【コラム】槿と桜(23)

日本企業が韓国人学生に熱い視線

延 恩株


 今年6月18日付けの『朝日新聞』の経済面に「就職難の韓国人学生来て!」との記事が掲載されていました。
 この記事を目にして、韓国の学生の激烈な就職戦線の状況を知っている私だけに「就職難の韓国人学生」に日本の企業が熱い視線を送っていることに嬉しさを覚えると同時に、韓日の相互理解を深めることにも大変有益だと思いました。

 確かに私の周囲には、知り合いの息子さんが日本で大手のコンピューター会社に就職していたり、兵役終了後、来日してアルバイトをしながら日本語を学び、日本での就職を考えている若者もいます。ですから韓国人のなかには日本で生活の基盤を築こうと考えている人がいたり、また実際、日本の企業に勤めている人がいることはそれほど目新しいことではありません。でも大学新卒者を対象とした、今回の記事のように日本企業側が韓国の学生に強い関心を寄せている状況は、まさにグローバル化が着実に広がってきていることを実感させられました。

 この記事によりますと、日本の企業が韓国人学生に強い関心を示すのは、日本の学生が「内向き志向」なのに韓国の学生は語学力が高く、「グローバル人材」と映るからだそうです。

 日本の大学で教えている私から見ますと、韓国人学生の方が英語と、最低でももう1カ国語を習得しようとする意欲は間違いなく強く、その点では日本人学生はかなり劣ると言えるでしょう。日本では最近、英語運用能力向上に向けた教育の強化を図る大学が増えてきていますが、なぜかそれに反比例するように、その他の言語教育には関心が薄れてきているのではないでしょうか。

 それではなぜ韓国人学生がこれほど外国語習得に力を入れるのでしょうか。その理由は簡単です。厳しい就職戦線を勝ち抜くためにほかなりません。

 2016年5月31日付で日本の内閣府は、「子供・若者白書(旧青少年白書)」(2016年版)を発表しました。この中に若年層の労働・就労状況について、特に若年層の失業問題についても触れています。

 それによりますと15歳から29歳までの若年層失業率(2015年度)は約5.3%でした。平均寿命が伸び、高齢化社会に対応するように定年の延長化が進み、さまざまな方面でロボットが出現し始めていることからもわかりますように、技術の発達は労働工程の効率化を急速に促してきています。結果的に若年層の労働条件と、就職状況は悪化することになります。
 したがって日本の若年層失業率は、先進国共通の社会問題とはいえ、決して低いとは言えません。ところが韓国では、韓国統計庁が発表した2016年3月、4月、5月の若年層失業率は、順に11.8%、9.3%、9.7%だったそうです。

 この数字からもわかりますが、韓国の学生の就職難はもはや個人の問題として片付けられずに、社会問題にさえなってきていると言えます。
 2010年代以降、韓国では「三放世代」(サムポ世代 삼포세대(三抛世代))という、低賃金で、不安定な生活を強いられる階層を指す言葉が生まれました。

 つまり若年層の就職難が深刻で、大学卒業後も数年にわって就職活動を続けざるを得ない彼らは「恋愛」「結婚」「出産」を諦めるしかない若者世代というわけです。

 韓国では大企業と中小企業との収入格差は激しく、いきおい大卒者はサムスンやLG、現代自動車などの財閥系大手企業を志望することになります。中小企業が敬遠されるのは、財閥系大手企業の正社員の年収に比べて正社員でもその6割以下、パートやアルバイトだと4割以下になってしまうからです。
 こうして最近では「恋愛」「結婚」「出産」に加えて、「マイホーム」「人間関係」「夢」「就職」の7つを諦める「七放世代」(チルポ世代 칠포세대(七抛世代))と呼ばれるようになってきてしまっています。

 ところで韓国の大学進学率は70%を超えています。一方、日本は50%台にようやく届いたという状況です。韓国の大学進学率が高いのは、日本と比較にならないほどの競争社会であるため、大学に進学しない限り、正規社員としての就職はかなり難しい現実があるからです。それだけでなく大学に進学しない者は、早くも人生の“落ちこぼれ”とさえ見られてしまうのです。しかも大学を卒業したからといって、無事に就職できるという保証がないことは言うまでもありません。財閥系大手企業などはグローバル化時代の中で自国の若者の新規採用を抑え、国外の優れた人材を確保しようとさえしてきています。

 そこに目をつけたのが、今回の記事にあるような日本の企業です。こうした就職戦線でのグローバル化は、韓国学生の就職氷河期を少しでも救う役目も果たしますし、歓迎すべき状況だと思います。

 一方、韓国側もこうした日本企業の動きを掴んで、たとえば韓国貿易協会などは2016年3月に就職難にあえぐ韓国の若者の日本への就職を支援する方針を打ち出しています。

 韓国の若者に日本での就職を勧める説明会を開催することなど、韓国と日本の政治面でのぎくしゃくからは考えれないことですが、日本の企業にとっても韓国の大学生にとっても互いに歓迎すべきことなのですから、積極的に推進していって欲しいと思っています。もっとも日本の企業が韓国の若者を採用しようとする動きは今年に始まったことではないようで、昨年のアンケート調査で、日本の99社の企業経営者のうち、87.8%が「韓国の人材を採用する考えがある」と回答しています。さらに「韓国人採用時に大学または大学院を卒業した人材を優先する」と60%以上が回答し、語学力に定評のある韓国人の新卒者を高く評価していました。

 どうやら今後、韓国人大卒者にとって就職を考えるとき、日本企業もその候補として考えても良い時期が到来してきているようです。もちろん朝日新聞の記事にありますように「韓国の学生は日本語も英語も堪能。社内に多様な価値観を取り入れたい」という言葉からは日本企業が求めている人材がわかります。韓国人大卒者はこれらの要求に応えられるように備える必要はあります。ただ厳しい競争社会の中で揉まれて自分に少しでも付加価値を身につけようとしてきている若者が多いだけに、私は十分に日本企業の期待に応えられるだろうと見ています。

 そして私が何よりも期待するのは、今回の記事の締めくくりとして記されている、韓国人学生への就職セミナーを開いた韓国貿易投資振興公社のチョンヒョク日本地域本部長の「日本企業で成長すれば、本人も企業も相手国のことをより考えるようになる。韓日の橋渡しになる新しい人材になるのではないか」という言葉にほかなりません。

 (筆者は大妻女子大学准教授)


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