私たちは危険で恥ずべき時代に生きている

                                               有田 芳生


  国連人種差別撤廃委員会の日本審査がスイスのジュネーブのパレ・ウィルソン(国連人権高等弁務官事務所が入っている建物)で行われたのは8月19日、20 日。その傍聴を終えた私はポーランドのクラクフへ向った。市の中心部から少し離れたところにシンドラー博物館がある。ユダヤ人約1200人をホロコースト から救った「シンドラーのリスト」で知られる人物の名前を冠した戦争博物館だ。ナチス・ドイツがポーランドに侵攻したのは1939年9月1日。第2次世界 大戦の勃発として世界史に記録されている。

 クラクフの中央広場にはナチス党のシンボルであるハーケンクロイツの垂れ幕があちこちに掲示された。レジスタン スの武器など、博物館の展示をたどっていると、あるポスターに眼がとまった。そこには「ユダヤ人はシラミだ」と書かれていた。ナチスが市電や公園に掲示し た「ユダヤ人お断り」の看板もあった。ゲットーへの囲い込み、アウシュビッツなどでの大虐殺への出発点である。他民族を排撃するヘイトスピーチだけではない。サッカー会場に掲げられ社会問題となった「Japanese Only」の垂れ幕など、日本はいま「この段階にある」ー私はそう思った。
 
 人種差別撤廃委員会の日本審査がはじまる直前に、日本のNGOから委員たちに対して非公式のブリーフィングが行われた。日本で行われているヘイトスピーチ (差別煽動表現)を5分ほどにまとめた映像を委員たちが食い入るように見つめている姿は印象的だった。「朝鮮人はゴキブリだ」「鶴橋大虐殺をやりますよ」 などなど、そこには醜悪な差別の現場が映し出されていた。審査ではこの映像の感想をふくめ、多くの委員から日本政府に対する厳しい意見が語られた。いくつ かの意見を紹介する。「憲法の枠内で人種差別撤廃条約を実施することだ」「ヘイトスピーチに対応することは表現の自由に抵触しない」(バスケス委員)、 「暴力の煽動は表現の自由ではなく暴力だ」「暴力の唱導は表現の自由とは区別できる」(ディアコヌ委員)。「重大な人種差別はないというが、日本はそれほど明るい情況ではない」(ファン委員)。デモの情況については「加害者に警察が付き添っているように見える」「ほとんどの国では逮捕、連行し、収監するはずだ」(ユエン委員)という厳しい意見もあった。
 
 日本審査の結果を受けて、人種差別撤廃委員会は8月29日に「最終見解」を公表、「包括的な人種差別禁止法」の制定を求めた。日本の報道ではヘイトスピー チ問題に重点が置かれたが、審査はじつは多岐にわたっている。ヘイトスピーチ問題についで取り上げられたのは、朝鮮高校が授業料無償化から排除されている問題だった。さらにアイヌ民族や琉球・沖縄問題、部落、在日コリアン、移住者、難民などでも日本政府に対して厳しい勧告が行われたのである。日本政府の対 応が遅れているというだけでない。ナチス・ドイツなど全体主義の時代経験をふまえ、戦後確立された国際人権基準から判断しても、日本の現状は危険だという ことである。委員の厳しい問いに対する日本政府の答弁を聞いていると、「現実の無視」という言葉が浮かんだ。日本審査は2001年と10年についで3度目 だ。「私たちは満足のいく答えを聞くまで、同じ質問を繰り返さざるをえません」と語ったユエン委員の発言に、すべてがこめられていた。
 
 日本政府は勧告が出されても「馬耳東風」「馬の耳に念仏」。何事もなかったかのようである。わずかな動きといえば、政権与党である自民党と公明党に、それぞれヘイトスピーチPTが作られたことだ。ただし現実からの要請に比べれば、まだ出発点に立った以上のものではない。自民党PTの最初の会議で、国会前のデモを規制するべきだという意見が出たのは象徴的だ。のちに撤回されたとはいえ、ヘイトスピーチの意味さえ理解されていない。国会では2013年3月から 3度にわたってヘイトスピーチに抗議する集会が開かれ、さらに「ヘイトスピーチ研究会」が開催された。その延長で2014年4月には、超党派で「人種差別 撤廃基本法を求める議員連盟」(小川敏夫会長)が結成された。日本が人種差別撤廃条約に加入したのは1995年。1965年に条約が国連で採択されてから 30年後のことであった。それからさらに20年近く。日本政府は条約を国内で具体化することを怠ってきた。まさに人権後進国と指摘されても仕方ない情況が 続いている。
  ヘイトスピーチは在特会などがハーケンクロイツ旗を掲げて街頭で行っているだけではない。ネット上ではさらに醜悪な差別と攻撃が個人をターゲットに匿名で 行われている。日本社会は閉塞感を深めている。街場でも気に食わない相手に向って「売国奴」「国賊」といった悪罵が投げつけられる。週刊誌までがそんな言 葉を平然と使用する。まるで戦前や戦中の日本のような気配が広がっている。戦後70年になる日本でこれほどの悪気流が流れる時代はなかった。私たちは危険 で恥ずべき時代に生きている。打開の道はどこにあるのか。差別に反対する行動には若い世代が増えている。とくに女性が敏感に政治に声を出しつつある。日本 が国際人権基準に向う道筋は、人間の尊厳を基本に置く社会を築く課題なのである。
 
 日本各地で行われているヘイトスピーチや差別デモについて、法務委員会で谷垣元法務大臣や上川陽子法務大臣に何度も質問をしてきた。二〇一三年五月七日の 参議院予算委員会では、安倍総理からそういった事態は憂慮すべきだという趣旨の答弁もあった。しかし、それから一年半以上が経つのに、状況は一向に収まらない。現場で闘うカウンター勢力の努力により、デモへの参加者はピークをすぎたとはいえるだろう。行動保守アーカイブの集計によると、二〇一四年一月から 三月期に全国での「ザイトク界隈」の行動は全国で百七件(街宣七十三件、デモ三十四件)。前年比で十一%増えている。しかし確認された参加人数は、一件あたり平均二十九人で前年比四十%減っている。常連参加者に絞られつつあるのだろう。そうしたメンバーが断末魔のように街宣やデモを頻繁に行っている。こうした現実に対し、行政が差別の横行を無くしていく構想を持ち、具体化を行った気配はほとんどないといってよい。総理や大臣の発言も現状を追認しているにすぎないのだ。
 
 谷垣元法務大臣が憂慮する旨の発言を行ってから、法務省として具体的にどのような取り組みを行ったのか、今後どのように取り組んでいくのか、さらには、今 どのように認識をしているのかを問い質した。谷垣元法務大臣は「誇り高き日本人はどこへ行ってしまったんだろうというような思いも私はいたしました。本当 に嫌悪の情を禁じ得ない面が私はございます」との答弁をした。では何をするのか。法務省は、啓発活動を中心に、ホームページ上でも外国人の人権に関するペー ジを新設し、中学生や高校生を対象とした人権教室の実施などを行っているという。啓発活動である。そうした地道な取り組みが必要であることは否定しない。 しかしこれで差別の現状は残念ながら変わりはしない。
 
 松島みどり法務大臣が辞任し、上川陽子大臣になってから、私は3回の質問を、すべてヘイトスピーチ問題に費やした。11月11日の質問では、もっと現場に 出かけて実態調査をすべきと指摘した。その日に法務省人権擁護局は「ヘイトスピーチに焦点を当てた啓発活動の実施について」を公表する。今後は新聞広告に よる啓発やポスター・リーフレットによる啓発などを行うというのだ。これまでのような「外国人の人権を守りましょう」といった一般的啓発でなく、ヘイトス ピーチに焦点を置くというのは「半歩前進」だ。
 
 二〇一三年のこと。谷垣元法務大臣が憂慮発言をすると、大臣の地元である京都の福知山で抗議が行われ、たった数人が駅前で叫んでいた。私がこの問題に取り 組み出すと、メール、ネット、ファクスだけではなく、電話や議員会館前でマイクを持っての批判が行われた。いまや常態化している。その特徴はきわめて単純だ。在特会などを批判するのは「売国奴」であり「非国民」だという。「差別主義者」だとレッテルを貼るので何だろうかと思ったら、「日本人を差別してい る」という錯綜した幼稚な意見なのだ。国会議員の多くがこの問題に関わろうとしないのは、こうした経験を避けたいからだろう。
 
 サッカー浦和レッズのサポーターが差別横断幕を掲示した問題も大きな社会問題となった。
二 〇一四年三月十三日の新聞各紙でも報道されているとおりだ。法務委員会ではJリーグおよび日本サッカー協会を所管している文部科学省から経過について説明を求めた。答弁を紹介する。「本件につきまして、浦和レッズが所属するJリーグから報告を受けてございます。三月八日の試合当日の経過ですけれども、まず、当日十七時頃、浦和レッズのクラブスタッフから浦和レッズ試合運営本部に対しまして、埼玉スタジアム内にジャパニーズ・オンリーという横断幕が掲げられているという報告が入ったと。これを受けまして、十七時九分、浦和レッズ試合運営本部より警備会社スタッフに対しまして速やかに横断幕を撤去するよう指示を行ったと。ただ、横断幕の撤去に当たっては、通常、トラブルを防ぐために当事者との合意の上、取り除く手順となっているが、試合中であったこともあり、当事者を特定することができず、最終的には試合終了後の十八時四分に強制的に撤去することとなったと。以上でございます。」
 
 この問題は日本だけではなく国際的に報じられた。たとえばカナダ、オーストラリア、アル・ジャジーラ、韓国などなどである。これは「差別的行為」ではなく 明らかな「差別」である。浦和レッズのクラブは、横断幕の掲示が差別的行為になるかもしれないけれど、掲げた人間がどう考えているか分からないと曖昧な対応だった。「ジャパニーズ・オンリー」の横断幕の背景に旭日旗も映っている。差別デモの現場に行った方々なら分かるが、日本全国で今なお続く差別デモは 「日の丸」と旭日旗がセットで掲示されている。浦和レッズ問題は、これまでも差別の土壌があったとクラブは認識するにいたった。
 深刻なのはこの問題が国際的に報じられただけではない。浦和レッズのクラブ側が横断幕に気付いたのに試合が終わるまで外せなかったことである。浦和レッズ 社長は、事件後の記者会見で、複数のサポーターが差別横断幕を掲示してしまったことに危機感を示し、クラブの危機であり、あの状況は差別だと捉えるしかないと語った。関係者に事情聴取が行われ、事件の背景なども明らかにしながら上部組織であるJリーグに報告をし、厳正な処罰が行われた。Jリーグは浦和レッズ対清水エスパルス戦を無観客試合とする制裁を科した。また浦和レッズのファン・サポーター全員に対して横断幕、ゲートフラッグ、旗類、装飾幕などの掲出を禁止、さらに浦和レッズを象徴するコレオグラフィー(人文字)も禁止とした。
 
 浦和レッズの文書によれば、二〇一〇年五月十五日に宮城スタジアムで行われた試合で、浦和レッズの一部サポーターが、帰りのバス乗り場において仙台べガルダのチームバスに対して差別的発言を行ったとして、Jリーグから譴責及び制裁金五百万円が科せられている。今回の一連の問題は、浦和レッズの普通のサポー ターや選手には不幸なことだ。だがFIFAもふくめて日本サッカー協会並びにJリーグは、差別行為について徹底して抗議するという立場を取っている。浦和 レッズに厳しい対応が科せられたのも当然である。
 
問題は「ジャパニーズ・オンリー」という横断幕が掲示されたことにとどまらない。特定の選手に対するブーイング並びに差別発言が行われていたことである。 「ジャパニーズ・オンリー」が掲げられた試合だけではない。これまでも在日四世で日本に帰化した選手に対して差別発言が行われている。スタンド内に配置した警備会社スタッフから、試合中に差別発言が聞こえたとの報告を受けていると浦和レッズから回答があった。こうした差別行為が日常的に起きているから、 FIFA、日本サッカー協会、そしてJリーグは、サポーターも対象とした差別についての懲罰規定で厳しい対応を行っているのだ。ある新聞記者は、「ジャパ ニーズ・オンリー」の横断幕は、日本選手が頑張ってくれという意味だとツイッターで発言した。その後、謝罪、訂正をしたことのも当然のことである。ちなみ に「ホワイトオンリー」とは、米国やアパルトヘイト政策が取られた南アフリカなどで、公共交通機関や施設の利用に当たり、白人のみを優遇するために取られていた政策だ。
 
 私は法務委員会でイギリスにはサッカー犯罪法があることを問うた。法務当局はこの事実を知らなかった。イギリスは公共秩序法というものが元々あり、それに 基づいてサッカーのフーリガンに厳しく対処してきた。ただし、公共秩序法では差別的な野次などには対処できないので、一九九一年にサッカー犯罪法が作られた。法務長官による同意がなくとも軽犯罪として起訴ができるようになったのである。ただし、サッカー場で一斉にはやし立てたら誰が差別発言を行ったかがわからない。そこである特定人物が人種差別的な発言を行った場合、その人物だけを起訴できるよう、一九九九年にサッカー犯罪法が改正された。イギリスでは、 その法律によって二〇一〇年から一年間で起訴された件数は十一件となっている。浦和レッズの問題についても、日本にそういう法律がないから困ったものだというサッカー関係者もいる。

 浦和レッズの「ジャパニーズ・オンリー」の横断幕問題は、多くのマスコミが写真を掲載し、サッカー界の厳正な対処もあったこと から、これは差別だという認識が広がりつつある。しかし、実はジャパニーズ・オンリー問題は今回にとどまらない。たとえば、一九九九年に小樽で外国人が銭湯に入ろうとしたら、外国人お断りだといって排除されている。この日本社会では「外国人お断り」「ジャパニーズ・オンリー」という差別掲示はずっと続いてきたのだ。私が最近確認しただけでも、「ジャパニーズ・オンリー」を掲げたスナックなどの飲食店は、北海道、青森、秋田、埼玉、東京、群馬、静岡、名古屋、山梨、京都、岡山、広島、福岡、沖縄にも存在する。
 
 国連・自由権規約委員会は二〇一三年十月に日本政府に対してこう問うている。「特定の集団を標的とした憎悪や差別を扇動する声明やスピーチへの対処のため に締約国がとった措置、この場合の締約国である日本がとった措置及び人種的優越性プロパガンダの流布や『日本人のみ』といったビジネス指定及び部落民の否定的な固定観念に対処するために日本政府が行った努力について情報提供を願いたい」。
 
 日本人に限るとした商業上の表示、つまり「ジャパニーズ・オンリー」の表示をしていること自体が問題であり、それに対して行われた努力について情報を提供せよという質問だ。外務省にどのような回答をするか聞くと「法務省における例えば人権擁護機関の取組といった啓蒙活動の点、また厚労省によります雇用の観点からの取組、あるいはまた文科省における教育学校現場での教育の観点といった取組について回答をする」というものだった。ここでも「啓蒙」「雇用」「教 育」と一般論に終始している。中身が何もない誠意なき答弁だ。
 
 法務省人権擁護局にも「ジャパニーズ・オンリー」をふくめて外国人差別に対してどのように把握しているかを問い質したところ、あきれた回答が戻ってきた。 「網羅的に把握しているわけではございませんが、人権相談などを取り扱う中におきまして、今申し上げたような掲示に関するものを含めて、国内の人権状況の 把握に努めている」。実際には調査も行われていないのが現実である。
 
 さらに「ジャパニーズ・オンリー」、「日本人のみ」という差別掲示は、民事、刑事において合法なのかと法務省に確認してみた。「外国人の方が実際に入店を拒否されるなどの差別的な取扱いを受けた旨の被害の申告を受けたような場合には、人権侵犯事件として所要の調査を行い、事案に応じた適切な措置をとる」と いう。「ジャパニーズ・オンリー」という掲示があっても、それは法に問われないのだ。
 
 こんなケースがある。東京都内の焼き鳥屋に外国人が入って、座って注文しようとしても誰も注文を取りに来ない。「注文お願いします」と外国人が言ったとこ ろ「外国人はお断りだ」と言われたという。法務省のいうところの個別事例なら、民事で訴えれば過去の判例からいって問題になる。掲示があっても法に問われない。しかし個別に問題があり民事で訴えれば法に問われる。これは法の欠陥ではないか。人権擁護局に訴えても、法務省が取れる措置に強制力はない。法務省 の答弁では「被害の申告を受けるなどした場合に、人権侵犯事件として調査を開始し、関係者の事情聴取を行い、資料を入手するなどして、その結果に基づいて、事案に応じて、被害者等に対する援助、被害者等と相手方との関係の調整のほか、人権侵犯に当たる事実が認められる場合には相手方等に反省を促す説示や 勧告などの措置を講じておりまして、それらには強制力はございません」と答弁があった。説示、勧告であり強制力はない。
 
 法務省が把握している人権侵犯事件について、外国人差別件数の過去五年間の推移と典型的な事例をきいたところ、平成二十一年から九十九件、八十件、六十九 件、九十六件、六十九件であり、理容店の案件はあるけれども、入浴拒否については確認できていないとのことだった。一九九九年に北海道の小樽で問題になった小樽入浴拒否訴訟について聞いたところ、法務省より以下の答弁があった。
 
 「お尋ねの事案は、公衆浴場を経営する事業者が外国人の入浴を一律に拒否するという経営方針の下で外国国籍を有する方とか日本に帰化した方の入浴を拒否したということにつきまして、これらの方々が当該事業者などに対して損害賠償を求めた事例であると承知しておりますが、札幌地方裁判所は、外国人一律入浴拒否の方法によってなされた本件入浴拒否は、不合理な差別であって、社会的に許容し得る限度を超えているものといえるから、違法であって不法行為に当たると 判示いたしまして、当該事業者に対して損害賠償を命じたものと承知しております。」
 
 公衆浴場の入浴拒否はいまも続いている。見た目で外国人と分かる者が入浴を拒否され、差別だとして裁判にもなって問題になっている。おかしなことに、中国人の奥さんが彼らと一緒に入浴したときは、中国人は拒否されていない。この人は中国人だけど入れるのかと訊ねたら、外国人だから駄目ですと答える。ハーフ でも、見た目が日本人の子供さんは入れるが、そうでない人は駄目だというような馬鹿な話がずっとあった。小樽で入浴を拒否された人物はアメリカ人で日本に帰化していた。こうした差別の土壌がいまだに日本に広がったままなのである。
 
 差別問題は、まず偏見が植え付けられ、さらに差別へと続く。ヘイトスピーチ(差別扇動)のような行動からヘイトクライム、差別犯罪へと進んでいく。関東大 震災時の朝鮮人、中国人虐殺やルワンダの例を見ても分かるように、それがジェノサイドにまで行く。だからこそ差別の土壌を深く掘り起こし、差別をなくして いかなければいけない。その基本は「差別される側」に立つことだ。
 
 二〇〇九年に京都朝鮮第一初級学校が襲撃され、京都地裁で判決が出て、在特会らの暴力が差別だと認定された。千二百万円相当の損害賠償を払えとも命じられた。七月八日の大阪高裁でも一審判決が維持された。人種差別撤廃条約も根拠とする判決は画期的なものである。しかしことは安心してはいられない。ヘイトス ピーチ(差別扇動)だけではなくてヘイトクライム(犯罪)が起きているからである。二〇一四年一月二十二日、午後零時十五分頃、神戸朝鮮高級学校の校舎内に男が侵入し、同校教員に対して所持していた鉄の棒で殴ってけがを負わせ、同教員に現行犯逮捕されるという事件が起きている。校舎内に侵入した男が、三階に上がって、対応した教師に対して「おまえ朝鮮人だろう」と叫んでからの犯行である。
 
 さらに二月二日、JR川崎駅京浜東北線ホーム上において、通行人に対して所携する模造刀剣類で切り付け傷害を負わせる事件があった。被疑者は事件を起こす 前、ザイトク界隈(注、私は在特会につらなる集団をこう呼んでいる)の右派系市民グループが川崎市内で開催したデモに参加していた。被害者は「川崎差別デモ許すな」などと記載されたビラをJR川崎駅周辺においてたまたま受け取った後、同駅のホームに向かい、ゴミ箱に棄てようとしたところで「お前は日本人 か」と叫ぶ被疑者に切り付けられた。神奈川県警察の捜査により、三月三日、被疑者は逮捕されている。ヘイトクライムはすでに日本で起きているのだ。裁判の結果、この男には執行猶予付きの有罪判決が下されている。付言しておけば、この人物はデモに参加したときから模造刀を手にしていた。警備の警察官がそれを目撃していることは、記録された写真でも明らかである。
 
 差別扇動デモの現場にいると、差別を扇動する集団が多数の警察官に守られていることがよくわかる。抗議するカウンター勢力を厳しく規制し、差別集団を守るという倒錯である。それだけではない。神戸では公安担当の警察官が差別デモに反対する人物に任意同行を求めることもあった。「任意同行を拒否すれば逮捕する」というのだから末端権力の横暴である。そこで聞かれたことは抗議行動に参加している人物の名前や経歴などの情報だったという。この事実を知った私は所轄署の担当課長に電話をして抗議をした。この課長の態度がひどいものだった。「あーん」といった小馬鹿にした口調なのだ。大阪府警、京都府警、兵庫県警須磨署、北海道札幌署などは全国の警察組織のなかでも差別集団にシンパシーを覚えているとしかみえないのである。
 
 日本はこうして憂慮すべき社会に大きく変異しつつある。この差別問題を今後どう解決していけばいいのか。国会議員として、日本社会として具体的に考え行動していかなければいけない。当局は最近の右派系市民運動、在日特権を許さない市民の会、いわゆる在特会をはじめとする右派系市民団体の動向をどのように 把握しているのか。法務委員会で公安調査庁に確認したところ、「排外主義的な主張を掲げて活動しておりますグループに関しましては、いわゆるコリアンタウンの周辺などでヘイトスピーチとして問題視されるような言動を伴う活動を展開しておりまして、種々の社会的問題を引き起こしていることは承知をしております。関心を持って見ているところでございます。公安調査庁といたしましては、引き続きこうしたグループの動向を注視してまいりたいと考えております。」と 答弁した。「注視」はしてもそれ以上のことは言わないし、行わない。一般論のおざなりな認識なのである。ならば現場を基本にした世論と行動で現実を動かし ていこうではないか。
 
 日本は一九九五年に人種差別撤廃条約に加入をしており、その人種差別撤廃条約に基づいて国際的な人権基準に日本が一刻も早く到達しなければならない。ヘイ トスピーチ、差別扇動発言についても、表現の自由を守るためにこそヘイトスピーチを規制しなければならない。私たち国会議員は差別排外デモに反対する院内 集会を二〇一三年に三回開催し、「ヘイトスピーチ研究会」も行ってきた。そこでの議論で議員連盟を作ろうという声があがった。そして二〇一四年四月二十三日に「人種差別撤廃基本法を求める議員連盟」を超党派の議員で結成した。すでに法案の素案は完成し、法制局とのすり合わせも終わっている。
 
 基本法の制定は時代の現実からの要請である。たとえば行政はザイトク界隈の集会やデモを認める場合でも逡巡がある。新宿区は在特会などがデモ出発地点の公園を借りるとき、そこで演説をしないという約束をいつも破っているのを知っていながら、貸し出しを認めている。担当者が面倒なことは避けるというケースである。典型的な「ことなかれ主義」である。山形県の生涯学習センターは、在特会の会場使用を断固として拒否した。暴力事件を引き起こしている団体であり、 図書館も併設される建物では、お年寄りや子供たちもいるので、危険だという理由だった。在特会は反発したが、行政の確固たる対応は揺るぐことがなかった。 そうした現場からは「何か法律があれば助かる」といった声が起きている。
 
世論の高揚と持続する抗議運動によって、行政からも現状を憂慮する発言が増えはじめている。たとえばヘイトクライムが起きた川崎では、市長が記者会見で批判の見解を繰り返している。千葉市長もまた同じである。ヘイトスピーチに直接に対応するのは地方自治の現場である。多くの公務員は差別発言や行動がいいとは思っていない。だが規制できる明確な手だてがないというのだ。私からすればたとえ訴えられたとしても毅然と対処せよと思う。しかし残念ながら「お役所仕事」は責任を最大限に回避するように機能する。ならばまず何が必要なのか。「ヘイトスピーチ研究会」に集った国会議員で話し合ってきた。そこで達した当面の結論が「人種差別撤廃基本法」であった。
 
 超党派の議連で準備してきたのは、人種差別撤廃条約を日本で具体化していくための指針(ガイドライン)となる理念法である。東京オリンピック・パラリン ピックが開かれる日本でヘイトスピーチやヘイトクライムが日常風景になったままでいいはずがない。行政が差別扇動問題に取り組みやすい状況を作り出すためだけではない。私たちが取り組むのは歴史的課題である。たとえば在日韓国・朝鮮人に対する差別は日本近代の宿痾でもある。「日本人の朝鮮観」は、一八七六年に結ばれた日朝修好条規で、日本人が釜山に上陸して以来形作られてきたものである。つまりヘイトスピーチの土壌を掘り崩す課題とは、日本近代が百年以上にわたって積み重ねてきた歪んだ意識を改革する壮大な仕事の一環なのだ。私たちは人種差別撤廃基本法案(仮称)の通常国会提出をめざして進んでいく。
           (筆者は参議院議員)


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