【コラム】槿と桜(30)

韓国の専業主夫から思うこと

延 恩株


 『家事をする男たち』、これは昨年2016年11月から6回シリーズで、韓国で放送されたテレビ番組です。この番組が日本で今年の2月10日から放送が始まると知ってちょっとびっくりしています。

 人気男性タレントが家庭(奥さん)のために「主夫」となって、家事に取り組むというバラエティー番組ですが、それがほとんど時を置かずに日本で放送されることと、「主夫」を積極的にアピールする番組だからです。

 現在、日本では「イクメン」という言葉がほとんど違和感なく受け入れられているように見受けられます。「イクメン」とは、それ以前から使われていた「イケメン」(「魅力的」を意味する〝イケてる〟と、顔を意味する「面」、あるいは英語の男の意味〝men〟との合成語)をもじった合成語ですが、最初、この言葉を知ったときには頭がこんがらかって、よく理解できなかったことを覚えています。「育児」と英語の男の意味〝men〟を合成して「積極的に子育てをする男」が「イクメン」というわけです。

 ついでに言えばこの「イクメン」、2010年の新語・流行語大賞の第10位になっていました。日本では2009年に改正された育児・介護休業法が施行されたり、2010年には男性の育児休業取得促進を図るため「イクメンプロジェクト」が動き始めたりと、社会全体が「イクメン」への認識度を急速に高めていったことが、流行語大賞10位につながり、日本の人々に受け入れられたのでしょう。

 ところでこの「イクメン」と似たものに、最近は「主夫」という言葉をときどき見かけます。漢字だからこその、いわば文字遊びがあって、私は大変面白いと思っています。韓国ではハングルですので文字遊びはできず、「主夫」に相当する表現は、「男性専業主婦」(남성전업주부)、あるいは「専業夫」(전업남편)などが用いられます。ちなみに韓国に「イクメン」という言葉はありません。

 この「イクメン」、仕事内容としては「主夫」の一部になっていると思いますが、「主夫」とはイコールではないと思います。なぜならこれまで一般的に使われてきた「主婦」とは完全に逆転したのが「主夫」ですので、仕事内容は育児だけではないからです。そのためでしょうか、日本でも韓国でも実態として「主夫」は確かに存在していますが、言葉としては「主夫」「男性専業主婦」「専業夫」、いずれもまだ市民権は得られていないように思われます。

 冒頭に紹介しました韓国のテレビ局が「主夫」をテーマにした番組を放送する目的は、目新しさを狙ったこともあるでしょうが、「主夫」となっている男性が韓国社会に増えてきている現実を反映していることはまちがいないでしょう。

 これを証明するように、2017年1月31日、韓国の『中央日報』は、韓国での「専業主夫」が2016年には16万1千人に達し、家事には15万4千人、育児が加わっている者が7千人となった、との記事を掲載していました。

 この記事によりますと、2003年に「主夫」は10万6千人で、その数は2010年まで増加し続けたようですが、2011年から減少に転じたとのことです。ところが2015年からふたたび増加し始めて、2016年にはすでに記した数字にまで達し、2年間の増加率は24%だったそうです。

 それでは「専業主婦」の数はどうかといいますと、
  2013年  729万8千人
  2014年  714万3千人
  2015年  708万5千人
  2016年  704万3千人
こちらは確実に減少傾向にあります。

 「主夫」数が減少傾向にあった2011年から14年までの間でも「主婦」数は減り続けていたことになります。

 これだけの統計で何らかの結論を導き出すことは困難ですが、韓国の経済的な停滞による就職困難者、非正規社員の増加といった社会的背景があることは予想がつきます。また20~30歳代の高等教育を受けた女性たちの社会進出が増加し、男性を凌ぐ待遇を得る女性も増え、家庭に入ることが遅れたり、ためらう女性の増加もあるようです。一方、30代後半~50歳代の女性は夫だけの収入では教育費や住居費などの生活費が不足し、働き場所を求めて、社会進出を果たしているからだと思います。ただし仕事をする女性は増えていますが、雇用条件や仕事の質が良いとは言えないのが現状のようです。

 このように見てきますと「主夫」の増加と「主婦」の減少は必ずしも連動しているとは言えないでしょう。ただし妻が家計を助ける程度のパートやアルバイトではなく、正規社員にもなるようですと、夫が家事の一部を負担する「兼業主夫」につながっていかざるを得ないと思います。これには夫の方に妻への理解と協力する意志があるという条件がつくわけですが、うまくいかないと、家事・育児の分担をめぐって妻側に不平、不満が溜まり、やがては「離婚」にまでつながりかねません。

 ただ私の周囲の男性たちを見る限り、「兼業主夫」と言えるかどうかわかりませんが、それなりに家事を手伝っているようです。私の兄も弟も食事の後片付けは自分の役割と思っているようで、韓国の高齢者に多い伝統的な家父長意識が若年層になるほど薄らいできているのは確かなようです。

 一方で気になることが2点あります。1つは「専業主夫」となることに違和感を覚えない男性の若者が大学生を中心に増えてきていることです。男女平等観から「男は外で働き、女は家を守る」にこだわらなくなったという意識の変化も一因としてあるのでしょう。そのこと自体は悪いことではないと思います。

 ところが、1年半ほど前に実施されたある結婚紹介所の調査では、母数は小さいのですが、およそ70%の女性が「専業主夫」に反対していました。おそらくこの傾向は現在も変わっていないと思われます。これが2点目です。

 女性として私なりに考えますと、「専業主夫」となるのには、やはり能力が必要なのではないでしょうか。食器洗いにも細かな配慮が必要でしょうし、ましてや育児となればなおさらでしょう。私は決して家父長制支持者ではありませんが、男性が外でバリバリ仕事をこなす姿を〝かっこいい〟と感じる方ですから、家に一日中いて家事をこなす男性を思い浮かべますと、おそらくあまり魅力を感じないだろうと思います。

 社会変動や経済状況の変化が社会の仕組みを変えていくのは当然ですし、考え方や意識の変化もそれにつれて変わっていくものだと思います。女性の社会進出、社会的地位の向上、一家を支えられる収入など、いずれも現在、韓国の女性たちが徐々に手に入れ始めているものです。

 ただ「専業主夫」「兼業主夫」を維持していくためには、夫婦間だけで処理すれば解決するというほど事柄は単純ではないでしょう。「専業主夫」や「兼業主夫」が一般名詞として日常使われるようになるためには、社会全体がこうした形態の夫婦や家族をごく当たり前に受け入れる素地が先ず必要だろうと考えます。そこに至るまでの道のりは平坦ではないように思います。

 なんでも日本には1950年代末から1960年代に「エプロン亭主」という言葉があったとのことです。エプロンをつけて料理を作る夫を指していたわけですが、仕事を持った男性が料理を作ったり、家事をしたりすることが珍しかった時代でも、家事・子育てに追われる妻を助けようとしていた夫たちがいたことを教えてくれます。

 「主夫」「兼業主夫」も否定しませんが、そこに至るためには、先ず働く女性(妻)の気持ちに寄り添って、男性のできるうる家事を背伸びせずに手伝うことから始めるのがいいと思っています。一家の収入を夫か妻のいずれかが主に稼いでいても、一家を保つには二人の協力無しにはあり得ないのですから。

 夫婦がお互いに相手をカバーし合う、思いやりの精神が家庭にあれば、いつの日か「専業主夫」に反対する女性の割合が減っていき、働く女性への支援体制も充実していくようになるのではないでしょうか。私は是非そうなってほしいと願っています。

 (大妻女子大学准教授)


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