し、対中包囲網を形成するということのようだ。このため、軍事力の削減がやむを得ないアメリカの肩代わりを自ら買って出て、その先兵の役を果たそうというのである。
 だが、ここには明らかに米中関係の認識に重大な誤りがある。現実は、米中関係は、軍事的対抗関係よりもむしろ協議・協調関係に重点が移っている。日本の独りよがりの軍事的対中政策にアメリカが直ちに同調することはおよそ期待できそうもない。
 問題は、アメリカ追随に終始し他国を非難するだけの貧弱な日本外交であり、まさに21世紀の現実に即した外交戦略と努力の欠如であるというべきだろう。

 すでに明らかになったのは、安保法制制定への手法は、麻薬的な金融財政政策によって経済をバブル化し、国民の目をくらますことで始まった。そして、立憲主義に基づく法的安定性を無視し、三権分立を踏みにじり、人事政策によりマスコミ操作を図るなど、歴史的にも悪名高いナチス的手法に倣った強引な政策運営を進めている。その舞台裏では歪んだ個人的な名誉欲やな政治家稼業に励む利益集団が暴走している。

◆◆展望

 さて、これからの70年を展望して、われわれが目指すべきことは、いたって平凡だが、平和、権利、生活を擁護する社会を確固たるものすることであり、そのために、こうした課題に国境をこえて協調して取り組み、国家間の不毛な抗争を減らすための外交努力を積み重ねることであろう。さらに言えば、現下のグローバル化は、「国境なき世界」の展望を求めている。これは決して夢ではなく、多くの複雑な問題を抱えつつも、歴史に学び、互譲の精神で歩み続けるEUの好例がある。我々も、まずは東アジア圏の結束から積み上げていくべきだろう。その際、国家間の関係に止まらず、働く者、市民など身近な場から多元的な関係を築くことが必須である。この東アジア圏の軸をなす日中関係につていえば、歴史的経過に鑑み、日中二国間にこだわらず、多国間関係のなかで対応することも一策であろう。
 最後に、今日の危険で無責任な政治状況を許し、それを来るべき世代へ残しかねない我々世代の無力さへの切実な反省の念を表明しておきたい。次世代の人々が、この危機を乗り越え理想に向けて活動していくことを切望する。  (2015年8月)

 (筆者は元労働組合総評議会・国際局長)


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