【コラム】風と土のカルテ(27)

高額薬剤と保険財政の問題をどう考えるか?

色平 哲郎


 癌治療の分野で、ここ数年のホットな話題の1つが免疫チェックポイント阻害薬の登場だ。
 切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌などに対し、特段に優れた臨床効果を発揮するという。

 人間の体は免疫によって守られている。
 免疫は有害な病原体や異常細胞を監視し、攻撃や排除を行う。
 しかし、免疫で守られているにもかかわらず、人間は癌に罹患する。
 免疫に攻撃された癌細胞が免疫に「抵抗」し、リンパ球の攻撃から自らを守ろうとする「免疫逃避機構」を有しているためである。

 そこで免疫逃避機構を阻む免疫チェックポイント阻害剤が開発された。
 日本では、その1つ、抗PD-1抗体のニボルマブ(商品名オプジーボ)が2014年に根治切除不能な悪性黒色腫に対して承認され、2015年には切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌に対する承認も得た。

 ニボルマブが画期的な医薬品であることは、癌臨床医の報告などから間違いなさそうだ。
 ところが、この薬には処方上、大きな壁がある。
 薬の値段がかなり高額なのだ。薬価は100mgで72万9849円。
 非小細胞肺癌の場合、成人には1回3mg/kg(体重)を2週間間隔で点滴静注することとされている。

 医薬品の価格が各国の経済状況で左右されるのはやむを得ないとして、WHO(世界保健機関)は、延命効果1年の治療のコストは、その国の国民1人当たりGDPの3倍以内が妥当としている(Sullivan R, et al. Lancet Oncol 2011;12:933)。
 日本の1人当たり名目GDPは約385万円(2014年度)だ。

 国民皆保険制度と高額療養費制度が支える日本の医療制度では、患者の自己負担額はある程度抑えられるが、医療保険財政を圧迫する要素になりかねない。
 医薬品の開発コストなども踏まえた「適正な薬価」について、国民的な議論が急務となっている。

 (筆者は長野県・佐久病院・医師)

※この原稿は日経メディカル2016年3月31日号から著者の承諾を得て転載したもので文責はオルタ編集部にあります。


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