■京都青少年の健全な育成に関する条例改定にまつわる動き

                             岡田 一郎
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○何が問題なのか


  最近、一部マスコミでも報じられるようになったが、現在、インターネット上
では、東京都青少年の健全な育成に関する条例の改定案が大きな話題となってい
る。東京都青少年の健全な育成に関する条例は1964年に制定され、青少年にとっ
て有害と思われる図書類(不健全図書)の規制や児童の深夜外出の制限などが定
められている。

 そして、今年2月24日、この条例を大幅に改定する改定案が石原慎太郎都知事
の名で都議会に提出された。この改定案は、3月18日の総務委員会で審議され、1
9日に同委員会で採決、30日に都議会本会議で採決されることとなっているが、
これは条例改定案の影響力の大きさを考えれば、異例のスピード審議である。(
なお、この原稿は3月19日に執筆している)もし、可決された場合は10月1日から
施行されることになっている。
 
  それでは、この条例の何が問題なのだろうか。条例の文章は非常にまわりくど
く、わかりにくいので、法律に詳しい方がまとめた概要を提示する。(表現規制
問題に詳しい弁護士・山口貴士のサイトに条例案の問題点が詳細に解説されてい
る。http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2010/03/post-b89f.html

東京都青少年保護条例改正案の概要

a.利用者と事業者から無意味にテラ銭を巻き上げることのみを目的とした携帯
電話の推奨制度の導入(第5条の2)
b.児童ポルノを理由とした根拠なく曖昧な定義に基づく創作物(図書類又は映
画等)の有害図書・不健全図書指定対象への追加(第7条第2号、第8条第1項
第2号、第9条の2第1項第2号)
c.青少年の情報アクセスを超えて一般の情報アクセスに多大な制限を加えるこ
とになるだろう、1年間で不健全指定を六回受けたものに対する東京都による必
要な措置の勧告・公表の導入(第9条の3)

d.都民は児童ポルノをみだりに所持しない責務を有するとする児童ポルノ所持
の違法化(第18条の6の4。ただし、罰則はなし)
e.児童ポルノを理由とした曖昧な定義に基づく東京都に対する保護者と事業者
に対する指導・調査権限の付与(第18条の6の5)
f.親から子供の監督権を奪い、子供の情報アクセス権・プライバシーを無視す
る形での携帯電話フィルタリングのほぼ完全な義務化と、 携帯電話フィルタリ
ングについての東京都に対する携帯電話事業者への勧告・公表・調査権限の付与
(第18条の7の2)

g.青少年のインターネットの利用についての行政機関(想定しているのは主と
して警察だろう)による東京都への通報制度の導入と東京都に対する保護者への
指導・調査権限の付与(第18条の8)
http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-cbc1.htmlより

 憲法違反の内容のオンパレードであり、どこから問題点を挙げていけばいいの
か途方に暮れてしまうほどである。まず、問題なのは、新たに条例に加えられる
「非実在青少年」という概念である。条例改定案第7条には、有害図書に指定さ
れる対象として次のように規定されている。

「二 年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の
表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの
(以下「非実在青少年」という。)を相手方とする又は非実在青少年による性交
類似行為に係る非実在青少年の姿態を視覚により認識することができる方法でみ
だりに性的対象として肯定的に描写することにより、青少年の性に関する健全な
判断能力の形成を阻害し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」
 
  これでは、映画・漫画・アニメなどほとんどの創作物が規制の対象となってし
まう。3月4日の都議会本会議において、民主党の西沢圭太都議(中野区選出)の
「概念の内容があいまいであり、青少年を描いた漫画・アニメのほとんどが規制
の対象となってしまうと懸念を持つ人びともいる」といった旨の質問に対し、倉
田潤青少年・治安対策本部長は「漫画等において明らかに青少年として表現され
ているものを非実在青少年と定義した上で、その性交または性交類似行為に係る
姿態を、正当な理由なく性的対象として肯定的に描写した漫画等について、青少
年に対する販売等の自主規制及び不健全図書指定の対象に追加しようとするもの
であります」と答弁し、「単に子どもや、その裸の描写が含まれる漫画やアニメ
を規制するもの」ではないとしている。
http://www.gikai.metro.tokyo.jp/record/proceedings/2010-1/d5110311.html#07

 しかし、「正当な理由」か否かを判断するのは、行政側であり、また、「非実
在青少年」が18歳以上と認識されるか否かを判断するのも行政側である。「非実
在青少年」の概念は行政側に大きな表現規制の裁量権を与えることになる。

東京都には日本の出版社のほとんどが集中している上、出版業界には、「東京
都当局から連続3回または年通算5回の不健全図書指定を受けた書籍は取次(流
通)会社が取り扱わない」という自主規制が存在するから、東京都による有害
図書(東京都では不健全図書と呼称する)指定は、事実上の発禁処分を意味す
る。つまり、事実上の「検閲」が復活するのである。

 そして、それは、創作活動の極度な萎縮につながる。おそらく、この条例が施
行されれば、漫画・アニメなどの創作現場では、東京都の指導を怖れて、過度な
自主規制がおこなわれるようになるだろう。そうなれば、今日、世界一の競争力
を持つ日本のコンテンツ産業は完全に死滅してしまう。
 
  それほどの犠牲を払っても、児童に対する性的虐待事件が根絶されるのであれ
ば、まだ救いがある。しかし、表現を規制すれば児童への性的虐待が減るという
科学的根拠は存在しない。犯罪統計をみれば、幼女強姦事件はここ数十年で劇的
に減少しており、漫画・アニメのまんえんが児童への性的虐待につながっている
という考えが全くの詭弁であることがわかる。
http://kangaeru.s59.xrea.com/G-youjyoRape.htm
 
  また、児童ポルノ単純所持禁止は以前、私が書いたように冤罪を引き起こすと
して、国会審議で問題視されている。当時、児童ポルノ単純所持禁止を問題視し
た民主党・社民党が国政与党となっている現在、東京都が国会の審議を待たずに
条例化することは問題が大きいと言わざるを得ない。民主党の大沢昇都議が3月3
日の都議会本義で同様の質問をおこなっている。
http://www.gikai.metro.tokyo.jp/record/proceedings/2010-1/d5110211.html#01
 
  携帯電話やインターネットへの規制も問題である。青少年が携帯電話やインタ
ーネットを使用する環境整備の取り組みについては現在、国を中心に対応策が検
討中であり、東京都の準備不足・検討不足の乱暴な携帯電話・インターネット政
策は携帯電話産業・インターネット産業に不要な害をもたらすだけで、教育現場
等に混乱をもたらしかねない。
http://dfujikawa.cocolog-nifty.com/jugyo/2010/03/2-88a7.html


○問題点が多い東京都青少年問題協議会


 今回の条例改定案は第28期東京都青少年問題協議会が提出した答申をもとにし
ている。この協議会は「メディア社会が拡がる中での青少年の健全育成について
」をテーマに、不健全な情報から青少年をいかに守るのかが討議された。この協
議会における討論は当初公開されていたが、傍聴人の1人が討議内容に抗議のジ
ェスチャーをしたことに腹をたてた協議会メンバーがその傍聴人を退席させたこ
とを機に非公開とされた。(長岡義幸「児童ポルノ法、青少年条例など性表現規
制強化の動き」『創』441号(2010年1月)、120頁)その後、非公開を良いこと
にメンバーからは「漫画家集団や反対派に明確な根拠を示す必要はない」「反対
派は認知障害者」などといった内容の人権無視の発言が次々ととびだした。

 部会長の前田雅英氏に至っては、2009年7月の衆議院法務委員会で社民党の保
坂展人代議士(当時)から自論を否定される統計資料を示されて反論できなかっ
たことを棚にあげて、「衆議院法務委員会で、保坂氏(前田氏は明確には名前を
出していないが、聞いた人にはわかるニュアンスで述べている)は参考人のアグ
ネス・チャン氏に論破されて、何も言えなかった」(衆議院法務委員会の議事録
を読めばわかるが、そのような事実はない)という保坂氏の名誉を著しく傷つけ
かねない事実無根の発言をおこなっている。

 なお、協議会の議事録はインターネット上で公開され、その余りにもひどい内
容のため、インターネット・ユーザーの顰蹙をかった。(青少年問題協議会メン
バーの暴言については、ここにまとめられている。
http://d.hatena.ne.jp/killtheassholes/20091002

 協議会は2009年11月24日の都議などの専門委員を加えた第1回拡大専門部会で
答申素案を取りまとめた。答申素案は何の根拠もなく、創作物を取り締まること
が児童ポルノ根絶につながるという協議会メンバーの主観的な考えをただ羅列し
ただけの内容で、表現規制の強化と児童ポルノ単純所持禁止を要求する内容であ
った。この席で、民主党の関口太一都議(世田谷区選出)が児童ポルノ単純所持
禁止は冤罪の温床となるとして反対し、同じく民主党の松下玲子(武蔵野市選出
)・山下太郎(北多摩第4区選出)両都議は所用のため出席できなかったため文
面で反対を表明した。

 公明党都議は規制強化を主張し、他の専門委員からは特に異論は出ず、パブリ
ック・コメントを募集することとなった。
http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/09_singi/28k1giji.pdf
このパブリック・コメントは提出が東京都在住者に限られ、募集期間も短期間で
あったものの、条例のパブリック・コメントとしては異例の1581件の意見が寄せ
られた。(都内からは535件)このうちの9割以上が答申素案への反対意見であった
と言われる。

 (http://twitter.com/mangaronsoh/status/7733541027 東京都がパブリック
・コメントの開示を拒んでいるので、真偽は不明である)しかし、その後、作成
された答申案は答申素案をほぼなぞったものであり、パブリック・コメントはほ
とんど反映されなかった。なお、答申素案に対しては日本書籍出版協会・日本雑
誌協会などが反対意見を提出している。


○反対運動


  青少年協議会の議事録がインターネット上で公開されたのを期に、東京都が強
力な表現規制をおこなおうとしているという観測が一部のインターネット・ユー
ザーの間でおこなわれた。パブリック・コメントが数多く寄せられたのも、イン
ターネット上の呼びかけが奏功している。
 
  2月24日に石原知事の名で東京都から都議会に条例改定案が提出された。この
内容は一般には公開されなかったが、都議会図書館で条例改定案を確認した一般
のインターネット・ユーザーによってインターネット上に公開され、その問題点
も指摘された。ただちに、インターネット上では、都議会議員や都議会党派に対
する請願が呼びかけられた。

 民主党・日本共産党(共産党)・生活者ネットワークの野党3党は都議会の過
半数を占めているため、特に請願が多くおこなわれたようである。(中にはFAX
を1度に何十枚も送りつけるいたずらまがいのものもあったらしい)都議会民主
党に対してはかなり以前からロビー活動をおこなっている人物がおり、一時、「
都議会民主党が改定案否決の方向性に向かっている」という情報が一部で流れた
ため、反対派の間にも安堵感が広がった。民主党の若手都議の中には、栗下善行
都議(千代田区選出)のように条例改定案への反対意見を早くから公にする人物
もおり(http://blog.livedoor.jp/kurizen/archives/2305395.html)、「まさ
か民主党が賛成にまわるわけがない」という油断がこの時点では反対派に存在し
ていた。
 
  しかし、3月7日、反対派に驚くべき情報がもたらされた。この日、都議会民主
党への働きかけをかねてからおこなっているコンテンツ文化研究会が主催する集
会が西沢都議と、同じく民主党の吉田康一郎都議(中野区選出)を招いておこな
われていた。この集会で両都議から、民主党の若手議員は改定案の廃案または民
主案への置き換えを要求しているのに対し、年配議員および役員は「条例案は答
申から内容が後退しているので、このまま改定案を通そう」(実際は改定案は答
申の内容とほとんど変わっていない)と主張し、力関係で後者の方が強いという
ことであった。

 また、出版社などの業界団体が全く動いていないことも明らかとなった。
http://d.hatena.ne.jp/marinba/20100307#p1 
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20100309#1268066561
直ちに、インターネット上では民主党の年配議員や役員を説得するための手紙・
メールの送付が呼びかけられた。「民主党が反対にまわらないらしい」という情
報が伝わると、それまで事態を静観していた人びとの間からも懸念の声が上がり
始めた。

 有名漫画家の中でtwitterを通じて「非実在青少年」概念への疑問を呈す
る声があがり、その漫画家のファンにも動揺が広がった。しかし、なぜかtwitter
使用者の間で「架空創作表現規制禁止の法制化を求める署名」に参加すれば条例
改定を防げるというデマが飛び交い(この署名は今回の条例改定とは何の関係も
ない)、条例改定に反対する人びとがあわててtwitterで、デマの打消しと都議会
議員への手紙・メールの送付を呼びかける一幕もあった。
 
  3月9日、かねてから条例改定案に懸念を表明していた漫画評論家で明治大学准
教授の藤本由香里氏がTBSのラジオ番組「アクセス」に出演し、条例改定案の危
険性を訴えた。番組の反響は大きく、番組が終了したときにはラジオに寄せられ
た意見の75%が反対意見であったという。
http://twitter.com/honeyhoney13/status/10227881843
 
「アクセス」では番組のウェブサイトで番組が始まる前からその日のテーマに
ついて視聴者からの意見を募集している)このころから条例改定案の危険性が多
くの人びとに認知されるようになり、改定反対派に有利な情勢が生まれ始めた。

 3月10日未明には、条例改定阻止のために動いていたゲームプログラマーのKE
NJI氏のブログで民主党が原案維持から民主党案への修正で妥協という情報が掲
載され、民主党内にも変化が生まれていることが明らかとなった。
http://kenjikakera.asablo.jp/blog/2010/03/10/4935607

同日、ジャーナリストの渋井哲也氏が原口一博総務相・自民党の世耕弘成代議
士・民主党の藤末健三参議院議員に条例改定案について尋ねたところ、3人と
も具体的な内容を知らず、一様に驚いた表情をしていたという。
http://d.hatena.ne.jp/slpolient/20100309
このころから、国会議員・マスコミ各社も条例改定案の内容を実は知らないのでは
ないかという噂がインターネット上で流れ始めた。

 3月11日、野上ゆきえ都議(練馬区選出)のtwitterで、民主党総務部会が15
日に関係者から意見を聴取する予定であることが伝えられた。ついに、民主党は
議員だけでこの条例改定案の取り扱いを審議するのではなく、外部から意見を聞
いて取り扱いを決めることに決したのである。
http://twitter.com/nogamiyukie/status/10260465629)このころから、それ
まで沈黙していた作家・漫画家・業界団体などが声をあげ始めた。

 表現規制がおこなわれる並行世界の日本を描いた小説『図書館戦争』で有名な
作家の有川浩氏が自分のサイトの3月11日の記事で「私は予言者になりたくて『
図書館戦争』を書いたわけじゃない」と批判の声をあげ、また、出版業界ではこ
の条例改定案が全く知られていないという事実を暴露した。
http://geocities.yahoo.co.jp/dr/view?member=seishusironeko
 
評論家の山田五郎氏もTBSのラジオ番組「デイ・キャッチ!」で条例改定案の
危険性を訴え、「なぜメディアから批判の声が出ないのだろう」と疑問を呈した。
  3月12日には婦人団体・業界団体・大学教授らが条例改定案に反対する記者会
見を開催し、この条例改定案の危険性を訴えた。
http://www.toyokeizai.net/business/society/detail/AC/a4c781d727355e586fecefe937adade7/page/1/
また、日本出版労働組合連合会も秘密裏に条例改定を進めてきた都の対応を批判
し、都議会各会派および都議会総務委員会委員に条例改定反対の要請書を提出した。
http://www.syuppan.net/uploads/smartsection/114_seishonen-yousei.doc
『あしたのジョー』で有名な漫画家のちばてつや氏も批判の声をあげた。
http://ameblo.jp/chibatetsu/entry-10480148209.html

 同日、都議会予算特別委員会で質問に立った松下都議は、条例改定案審議のた
め、西沢都議が開示を請求しているパブリック・コメントの即時開示を改めて求
めたが、倉田本部長は「パブリック・コメントは2800枚にものぼり、提出者の身
元をわからなくする作業がてまどっている」という旨の答弁をおこない、とあく
まで開示を拒んだ。松下都議に対しては自公議員から野次が浴びせられ、委員会
が紛糾する一幕もあった。
 
  3月13日になっても反対運動の拡大は止まらず、日本の漫画研究の拠点である
京都精華大学マンガ学部および国際マンガ研究センターが条例改定案について「
より慎重かつ開かれた議論の場」を求める声明を発表した。
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P20100313000164&genre=C4&area=K00
 
  3月15日、民主党総務部会は関係者からの聴取をおこなった。漫画家・コンテ
ンツ業界・司法・学術界からは反対意見が、PTAからは賛成意見が出たと言う。
http://itomasaki.air-nifty.com/masaki/2010/03/post-6adc.html)この席で
日本雑誌協会・日本書籍出版協会・東京工芸大学マンガ学科教員一同の反対声明
が都議会民主党に提出された。漫画家たちは都議会民主党に陳情をおこなう一方
、藤本氏・ちば氏ら評論家・漫画家・研究者・弁護士が記者会見を開き、さらに
反対集会を都庁で開催した。

 記者会見や反対集会では参加者から、「表現規制は日本のコンテンツ産業の競
争力を奪う」「表現の自由を縛るのはいつかきた道だ」「良い漫画と悪い漫画を
区別することは出来ない」「今度の条例は不快なポピュリズムだ」などの声があ
がった。また、記者会見では、反対声明を出している漫画家・出版社の名前が発
表されたが、日本の著名な漫画家・出版社のほとんどが網羅されていた。
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/100315.jpg)しかし、漫
画家の陳情に民主党の反応は鈍く
http://twitter.com/akirasaso/status/10525364777)、大手新聞社の記者
の中には都側の見解だけ述べてほとんど取材すらしようと
しない者もいた。(http://www.pjnews.net/news/533/20100316_2
 
  3月17日、『東京新聞』朝刊が大新聞としては初めて、今回の条例改定案の問
題点を「こちら特報部」のコーナーで大きく報じた。さらに、同日の『東京新聞
』夕刊では、反対運動の規模の大きさが初めて報道された。それによれば、民主
党都議のうち総務委員会メンバーには「数日で封書やはがきが約五十通。電子メ
ールは百通以上」届いたという。

 また総務委員会メンバー以外の民主党都議のもとに届いた封書の束も数十セ
ンチメートルに届くほどであったという。新銀行東京などこれまでの都政の
テーマでこれほど大きな反響を呼んだものはない。このような反対運動の大き
さに押されてか、都議会民主党は「継続審査」に傾きつつあると報じられた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2010031702000194.html

 また、同日、出版業界4団体からなる出版倫理協議会は条例改定案に緊急反対
声明を発表した。これは「出版業界全体が反対」していることを意味する。
http://www.asahi.com/culture/update/0317/TKY201003170455.html
  3月18日、都議会総務委員会で条例改定案の審議が始まった。自公議員が今期
での条例改定案の可決を要求する一方、民主党の小山有彦議員(府中市選出)は
条例改定案の曖昧さを追及し、都側はたびたび答弁に窮した。
http://twitter.com/himagine_no9/status/10659264451

また、同じ民主党の浅野克彦議員(練馬区選出)は15日の関係者からの聴取を
もとに、条例改定案の問題点を追及した。
http://twitter.com/nogamiyukie/status/10665253942

 共産党の古館和憲議員(板橋区選出)が「規制対象と考えられるマンガやアニ
メが青少年に悪影響を与える科学的・論理的知見が得られているのか」と問いた
だすと、都側は「知見は無いが青少年保護の観点から必要がある」と、条例改定
案に科学的根拠がないことを自ら認めた。
http://twitter.com/himagine_no9/status/10664040916
同日、日本ペンクラブ・中小100社からなる出版流通協議会が反対声明を発表した。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100319k0000m040045000c.html
 
  3月19日、都議会総務委員会は自公議員も継続審査に同意し、全員一致で条例
改定案を継続審査とすることを決定した。30日の本会議でも継続審査が議決され
れば、条例改定案の取り扱いは6月の定例議会に持ち越されることとなる。しか
し、知事提出議案は店晒しにして、審議未了とすることが出来ないため
http://twitter.com/nogamiyukie/status/10654343025)、

民主党は廃案か修正かの選択を迫られることとなる。もし、修正するというの
ならば、表現規制ではなく、性犯罪の被害児童の救済を主とした抜本的な修正
案を共産党・生活者ネットワークと協力の上、作り上げるべきであろう。ま
た、反対運動側は、継続審査で満足することなく、今後も都議会の動向を監視
していくことが必要である。
 
  なお、同日、石原知事は定例記者会見で、条例改定案が継続審査となったこと
について、記者から質問され、「精読していないから分からないが・・・」「幸
い継続審査になったので・・・」と答えた。このような日本の憲法秩序を根底か
ら揺るがしかねない内容で、なおかつ自らが提出者となっていたにもかかわらず
、彼は条例改定案の中身を理解していなかったのである。
http://twitter.com/nogamiyukie/status/10710456834


○今回の問題が我々に投げかけるもの


  今回の問題は現代日本の様々な問題点をわれわれに指摘してくれる。
  まず、日本国憲法に規定された人権の維持が非常に危うくなっているというこ
とである。このような憲法違反の条例改定案が堂々と議会に提出され、それを食
い止めようとする議員がほんのわずかしかいないというのは異常である。今回、
現時点で、この条例改定案を阻止できる可能性が残されているのは、昨年の東京
都議選で、民主党が圧勝し、多くの若手議員が生まれたおかげである。

 あの民主党の圧勝がなければ・・・と考えると、背筋が寒くなる思いである。な
お、他の道府県は東京都にならって同じような条例を制定する傾向があり
http://d.hatena.ne.jp/marinba/20100307#p1)、もしこの条例改定案が通れば、
事実上、全国で日本国憲法が保障した表現の自由は骨抜きになってしまうであろ
う。
 
  一方、この問題では、私生活を犠牲にしてまで粘り強く反対運動をおこなった
少数の人びとが存在し、彼ら・彼女らを支えた多くのインターネット・ユーザー
が存在したことは、私たちに希望を与えてくれる。よく、「最近の若い者は政治
に関心がないし、選挙にも行かない」と言う人がいるが、今回の反対運動に立ち
上がった多くの無名の人びとの活躍を見ると、それが全くの誤りであることがわ
かる。

 また、条例改定手続きが秘密裏におこなわれたため、立ち上がりが遅れたが、
市井の人びとでなく、評論家・作家・漫画家・大学教授・婦人団体・業界団体・
労働組合が「表現の自由」を守るために立ち上がったことは特記されてよい。日
本国憲法が国民にもたらした権利を守ろうという意識は確実に一人ひとりの人間
の中に根付いていたのである。
 
  なお、今回の反対運動の展開はかつて「デートもできない警職法」のスローガ
ンの下に政治に無関心と言われた若者が立ちあっがった警職法闘争を想起させる。
今回は「漫画も読めない・描けない都条例」とばかりに、多くの人びとが立ち
上がったのである。

 そうした人びととは対照的に、今回の問題では条例改定案の問題点について勉
強もせず、都側の説明をただ垂れ流し、反対運動の盛り上がりもほとんど黙殺し
た、『東京新聞』以外の新聞・テレビのだらしなさが目に付いた。本来、表現の
自由を守るために真っ先に立ち上がらなくてはならないのは新聞・テレビではな
いのか。(『朝日新聞』は多少、条例改定案の問題点について他紙と比べて大き
く取り上げたが、誤解している部分がある。また、2010年3月17日付の『新潟日
報』社説は条例改定案を厳しく非難している。)

 東京都側がマスコミや国会議員にも知らせず、抜き打ち的に表現の自由を奪う
条例改定案を提出してきて、一気に表現規制強化を既成事実化しようとしたのに
対し、反対運動が短期間で組織化されたのは、インターネット技術の向上による
情報伝達のスピードアップによるものが大きい。

 かつてのように、デモやストなど誰にでも見える形で今回の反対運動はおこな
われたわけではないが、インターネット上では互いに顔もわからない者同志が情
報を交換し、短期間で戦術を練り直して、とにかくも原案維持から継続審査(ま
だ確定していないが)へと民主党を動かしており、新しい社会運動の萌芽を予感
させる。(一方、当初は原案維持で東京都と妥協しようとした民主党の年配議員
・役員の、時代の趨勢を見る目のなさは絶望的である)

 現時点で、東京都青少年の健全な育成に関する条例改定の問題がどのような決
着を見せるのは全くわからない。しかし、私は事態を悲観していない。この反対
運動を通して、私は、自分の権利・日本の文化を守るために立ち上がる多くの人
びとの存在を知ったからである。

           (筆者は小山高専・日本大学・東京成徳大学非常勤講師)

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