【オルタの視点】

見えてきた「アメリカ後」の世界
―「過去の国」になっていく「安倍・日本」―

久保 孝雄


 ― 戦前の日本は実に独善的で手前本位で浅墓だった・・・世界史の中の日本という広い視野でものを見ることがほとんどなかった(半藤一利『世界史としての日本史』あとがき)

◆◆ 1.トランプ・ショックの背景 ― 内外で壊れ始めた「帝国アメリカ」

 史上最低といわれたアメリカ大統領選挙で、激しい接戦を制して共和党のトランプ候補が勝った(票数ではクリントンの勝ち)。アメリカはじめ西側のマスメディアが総力を挙げてクリントン候補に肩入れし、トランプ候補を激しく叩き続けたにもかかわらず、西側主要メディアとこれを牛耳るアメリカ支配層(巨大金融資本、軍産複合体、1%の富裕層、超エリート層などのエスタブリッシュメント)は手痛い敗北を喫した。

 「<世界が壊れていく><予見不可能>― 9日未明、トランプ大統領の誕生が現実となると、世界に衝撃が走った。米国民が今の政治システムの破壊を選んだ<トランプ・ショック>。有権者の怒りや不満が、これまでの国際秩序を揺るがしかねない」(朝日、16.11.10)との声が西側メディアから一斉に起こった。「旧ソ連の崩壊に匹敵するほどの事件・・・パックス・アメリカーナに終止符を打つもの」(イアン・ブレマー、米国の国際政治学者、日経、16.11.11)、との声もあった。中には「(米国民は)自爆テロ犯を自分たちの政府に送り込んだのと同じだ」(英FT紙、日経16.11.10)とするものもあった。

★ トランプ当選で深まる国内の分断と対立

 トランプの当選、上下両院での共和党の多数派獲得で、アメリカ政治は共和党主導で安定に向かうはずだが、現実は逆で、「トランプ・ショック」で却ってアメリカ社会の分断と対立が深まっている。選挙後、トランプ大統領に反対するデモや集会が全米主要都市に広がった。デモには若者、黒人、ヒスパニックが目立った。とくに人口最多のカリフォルニア州(人口3,700万人、大統領選挙人55人)では「トランプはわれわれの大統領ではない」「アメリカから出ていこう」とのスローガンを掲げた大規模デモが各地で起こり、ロス市では多数の逮捕者が出た。オレゴン州やカリフォルニア州では「独立」を目指す運動をはじめたグループもある。

 トランプ潰しは選挙後も続いている。オバマ大統領までが偽情報の多いCIA報告を基に「トランプ勝利はプーチンが関与したロシアのサイバー攻撃で誘導されたもの」と非難し、外交断絶に近い制裁措置を発動した。プーチンは「敗因を他者に求めるのは敗者自らを貶める」と一蹴し、対抗措置を留保して新大統領待ちの姿勢を見せた(東京16.12.31など。米国の外交専門家ラスムセンは「(プーチン大統領は)はるかに優れた外交的対応をして再び米国に勝った」と述べた。リア・ノーボスチ、16.12.31)。米国情報機関の統括組織(ODNI)も「CIAが主張するロシア・ハッキング説を支持しない」とコメントしていた( Money Voice 16.12.18 )が、最近ロシア介入説に転じた。オバマは退任寸前までトランプ妨害へ異例の権限行使を行っており、既成支配層の反トランプの執念の強さを浮き彫りにしている。

 著名な評論家デビット・ブルークスもNYT紙に次のように書いていた。「この男は多分一年以内に辞任するか、弾劾されるだろう」(孫崎享ブログ、16.11.12)。「タカ派と富豪」の閣僚をそろえたトランプ政権が1月20日に発足するが、アメリカの政治と社会は、安定とは程遠い混迷の様相を呈している。

 今度のトランプ・ショックは、2つのことを明らかにした。1つは、アメリカ社会の抱える重い病によって「帝国アメリカ」が内部から壊れ始めていること、2つには、これが重い足かせとなって世界覇権を維持することが困難になり、新興国の台頭による覇権解体の危機を防ぎきれなくなっていることだ。

 今回の大統領選は、候補者同士が互いに誹謗、中傷しあう史上もっとも醜い選挙といわれたように、ヴィジョン論争や政策論争が低調だった。トランプが「アメリカを再び偉大な国に」と呼びかけると、クリントンが「アメリカはすでに偉大だ」と切り返す空疎な「掛け合い」が印象的だった。これはアメリカが今深刻なアイデンティティー・クライシスに陥っており、世界認識や世界における自らの位置づけについて、両候補とも明確な戦略的思考が欠けていることを表していた。

★ アメリカが直面する3つの選択肢

 イアン・ブレマー(前出)は大統領選挙を意識して書いたと思われる著書(『スーパー・パワー』奥村準訳、日経出版、2015、オルタ昨年1月号の拙論でも紹介)で、アメリカが直面する3つの戦略的選択肢を提起していた。神保謙・慶応大准教授の「解説」(本書263頁)によれば、第1の選択肢は「国内回帰」。米国が世界のすべての問題に責任を負うことから独立し、米国自身の安全を担保することに注力し、インフラ、教育、医療、産業への投資とイノベーションを促進し、世界の模範となることを目指すべきだ。ただし、これは孤立主義と結びつきやすく、米国の関与で支えられていた秩序を弛緩させる可能性が高い。

 第2の選択肢は「限定関与」。旧来のイデオロギー外交を排し、実用主義の観点から少ない投資で利益を最大化することを目指す。同盟国や友好国の役割を増やし、米国は間接的なアプローチを重視する。こうして米国が「普通の国」になると、国際秩序を形成する力を失い、新興国が形成する秩序への対応を迫られるようになる。

 第3の選択肢は「積極関与」。米国は自由で開かれた秩序を守る責任があり、同盟国や友好国を防衛する必要がある。しかし、世界のパワーバランスの変化は、米国に「積極関与」の余地をあたえず、米国の影響力を弱体化させている。米国がこれまでのような超大国としての規範的役割を、2020年代の世界で担うことはもはや難しい。(以上要約引用)

 そこでブレマーは、第1の選択肢「国内回帰」こそが、米国の対外政策の失敗を少なくし、米国の優れた価値を増進することになると主張し、推奨しているが、両候補ともこの選択肢は受け入れなかった。しいて言えば、対露強硬論はじめオバマ路線の継承を説くクリントンの主張は第3の選択肢(積極関与)により近く、オバマ路線を否定し、対露協調を説き「米国第1主義」を唱えるトランプの主張は第1の選択肢(国内回帰)により近いといえる。そして両者とも「同盟国により多くの負担を求める」とする第2選択肢(限定関与)の要素も併せ持っている(トランプは軍事力増強を公約しており、第3の要素もある)。日本、韓国などは「積極関与」の継続を強く望み、それゆえトランプに危機感を抱いているが、ブレマーは「超大国米国をもってしても立ちはだかる新興国の台頭」で「米国が主導できない世界」が生まれてきており、「積極関与」はもはや不可能とみている(詳しくは本書参照)。

★ 足元で揺らぐ「世界の警察官」

 「修身斉家治国平天下」という政治に志す者の心すべき言葉がある(『大学』、中国古典の四書の1)。政治、経済、社会に重い病を抱え、「修身斉家」に悩み、「治国」に苦しむアメリカが、これ以上「平天下」(この場合、世界に覇を唱えること)を続ける意欲や能力を萎えさせつつあるのも無理からぬ国状にある。

 トランプも選挙戦中「(米国は)中東での戦争で6兆ドルを費やし、その間に我が国は完全な疲弊に陥った」と繰り返し述べていたし、選挙後、フロリダ州での演説では「我々はあまりにも長い間…外国への無責任な侵攻を繰り返してきた。そんなことは愚かなことであり、終わらせるつもりだ」と明言している(スプートニク、16.12.2&17)。

 アメリカ社会の病は重く、内政上の課題が山積している。「1%対99%」「オキュパイ・ウオールストリート」運動などに見られるように、格差問題は限界に達している。15年も続く「テロとの戦争」や米国主導のグローバリズムの代償が露呈してきたのだ。たとえば次のようなデータがある。

 「上位1%の資産は、下位90%の資産の総量よりも多い」「上位1%が全金融資産の40%以上を持ち、上位20%で90%以上になる」「1982年、中産階級職は52%を占めていたが、2010年には42%に低下、同じく30%だった貧困階級職は41%に上昇」「子供の5人に1人、老人の6人に1人が貧困線(1日当たり1.25ドル=140円ぐらい)以下で暮らしている」「フードスタンプ(政府が貧困者に配る食料切符)受給者が6,500万人(人口の21%)に達した」など。(SOCIUS101、16.9.2)

 格差と貧困は人種や民族差別ともつながってより深刻化している。オバマ大統領の誕生で人種問題は大きく改善されるかに見えたが、現実は厳しく、とくに黒人に対する差別はいぜん深刻だ。昨年も食い詰めて微罪を犯した黒人青年を白人警察官が射殺し、これに抗議する黒人暴動が各地で頻発する事件があった。格差と貧困の拡大は、国内に分断と対立を広げ、国民を疲弊させ、国力を内部から蝕んでいく。このように内政に課題山積(インフラの老朽化も深刻だ)のアメリカが、世界中に700か所以上の軍事基地を置き、「世界の警察官」の役目を果たし続けることに息切れし始めたとしても無理はない。

 オバマは13年9月の演説で「アメリカは世界の警察官であるべきでない」と述べて保守派からの強い批判を浴びたが、トランプは選挙中一貫して「アメリカは世界の警察官を辞めるべきだ」と言い続けた。事実アメリカは、嘘の口実を作って始めたイラク戦争の失敗を機に「世界の警察官」としての信頼を失っている。比のドゥテルテ大統領は「米国は我々を鎖につないだ犬と見ている・・我々は米国の玄関マットではない」(昨年10月訪中時の北京での演説)、「米国は小国を脅し、いじめている・・米国に従ってベトナムやイラクに派兵したが何の成果もなかった」(リマのAPECでのプーチンとの会談で。東京、16.11.21など)などと米国の警察官ぶりを厳しく批判していた。

◆◆ 2.世界を「アメリカ後」へ動かす露中パワー

 米国は軍事力ではいぜん唯一の超大国だが、経済も財政も弱体化し、国力は落ちており、世界戦略の3大重点地域である東アジア、中東、欧州のいずれでも主導力を失っている。とくに中国を相手とする東アジア、ロシアを相手とする中東・ウクライナの2正面では覇権を失いつつあるし、英国の離脱、難民激増に反発する極右の台頭などで岐路に立つEU、NATOについても影響力を低下させている。

★ ドゥテルテ・ショック ― 破綻する米日の「中国包囲」戦略

 オバマの「アジア・リバランス」戦略は日・比・越・豪・印などを巻き込んで中国包囲網を築き、中国のアジア覇権を抑止しようとするものだが、安倍首相の懸命な「反中地球儀外交(巨額の経済援助バラ播き)」にもかかわらず、比のドゥテルテ新大統領の対米離脱宣言と対中接近、越の対中関係改善(日本の原発輸出も白紙に)などで、肝心の中核を失い、破綻の危機を迎えている。ドゥテルテ大統領は北京で経済界の指導者を前に演説し、「アメリカは負けた。私はあなた方の思想の流れの中に身を置くことにした・・(近くプーチンと会い)中国、フィリピン、ロシアの3か国は世界に立ち向かう存在だと告げる」と語った(CNN、16.10.21)。

 ドゥテルテの対米離脱宣言は、東アジアに地政学的激変をもたらしている。アメリカに不信や不満を持ちつつも敢えて公にできない途上国に大きな励ましと自信を与える政治効果を生んでいる。しかも対米離脱と同時に対中露接近を明らかにすることで、アメリカからの圧力や脅迫(ドゥテルテは暗殺の危険も覚悟していた)の余地を与えまいとする巧妙な外交戦略をとっている。このドゥテルテの外交 ― 対米離脱、中露接近、対立する中国、日本から多額の経済援助を引き出す ― はASEAN諸国に大っぴらに広がっていくだろう。

 中国はASEANの意向も受けてアジアにおけるアメリカのプレゼンスは容認するが、域外国のアメリカがこの地域で我が物顔に軍事力を誇示することは容認しないと明言しており、比の離脱、越の消極化で依拠すべき足場を失ったアメリカの「航行の自由作戦」は大きな制約を受けることになり、今後アメリカの軍艦や爆撃機などが、中国の鼻先で自由にふるまうことはより困難になっていくだろう。

 また、中国封じこめを狙ったアメリカ主導のTPP(環太平洋経済連携協定)も、トランプの離脱宣言で頓挫したが、一部の参加国から米国を排除し、中露を含めた新組織にすべきだとする動きが出てきている。ペルーのクチンスキ大統領は米国を除く新たなTPPを構築すべきだと主張し、中国やロシアを含める計画を提起した。豪州のビショップ外相も「TPPに進展がなければ、その空白はASEAN+中国、豪州、インド、日本、韓国、ニュージーランドの16か国からなる地域包括的経済連携(RCEP)により補われる可能性がある」と発言している(チャイナネット、16.11.16)。

 中国はRCEPのほか、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP、21か国)も推進する立場なので、これらの構想を歓迎している(チャイナネット、前出)。安倍首相が躍起になって追求した「中国包囲」の夢は、ドゥテルテとトランプの一撃で破られてしまった。 

★ 中東・ウクライナでも後退するアメリカ

 中東、アラブ、ウクライナ正面でもアメリカの迷走、後退が続いている。アフガン、イラク、シリアと広がった「テロとの戦い」はすでに15年も続き、中東を破壊と殺戮の地に変え、アメリカ自身をも疲弊させている(戦費は6兆ドルを超え、米兵にも数万の死傷者)が、テロは終息せず、昨年末以降もフロリダ、ベルリン、アンカラ、イスタンブールなど、世界各地に拡散し、犠牲者も増え続けている。
 旧ソ連圏、中東、アラブなどで展開した米国流「民主化」を目指す「カラー革命」も失敗続きだ。最大の「カラー革命」(オレンジ革命)を狙ったウクライナ作戦(ネオナチの暴力も使って親露政権を打倒して親米欧政権を樹立し、EU、NATOに加盟させてロシアのノド元に迫る作戦)もプーチンの激しい抵抗によりクリミア半島(元はロシア領)を失い、ロシア人の多い東部のドネツク、ルガンスク地区の独立運動を生む一方、財政破たんも深刻で、EU、NATO加盟への見通しは立っていない。

 シリアのアサド政権打倒作戦(反政府勢力を支援)も、アサド支持のロシアの抵抗を受けて迷走を続け、混乱に乗じて勢力を拡大したIS(イスラム国、かつて米国が反アサド勢力として育成した過激派)の抵抗が根強く、米国の手に負えなくなり、ロシアの軍事力(空軍)に頼っているのが実状だ。最近のISの本拠地・アレッポの奪還、ロシア、トルコの調停による停戦合意の成立(16.12.30)など、シリア内戦は政府軍・露軍主導で収拾に向かっている。

 ウクライナ、シリア問題のいずれでも米国の主導力低下とロシアの影響力の増大が目立っているが、著名な南米の国際問題専門家ペドロ・ブリガーは「ロシアはここ数年間に国際社会における主要な政治プレーヤーに返り咲いた・・それを理解するにはシリアで起きていることを見れば十分だ」と述べている(スプートニク、16.12.12)。ロシアの影響力はイラン、トルコ、エジプト、イスラエルなどにも浸透しつつある。

 自らの退任と新大統領の誕生直前という厳粛かつ微妙な時期に、オバマが対露外交断絶に近い異常な行動に出た背景には、シリア、ウクライナ、アフガンなどの和平交渉や事態収拾への動きがすべてアメリカ抜きでロシア、中国、インド、パキスタン、トルコ、イラン、ドイツ、フランスなどの手で、とくにプーチンの主導力で進められていることへのいら立ちや反発があるのかもしれない(南シナ海問題でも比、越に離反された)。

 なお、米欧日では、シリアで政府軍・露軍が市民を「虐殺」しているとの報道が流布されているが、チュルキン・ロシア国連大使は米国務省の発表を「厚顔無恥なプロバガンダだ。証拠を示せ」と激しく非難している(スプートニク、16.11.30)し、次の指摘も重要だ。「シリアの子供たちが政府軍に殺されかけているニセの映像を、エジプトで撮っていた男たちがエジプト警察に逮捕された。・・(テロ組織の一味が)欧米マスコミに歪曲的な情報を流し、政府軍=悪、反政府(テロ組織)=善の歪曲報道を流布してきた構図(が明るみに出た)」(田中宇の国際ニュース、16.12.26)。まさに「Post Truth」の世界だ。

◆◆ 3. 「アメリカ後」の世界とグローバル・ガバナンス

★ 新しいステージに進む世界 ― 覇権復旧に必死の米・軍産複合派

 以上見てきたように、アメリカ一極支配の世界が終わりつつあることは明らかだ。しかしこれを認めない、認めたくない勢力がいぜん大きいことも事実で、ジョセフ・ナイ(ハーバード大栄誉教授、元国防次官補、ジャパンハンドラーの主要人物)は「21世紀もアメリカの世紀は続く」と主張している(『アメリカの世紀は終わらない』日経出版、2015)。さらに、軍事力を強化し同盟国も動員し、壊れつつある米国覇権を補強・復旧させようとする軍産複合派の土壇場の反撃も軽視できない。

 入閣候補の共和党セッションズ上院議員は「軍事力整備を大々的に進めて中露との差を決定的なものにする。これによって両国の妄動を封じこめる・・敵が米国を侮るようなことは避けねばならない。米国は核兵器の分野でも、いずれの国にも凌駕を許さない」とタカ派の本音を吐露している( Defense News 16.10.30、河東哲夫メルマガ、16.11.14)。トランプも国防長官に「狂犬」と呼ばれるタカ派のジェームス・マティス(元中央軍司令官)を指名している(東京、16.12.2)ほか、安保、軍事面にタカ派を起用しており、対露宥和の反面、対中強硬姿勢(台湾、通商、南シナ海問題で早くも中国を挑発)やイラン敵視も見られ、トランプ政権の動向は予断を許さない。

 安倍政権を頂点とする日本の支配層もアメリカ覇権の崩壊など認めたくないはずだ。戦後70余年、アメリカ一極支配の世界に安住し、対米従属を国是に既得権を固守してきた支配層にすれば、これが崩れることは自己崩壊につながりかねないので、身震いするほど見たくない現実だ。しかし、冷静かつ客観的にみれば、今や国際関係の中心課題は、アメリカ世界覇権の崩壊の有無や時期の問題を越えて、アメリカ覇権崩壊後の世界 ―「アメリカ後」の世界 ― はどうなるのか、どうあるべきかという問題に移りつつある。

★ 「アメリカ後」の世界でアメリカが目指すもの

 今から15年前、「新しい世紀が進むにつれて、アメリカが衰退するのは確実(であり)・・国際社会はアメリカ時代の終わりと、それに続く時代に向けて、どのように準備するかという、新たな緊急課題に直面しなければならない」と先駆的な問題提起を行ったのはチャールズ・カプチャン(元アメリカ国家安全保障会議欧州部長、ジョージタウン大学教授、『アメリカ時代の終わり』NHK出版、2003)だった。その彼が最近、「アメリカ後」の世界を考察した新たな著書を書き、注目すべき問題提起を行っている(『ポスト西洋社会はどこに向かうのか ―「多様な近代」への大転換』原題は No One's World; The West, Rising Rest, and the Coming Global Turn. 勁草書房、2016)。

 カプチャンは次のように言う。
 「世界は次のステージに進みつつある。リーダーシップを引き継ぐ候補としては東アジアが最有力と目されてきた。しかし、特定の国や地域あるいはモデルが、次の世界を支配することはないだろう」
 「21世紀は(米中、その他)誰の所有物にもならない。新しい国際システムは数多くのパワーの中心と、いくつかの近代の在り方が併存することになろう。歴史上はじめて、相互依存の世界から中心国やグローバルな守護者が消えるのである」
 「西洋と勃興する非西洋の双方にとって真に重要な課題は、この世界の転換をうまく進めて、次の世界へ平和的かつ計画的にたどり着くことである」(同書4~5頁)

 このようにカプチャンはパワー(大国)が多極化し、政治が多様化する世界を展望しているが、この世界にいかに平和的に移行していくかが現代世界の最重要課題であり、そのためアメリカは、多極化する世界で最も重要でパワフルな極 ―「覇者」でなく「リーダー」としての役割を果たしていくべきだと説いている。

 また、米国国家情報会議(NIC、4年ごとに20年先までを展望した「グローバル・トレンド報告書」を大統領に提出する)の元幹部マシュー・バロウズ(元分析・報告部長)も、最近の著書で「アメリカ後」の世界について興味深い分析を行っている(『シフト ― 2035年、米国最高情報機関が予測する驚愕の未来』ダイヤモンド社、2016)。

 バロウズは次のように言う。
 「今後は(パックス・アメリカーナのような)1つの国が圧倒的なパワーを握ること(たとえばパックス・シニカ=中国)はないだろう。大国がいくつもある中に、復活した強いアメリカがいる ― そんな構図を私は容易に思い描くことができる。しかし多くの人は多極化した世界を想像できず、国際秩序を維持するには覇権国が必要だと考えている。彼らにとって覇権国家のない世界とは無秩序を意味する」
 「しかしアメリカが唯一の超大国の座に戻ろうとすれば、中国などの新興国だけでなく、ヨーロッパのパートナー(そのほとんどはアメリカのイラク侵攻に反対した)からも強力な反発を受けるだろう。いま必要とされているのは、新しいリーダーシップだ・・パックス・アメリカーナは形を変える必要がある。理想は、アメリカが圧倒的優位ほどの立場ではないが、世界が完全な混乱に陥らないよう一定の方向付けをできる国であることだ」(本書213~4頁)

 両者とも、米国の世界覇権崩壊後の多極化する世界でも、米国がNo.1の国として世界のリーダー国であり続けるべきだとする点で共通しているが、これは4年前に発表された「グローバル・トレンド 2030」の分析の基調 ―「世界一の経済大国は中国に移る。先進国対途上国の力関係も途上国優位に逆転する。アメリカのパワーはいぜん世界一だが1945年以来のパックス・アメリカーナは終わりを告げる」(『2030年 世界はこう変わる』講談社、2013)と符合している。

 しかし、多極化する世界で米国がいぜんリーダー国であり続けられるかどうかは、簡単な話ではない。まず、内政上の山積する課題をどう解決していくのか。国内政治は対外政策にも大きな影響を与える。格差と貧困、差別と分断が深まれば、世界の表舞台でリーダー国の役割を果たすのは難しくなる。アメリカ国民の間でも米国が世界で積極的な役割を担うことを嫌う傾向が強まっている。国民の38%、アフガン、イラク戦争下で成人した若者では50%以上が「積極的役割」に否定的だ(バロウズ書232頁)。既成政治の象徴・クリントンが敗れたように、テロとの戦争で疲弊した国民に「世界のリーダー」へのコンセンサスを得るのは簡単なことではない。アメリカが(世界覇権は失っても)いぜん世界No.1の国としてリーダーシップをとり続けることができるかどうかは、深まる国内の病を克服し、健全なアメリカを再構築し、改めて世界の信頼と尊敬を勝ち取ることができるかどうかにかかっている。

★ 「一極型世界」から「多極型世界」への移行は始まっている

 以上で見たように、パックス・アメリカーナが終焉し、多極的な世界が幕開けしつつあることは間違いない。しかし、一極型世界から多極型世界への移行は、一挙的に進むのではなく、複数のディケイドをかけたソフト・ランディング型移行になるだろう。そしてそれは、21世紀に入ってからゆっくりと、しかし着実に進んできている。

 象徴的なのは08年のリーマンショック直後、G7側からの呼びかけで緊急招集され、直ちに結成されたG20(G7+中国、ロシア、インド、トルコ、ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、インドネシア、サウジアラビア、韓国、南アフリカ、オーストラリア、EU)だ。これを機に世界経済運営の中心は先進国G7から、新興国・途上国優位のG20に移っている。

 しかし振り返ってみるとカプチャンの『アメリカ時代の終わりに備えよ』(前掲書)に応えるかのように、21世紀に入ると同時に多極型世界への移行につながる新しい国際的な動きが起こってきていた。01年に中露主導で結成、ユーラシアに広がる上海協力機構(SCO)、05年の新興国の中核・BRICS(伯、露、印、中、南ア)の発足、08年のG20の誕生、09年のオバマによるG2(米、中)の提唱、14年の中国GDP世界一(PPPベース)へ、中国、北京開催のAPECで「一帯一路経済圏」構想を提唱、15年のBRICS開発銀行、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)の発足、16年の中国人民元の国際化、IMF・SDR通貨への昇格、ロシアが進める「ユーラシア経済連合」と「一帯一路」の統合が決まる、などが主なものだが、これらの動きは事実上「アメリカ後」に備える動きとも見ることができる。とりわけG20、BRICS、上海協力機構などはすでにグローバル・ガバナンスに不可欠の組織になっている。

★ 中国が目指す「国際秩序」とは何か

 ここで、もう一つの大国・中国が、現在の国際秩序をどう考えているかを見ておこう。習近平の外交ブレーンの1人・全人代外事委員会主任の傅瑩( Hu Ying、女性)は、次のように述べている(「国際秩序と中国の役割 中国は世界の脅威か」要旨、人民網、16.2.16)。

 「米国主導の『世界秩序』には3本の柱がある。①米国の価値観、②軍事同盟、③国連など国際機関だが、グローバル化が進み、国際政治が分裂するなかで試練に対応しきれなくなっている。西側の価値観の宣伝は多くの国で難航し、米国の軍事同盟は地域問題を複雑化させている。また、国際金融危機は国際経済ガバナンスの欠点を明るみにした。

 中国は現在の国際秩序を創った国の一つであり、受益者、貢献者、改革者でもある。習近平主席は昨年9月訪米の際、シアトルで演説し、「世界の多くの国々、とりわけ数多くの発展途上国が、国際体系がより公正で合理的な方向へと発展することを望んでいる。だがこれは(既存の体系を)ひっくり返してもう一度やり直すということでも、ほかにもう一つの体系を創りだすということでもなく、時代とともに進化し、これを改革・改善していくということだ」と語っている。現在の国際秩序の欠けている部分について中国は解決案を出していく。一帯一路の構想、アジア・インフラ投資銀行などは中国が出した新たな解決策(新しい型の公共財)だ。

 中国は米国主導の「世界秩序」を(そのまま)受け入れることはない。中国は共同安全を主張し、排他的な同盟で世界を分裂することに賛成しない。世界は変わらなければならないが、変えることができないのであれば、より包括的な秩序の枠を作り、様々な需要と理念を最大限受け入れるべきだ」(以上要旨)。

 このように、中国は米国主導の世界秩序の3本柱のうち価値観、軍事同盟については批判的だが、国連などの国際機関については受け入れており、ラジカルな変革は求めず、時代の変化に対応できなくなった分野から逐次改善・改革を積み上げていく道を選ぼうとしている。中国は米欧中心の弱肉強食型の旧型国際関係を対等・平等の共生・共存型の新型国際関係に改革しようとしている。

 その中核をなす米中関係について王毅外相は次のように述べている。「中米はともに大国であり、協力もあれば摩擦もあるのが常態だ。(米国には)いつか中国が米国にとって代わることを懸念する人々がいる。(だが)中国は米国ではなく、米国に代わることはないし、不可能だ。・・・(中米関係は)非衝突・非対立、相互尊重、協力・ウインウインの新型の大国関係(習近平)という道が、双方の共通利益に合致し、世界の発展と変化の潮流にも順応している」(人民網、16.3.6)。

 ここには歴史上新旧2つの大国が武力で覇を争ってきた歴史への反省と、現代世界では大国同士の争いが人類社会の破滅につながりかねないことへの洞察がある。中国が繰り返し表明する「中国は自らが受けてきた屈辱と苦難を他国に与えることはしない。中国は永遠に覇権を求めず、平和的発展の道を歩み続ける」(習近平)との対外メッセージはこのことを裏付けている。

★ 「過去の国」へ突き進む「安倍・日本」

 安倍首相は中国包囲外交の推進に当たって、ネオコン直伝の「価値観外交」― 自由、民主、人権、法の支配、市場経済などの普遍的価値を共有する国と連携し、価値観を異にする国(中国)と対抗する ― を主張し、実践しているが、先の傅瑩はこうした考えが世界に分断と対立を生んでいると批判していた。「価値観外交」という名のイデオロギー外交に固執する安倍首相(日本政府)は、次のカプチャンの言葉を肝に銘ずるべきだ。

 「新しい安定的な秩序を作るため協力してもらう必要がある国家を、中傷したり誹謗したりすることは、ほとんど意味がない。それでは失うものがあまりに大きい。西洋諸国は、自由民主主義ではない政府のことを正統性がないと決めつけたところで、自分たちの利益を損ねるだけである。新しい次の世界において政治の多様化は不可避だと認識すること、それゆえさまざまな体制の新興国との協力関係を強化することは、西洋的な正統性の観念の普遍性を主張することや、それによってパートナーになりうる相手を遠ざけることよりも、はるかに賢明である。西洋と、勃興する非西洋は、もし新しい次の世界の思想的基盤について合意するつもりがあるなら、新しい包括的な正統性の観念を作り上げなければならない」(カプチャン書、242頁)。

 紙数が尽きた。最後にバロウズが極となりうる国としてアメリカ、中国、EU、ロシア、インド、ブラジルなどをコメントしているが詳細は省く。日本については「大規模な構造改革を実行すれば」との条件付きで「<中の上>程度のパワーを維持するだろう」としている(バロウズ書、64頁)。安倍・日本が「日米同盟強化」「中国敵視」「独善的な歴史認識」などに固執する限り、「世界の真ん中で輝く」(首相年頭所感)どころか「過去の国」「格下の国」になっていくことは避けられないだろう。

 (アジアサイエンスパーク協会名誉会長・元神奈川県副知事・オルタ編集顧問)


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