落穂拾記(38)

若者よ 「島根」で学ぼう

羽原 清雅


 島根県の9つの中山間地、島部の高等学校が集まって、来年度からの新入生公募のキャンペーンの催しが9月末に、東京駅近くの会場で開かれた。
 これまでも、各地での「定住」呼びかけの会場などで学校も参加してきたことがあったが、学校が集結して企画したのは初めてで、各道県を通じて初めての試みではないか、という。

 会場には、中学生や保護者たちが200人近く参加、高校ごとに各校の魅力、環境、宿舎、授業内容などをビデオやパンフをもとに、校長先生、若い先生、コーディネーター、あるいは町村の職員といった人たちが熱い思いを感じさせながら説明していた。
 当事者である高校は、いずれも過疎化が止まらず、このままなら統廃合に追い込まれるとあって、必死である。いまでも、生徒たちは定員の5〜8割しか集まらず、地元周辺だけではとても確保できない、という事情がある。
 ただでさえ、少子化、高齢化、過疎化が進み、そのひずみが全国でもとくに大きな地方である。若者が郷土に居着いてくれなければ、この島や山間部では産業壊滅、集落崩壊の危機が予想されている。だから、地元では町村ぐるみの真剣な取り組みになる。

 松江沖の隠岐3島は島前、島後に分かれるが、ここの隠岐島前(どうぜん)高校は、一時28人しかいなかった入学生が今春には59人に増え、全校生は156人となり、8年ぶりに各学年2クラスになった。島外生71人、県外生59人という。この会場でも、同校の説明を聞く中学生らが最も多く、こうした努力が実り始めている。
 また、統廃合がうわさされかねない津和野高校では、県外からの入学が増えて今春、定員80人に68人が入学した。まだ定員に届かないが、それでも前年度に比べると23%増の努力値である。

 大都会で育った子どもたちは、便利になじみ、物品に恵まれ、豊かさを謳歌しているようだが、一方で情報や誘惑も多く、なにを求めていいか、自分の本当の進む道はなにか、などがわからないままに、個性を押し潰していることも少なくない。東京都内の中高生は半数以上が塾に通うというが、学力が高まればいいが、ここでドロップアウトするケースも少なくなく、人生を狂わしかねない。学力は、勉強の方法次第で伸びるが、学校は必ずしもその方法論を指導していない。低い学力に悩む場合、むしろ少数のクラス、マンツーマン的な授業でじっくり学び直した方がいい。
 都会人は、人として小さく整い、競争には強くても、相手の気持ちを読み、協同する訓練が乏しいこともある。人工的な科学技術で動く社会では、自然環境や動物、昆虫、魚類や植物などの生態に触れることが少なく、情緒面が十分に育たないケースもある。

 しかし、地方にはそうした自然の環境が待ち受け、多くの感動をもたらしてくれるだろう。少人数の学校は先生との会話、仲間との触れ合い、地域社会そのものに接する機会とその被サポート体験など、生涯経験することのないような感慨を持てるに違いない。授業はいやおうなく少数個人型、かつ協力作業型になる。
時間やルールなど規則正しい寄宿舎生活は、生きるリズムを作りかえるだろう。繁華街などもなく、遊ぶ時間がなくなるので、勉強やスポーツ、生徒会活動に打ち込める。テレビタイムが抑えられれば、本もじっくり読めるだろう。人付き合いの苦手な若者は、寄宿舎や狭い地域、また各地からやって来る仲間たちと否応なくなじむ機会ができる。
 いわば、若いうちに人生の幅が広がることになる。

 問題は、保護者の気持ちではなく、なによりもいろいろ選択校の情報を得たうえで本人のチャレンジする思いだろう。さらに家族との離別、寄宿舎などの経済負担、遠隔地の不便、それに進学・就職の進路問題などがあるだろう。

 少し各高校の実態を紹介しておこう。
 まず、経費。これは都会の公立高校よりは全体に安いのではあるまいか。津和野高校の場合、入学時に入学金、教科書、学生服、体育着など8万円ほど、PTA、生徒会費などの諸経費13万円、授業料は所得により減免される。島根中央高校(川本町)は、入学時納入が3万3000円程度、教科書、副教材、制服、体育着などの購入費11万7000円、ほかに納入金が年間9万5000円ほど。奨学金制度も、公民ともに各種あるので、調べてみるといい。
 寄宿舎(2〜4人)の経費はどうか。入寮時の5、6000円などをとるところは別枠として、3食と光熱費などの寮費は2万7000〜4万2000円程度。吉賀高校は寮費(個室)3万8000円、食費2万7000円とやや割高だが、町が補助を検討中だという。土日とか長期休暇中は休止とか、別料金などのケースもある。

 地元の気遣いがわかるのは、たとえば津和野町は同校に東京から招いた二人のコーディネーターを派遣して、教師と生徒の潤滑油、兼相談相手やPR要員などとして多様な活動を進めている。同校内には町営の英語塾が置かれて週5日、放課後に大学院卒業の先生が指導する。飯南高校では、町営の学習支援館を設けて、週3回、月5000円で学習支援に取り組む。島根中央高校は、勉強合宿を試みる。隠岐島前高校は海士(あま)など3町村の支援を受けて「隠岐國学習センター」とリンクして週3回程度の授業をする。授業外のやさしいサポートが好評である。
 こうした授業外の取り組みは、カリキュラム通りの授業にしっかりとついていけない子どもたちに、希望の道を取り戻させることになり、先生のOBなどを活用して、もっともっと拡充したいところだ。都会中心の塾は概して、優秀な子どもの進学に重点を置くが、じつは小中高と徐々に後れを取り、結果的に意欲を失う子どもたちがかなり多く、教育界ではむしろこの対応策が必要になっている。
ほかに、島根中央、飯南高校など、辺鄙な交通網を救うために、スクールバスを運行したり、交通費の補助をしたりしているところもある。隠岐島前高校では、帰省時の交通費を補助している。

 生徒会活動も、都会にはない広いスペースや土地柄を生かして、少人数ながら頑張っている。インターハイなど全国、あるいは県内でも優れた成績を残して、体力とともにチームワークなどの経験にも役立っている。津和野高校では、かつて甲子園に出たときのような勢いはないが野球で頑張り、藩時代からの弓道、あるいは合唱などに力が入る。横田高校はホッケーに強く、剣道も盛ん。島根中央高校は江の川の地の利を生かしてカヌーに挑む。都会ではチャンスに恵まれないようないい初体験ができそうだ。
 広島県境に近い矢上高校(邑南町)では、農業に力を入れて動物飼育、植物栽培、そして工業部門では機械、金属、測量など、日常の体験を楽しみながら職域に生かせる技能に挑戦する。
 隠岐島には3校あるが、隠岐の島町の隠岐高校は世界登録されたジオパークについて地形、生態系、文化、地域活性化などの研究に余念がない。簿記、ワープロ、情報処理なども全国レベルに挑戦できる。近くの隠岐水産高校は創立1世紀を超す実力校。敷地内の海では3、4キロの真鯛やチヌが釣れるそうだ。海が相手なので、危険防止のため規律は厳しいが、集団生活で強い友情が育つ。そして、人気の隠岐島前高校は隣島の海士町にあるが、レスリングなどに力を入れ、活気づいている。

 進学は、地元の島根大学をはじめ国公立大、私大に入る生徒も多く、高専にも進学する。全般に、就職よりも進学のほうが多いようで、農業などを重視する矢上、横田高校などでも同じ傾向にある。
 これは地元に仕事がない、ということからくるもので、やっと政治課題になった「地方創生」の手が、いつの日にか届くものかどうか、政府に期待するよりも自治体の企画と苦労を待ったほうが早いように思える。
 だが、実業の習得が日課の隠岐水産高校は就職100%。機関士、航海士、船舶操縦士をはじめ漁業後継、冷凍食品や缶詰関係、栽培漁業など職域は多様だ。ここでは、目標のない大学進学よりも、技能職で腕を磨く進路のほうが謳歌されている感じだ。

 このような状況で、都会の子どもたちの地方留学もいいものだ。いちど中学生のいる家庭では、考えてみるのもいいだろう。
 ノーベル物理学賞受賞の中村修二カリフォルニア大学教授は、受賞にあたり、愛媛の地元の高校を出て徳島大に学び、徳島の小さい会社に入ったあと、アメリカに来たが、意欲をもってやってきたことがよかった、と語っていた。一地方にいても、努力次第、ということだった。都会に惑わされず、なにかに集中する。それは、島根の静かな環境で、なにかに打ち込む、ということでもあるだろう。

 じつは、津和野町に母方の古い墓があることから、津和野高校の宮本善行校長先生からの紹介があり、この会合に出かけてみたところ、魅せられたものである。
今後のアピールが広がり、成果が島根の各校にも都市部の子どもたちにも、双方に及ぶことを期待したい。

 (筆者は新宿区教育委員長・元朝日新聞政治部長)


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