【コラム】海外論潮短評(105)

萎れる赤いバラ
— 退潮著しいヨーロッパの社会民主主義 —

初岡 昌一郎


 ロンドンの週刊誌『エコノミスト』は4月2日号の「ブリーフィング」欄で最近の社会民主主義政党の著しい退潮ぶりを解説している。この雑誌はもともと社会民主主義には批判的な立場であるが、この論文はギリシャ、マルタなどの現地通信員のレポートをもとに編集部がまとめたもので、イデオロギー的な批判を目的としたものではないので興味を惹いた。社会民主主義が21世紀に入ってからの凋落した原因についての指摘には、特に耳を傾ける価値のあるものがあると考える。例証的エピソードはリード部分以外ほとんど割愛するが、論旨概要を以下に紹介する。

◆◆ ヨーロッパ全土における中道左派の急落

 アテネの外港、ピレウスのドックと倉庫を一望できる組合事務所で、港湾労組ギオルゴス・ゴゴス組合長は「PASOK(社会民主主義政党)は消滅した。もはや将来はわからない」と考えている。長年にわたりPASOKは着実に45%前後を獲得していた。

 経済危機により、彼らはEU諸機関の押し付けた「ピレウス港コンテナ・ターミナルの民営化」を受け入れた。失望した港湾労働者はこの党を見離し、支持は極左と極右に分解した。その結果、2015年選挙で社民票はわずか4%へと失墜した。ギリシャの経済的政治的混迷は前代未聞だが、ゴゴスは「ギリシャは欧州の最先を歩んでいる」という。単なるジョークには聞こえない。

 ヨーロッパの左翼を研究する学者たちは「ヨーロッパ中道左派のPASOK化」を論じている。社会民主主義政党に対する支持はかつてない規模で崩壊している。今世紀初めにはスコットランドからリトアニアまで、保守の支配する国を通ることなくドライブできた。フェリーを利用して北欧を回っても同様であった。社会民主主義者がEU委員会を牛耳り、欧州議会でも多数派を目指していた。

 しかし、最近の各国と欧州規模での選挙においてその得票率は3分の1も低下した。これほどの激減は過去70年間に見られなかった。昨年、EU5ヵ国で総選挙があったが、社民党はデンマークで政権を失い、フィンランド、スペイン、ポーランドで最悪の結果に終わり、イギリスでもそれに近い結果に終わった。

 他の国ではまだ政権の座についている党がある。ドイツとオランダでは目下の連立与党にとどまっているが、人気はなく、イデオロギー的政策的に曖昧だ。スウェーデン、ポルトガル、オーストリアではかつて揺るぎのない政権党だったが、今は不安定な連立政権を主導している。フランスのフランソア・オランド大統領は不人気度を更新し続けており、次回大統領選挙ではこの党が決選投票に残れないとみられている。イタリアのダイナミックなマテオ・レンツィ首相は健闘しているが、その左翼民主党は支持を失いつつある。それを吸収して伸びているのが、反体制派的政党「五つ星運動」である。ロンドン、アムステルダム、カタロニア、スコットランドなど、以前拠点であった都市・地域が、中道左派の手中から失われた。

 これらの失われた票は、特徴的に見れば、北部欧州では反移民の右翼に、南部欧州では反市場主義の左翼に流れた。それ以外の左派政党(フェミニズム、グリーンなど)、リベラル派や中道右派も漁夫の利を得た。ヨーロッパの中道左派は1980年代後半と1990年代初めから凋落し始めていた。その前後には、トニー・ブレアやゲルハルト・シュレーダーの「第三の道」で人気を回復したこともあった。第三の道は、伝統的な労働市場政策や公共部門重視を犠牲にしながら、中道寄りの減税・成長政策を採ってきたことで一時的に持て囃された。だが、これが伝統的な支持層離反の引き金となった。

 2000年代後半の経済・財政危機にたいし、これらの中道左派政権党は経費削減・緊縮政策で対応した為に、右派の政策と区別できなくなり支持を失った。同時期に、右派政党(特に、ドイツ、イギリス、北欧)のほうが「第三の道」のお株を奪って、労働優先福祉プログラム、学制改革、最低賃金引き上げなどを選んだ。

◆◆ 吹き荒れた逆風

 ユーロ危機が事態を悪化させた。北部ヨーロッパでは、緊縮緩和策は浪費的な南部諸国を救済するために納税者の金をばら撒くもの、と多くの有権者に受け止められた。その結果、左派的なオプションは著しく制約された。フランスのオランド大統領は特に窮境に陥った。2012年の選挙で「変革の時」をスローガンに、緊縮政策を転換、経済の再浮揚を公約した。しかし、対富裕層所得税率の最高75%への引き上げはすぐに放棄され、支出削減に転じた。そのうえ、景気浮揚のためとして事業税をカットしたので、予算の削減を図らざるを得なかった。他のユーロ圏諸国でも、以前はそれほど大きな問題でなかった財政赤字の限界を真剣に考慮するように迫られた。

 このような状況変化だけでは、欧州規模で中道左派が衰退している深刻さを十分に説明できない。中道左派没落の主要因としては、過去の成功のツケ、経済の構造的変化、共産主義の恐怖の消滅、伝統的な階級集団の衰退の4つが挙げられる。

 まず成功のツケから検討する。穏歩前進主義的な左翼政党の多くの目標は、議会主義的な改革に賛成する社会主義者が結集した、1889年の第二インターにさかのぼる歴史を持っている。彼らの提唱した、全国民対象に提供すべき公共サービスと所得再分配に関してはかつて是非の論議があったものの、現代では広く受容されており、ライバル関係にある左右党派も濃淡の差はあるが、これを採り入れている。

 第二に、欧州経済の変化は中道左派の主張する連帯主義的解決の政策効果を減少させている。輸送はスピードアップが進み、安価となり、コンテナ化された。資本は移動し、貿易が多大な影響を及ぼす。オートメーションは高度化するだけでなく、かなりの仕事を全く消滅させた。組合に組織されていた産業である鉄鋼、炭鉱などが完全に斜陽化し、経済は工業からサービス産業へ、国営から民間部門にウエイトがシフトした。

 1989年に「鉄のカーテン」が閉幕し、その後東欧がEUに統合されたことが、安い豊富な労働力という新たな手段を提供した。それまでは、共産主義の脅威が労使、そして中道左派と中道右派を運命共同体として協力させていた。この重しが外れたた。また、ファシズムにたいする反省が左右両派の中道的協力を促進する契機であったが、新世代にとってこの歴史が疎遠になったことが、諸政党を異なる方向に押しやることになっている。これが第三の要因。

 最後に、変化はすべての政党に影響を与えているが、右派よりも共通の文化的価値観による結びつきの強かった左派を戸惑わせた。中道左派は労働者階級と中間層の大きな部分に混合経済の有用性と共通のニーズについて説得してきた。今日では利害の多様化、重工業の衰退、高度技能・専門知識をもつホワイトカラー層の台頭などが、この基盤を掘り崩している。

◆◆ 受け身に回った社会民主主義 — 革新よりも擁護の姿勢

 社会民主主義者は受け身になり、その主張がはっきりしなくなっている。新しい前進よりも、過去の成果の擁護に回っている。イギリスの歴史家トニー・ジャッドが嘆くように「普遍的な価値の名において破壊し、革新するという近代的な野心(アンビション)を継承しているのは右翼である」

 有権者が社会民主主義に魅力を感じる点はまだ十分にある。ところが、それらの点はむしろ右派やハードな左派に奪われている。メルケル首相は年金資格の拡大、最低賃金の引き上げ、環境保護主義的な政策を提唱している。社会民主主義的なスピリットの一部は、イタリアの五つ星運動や、スペインのリベラル新政党「シユウダダノス」にとられている。様々な政派が中道左派の歴史的なテリトリーを侵食している。

◆◆ 社会民主主義の再興は時流に乗るよりも、新潮流の創出がカギ

 現在の軌道にとどまる限り、社会民主主義政党は今日のリベラル派やグリーン派の政党のように、政権主流の政党ではなくなり、周辺的な影響力を行使する政治勢力になってしまいそうだ。だが、依然として政権を担当し、しかも人気が落ちない党もある。彼らの成功は、3つの教訓を与えている。

 第一に、政権獲得は目的ではなく、政権獲得が革新の始まりではない。社会民主主義政党が全国的な勝利を獲得しようとするのであれば、都市や地方の政治行政で革新的な政策とプラグマティズムのミックスを磨く必要がある。市長や地方首長経験者の中から、最も有能な指導者を輩出しているのには理由がある。ますますグローバル化するマンチェスターでダイナミックな労働党指導部が信任を得ているし、ハンブルグのSPD(社民党)は低所得層と中所得層の固い支持の上で弾力的な政治を行っている。

 第二に、自分の党の枠を超えて、国民に好かれ、人気のある指導者を有することが大きな政治的財産である。ヨーロッパでもっとも高い人気と信任を受けている政治家に、フランス社会党の経済相エマニュエル・ジャスティンや、マルタ労働党首相ジョセフ・マスカットが挙げられる。かつては、トニー・ブレアやゲルハルト・シュレーダーがいた。

 第三に、ヨーロッパの社会民主主義政党は北米の経験を学ぶべきである。彼らは、広い多重・多面的かつ多元的な連合と協力を構築してオバマを2回にわたって大統領に押し上げた。カナダでもそうした連合勢力が幅広い中道的政治の基盤を形成している。その連合は、人種的マイノリティ、不安定な雇用のサービス労働者、都市のリベラル、中間階級の親たちを産業労働者と結びつけている。

 多元的な有権者に、社会民主主義政党こそがその利益に最もかなう政策を採ることを納得させるためには、目に見える結果が大事だ。マクロン経済相は、年金や社会保障上に権利など個人の権利を失うことなく移動させる「ポータブル制度」を提案しているが、これは雇用流動性の高まる現代のニーズに合ったものである。北欧諸国は子どもや高齢者のケアで優れた制度と手法を持っている。こうしたアイデアと政策が、左右のポピュリスト派に打ち勝つ力を社会民主主義政党に与えている。

 おそらく、最も注目すべきひな型が地中海の小国マルタに見いだされる。マルタ労働党は労働者に固く支持されていたが、中間層を獲得できず、15年間野党になっていた。2008年にマスカットが党首に就任してから悲観論を克服し、党を退潮から引き揚げた。社会的流動性と教育を中心課題に据え、女性の社会進出を促進した。2013年に労働党は地滑り的な大勝利を収め、今日でも高い支持率を保っている。マスカットは「我々が代表するのはよい暮らしをしているものではなく、良い暮らしをしようと望んでいるものである」と述べている。マルタは小国ではあるが、競争力のある経済を有している。小国が前進のために良き模範を世界に示すことは少なくない。

 ヨーロッパの社会民主主義者が闘いを継続したいと望むのであれば、価値観が多様化し、情緒的に政治的支持を固定化しなくなっている有権者をとらえなければならない。伝統的な領域を侵食している他政党との競争に打ち勝つことのできる、明確な主張と存在感、信頼性、説得力が必要だ。社会民主主義はもはや時代の潮流に後押しされておらず、自らが潮流を創出すべき時代に入っている。

◆ コメント ◆

 もう30年も昔のことであるが、マルタ労働総同盟に招かれて東地中海に位置するこの島を訪問したことを思い出した。その当時は、労働党政権であった。基幹産業の造船・港湾業はロシアと北アフリカを良い得意先としており、大国と競争するよりも、その地理的な位置と小国の利点を生かし、ニッチに特化しようとしていた。恒久的に水不足のこの島では、生活用水を確保するために海水の淡水化を行っていた。労働党政府はその高いコストをビール会社に負担させ、ビール醸造・販売と水供給をセットでのみ認可しているのを見て、その知恵に感心した。小国シンガポールが経済・金融の成功で世界の注目を集めたように、マルタが社会政策・労働経済での工夫によって関心を集めるはうなずける。

 「恵まれ人たちではなく、恵まれた生活を望んでいる人たちを代表する」というマスカット首相のメッセージはアピール力を持っている。しかし、今後社会民主主義者が問題とすべきは「豊かさ」の意味であろう。GNPやGDPで計測される「豊かさ」の問題点は、環境と資源の限界によりますます明白となっている。人間生活の豊かさは「所得と消費の量」ではなく、「生活の質」と「調和のとれた社会と人間関係」で評価されるべきであろう。その方向で価値観と政策の転換を図ること以外に、社会民主主義の将来展望は見えないだろう。

 これまで社会民主主義は経済成長の中で成果をより公平に分配することを中心的な主張としてきたが、その拠点である先進国で経済成長が望めず、グローバルに不公平が拡大する世界で、存在感を失いつつある。伝統的通説的な経済成長主義から抜け出し、人道主義的環境主義的な新しい価値観に基づく「アイデンティティ・ポリティクス」が必要ではないか。

 (筆者は姫路獨協大学名誉教授・オルタ編集委員)


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