■宗教・民族から見た同時代世界

~オバマ新大統領は「人種の壁」を越えて「米国再生」をはたせるか~ 荒木 重雄

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 今月20日、バラク・オバマが米国初のアフリカ系(黒人)大統領に就任する。
大恐慌の再来ともいわれる金融・経済危機と長引く「対テロ戦争」の重圧のもと
で、いつもは同性婚や中絶など宗教や価値観にからむテーマで勢いづくキリスト
教右派も盛り上がりを欠き、「結束」と「変革」を謳うオバマの理想主義・楽観
主義に人々は「人種の壁」を越えて「米国の再生」を託したのである。


◇◇〈私には夢がある〉


  この理想主義・楽観主義は、オバマのそれに比べるとはるかに重いものだが、
同じ黒人の故マーチン・ルーサー・キング牧師のそれに繋がる。1950・60年代の
、差別と不正義、暴力が渦巻く只中から人種差別撤廃の闘いを立ち上げ、63年に
20万人以上が参加した「ワシントン大行進」を実現させて、翌年、公民権法の成
立を勝ち取りながら、68年、白人の凶弾に倒れた、あの、黒人公民権運動の指導
者キング牧師である。

 オバマはそのキング牧師にあやかろうとする演出をつねに心掛けてきた。「黒
人のアメリカも白人のアメリカもない。アメリカ合衆国があるだけだ」は、オバ
マが脚光を浴びた04年の民主党全国大会以来の彼の演説の基調だったが、これは
、「ワシントン大行進」での歴史に残るキング牧師の名演説、
〈私には夢がある。かつての奴隷の子と奴隷所有者の子が、兄弟のように同じ
テーブルにつく夢が〉を倣ったものにほかならない。
  民主党の大統領候補に指名されたオバマが指名受諾演説の日に選んだのも、キ
ング牧師のこの演説から45周年の記念日に当たる8月28日であった。


◇◇黒人教会とはなにか


  オバマとキング牧師を繋ぐもう一つの環は「黒人教会」である。キングははじ
め法律家をめざしていたが、黒人大衆が自ら立ち上がらなければと気づいた彼は
、黒人教会の牧師になる。当時、集会を禁じられていた黒人が一堂に会せたのは
教会をおいてなかったからである。キング牧師はアラバマ州の教会を拠点に黒人
の覚醒を促し、人種差別バスのボイコットからはじめて生涯に亙る非暴力大衆運
動を展開した。

 コロンビア大を卒業してシカゴの貧民街で地域活動家をめざしたオバマを励ま
し助けたのも黒人教会であった。
  よく知られるように、オバマは、ケニア出身の留学生を父、米国生まれの白人
を母にハワイで生まれ、母の再婚でインドネシアに移住するが、ハワイに戻って
白人の祖父母に育てられるという複雑な少年期を過ごし、アイデンテティに悩ん
だ時期もあったようだが、黒人教会の扉を叩いて以来、黒人女性を妻とし二人の
娘も黒人教会で洗礼を受けさせるなど、「真のアメリカ黒人」として生きること
を選び取ったのである。

 では、「黒人教会」とはどのようなものだろうか。
  黒人にキリスト教を禁じていた白人の奴隷所有者たちがそれを黙認ないし奨励
するようになったのは18世紀後半からである。しかし、奴隷制や人種隔離政策に
よっておのずと黒人が行ける教会と白人のそれとは別となった。現在でも多くの
場合、白人と黒人の居住区は異なり、黒人居住区に設けられているプロテスタン
ト系の教会がいわゆる「黒人教会」である。
  その礼拝も独特で、説教者(牧師)はリズムに乗ってラップ調で熱弁をふるい
、会衆はタンバリンを叩いて踊りながら、説教者と掛け合いで歌い、叫び、ゴス
ペル合唱に加えてエレキギター、ドラムス、キーボードなどの楽器をガンガン奏
で、やがては精霊を感じ、恍惚感に浸るのである。

 ある米紙の調査によれば、黒人の79%が教会の会員で(白人は69%)、毎週1
回は教会に行く黒人は45%(白人は40%)と、黒人の教会への帰属意識は強い。
それは、黒人教会こそが、白人優位社会で搾取され抑圧され疎外されている黒人
大衆にとって、文化的・社会的一体感のもとで解放され、結び合える、「自分た
ちの世界」だからである。


◇◇〈イエス、ウイー・キャン〉!?


  ところが、オバマが属する黒人教会のライト牧師が、白人や米国を敵視するよ
うな発言を繰り返していると報じられると、大統領選への影響を心配したオバマ
は、20年来の師と仰ぐこの牧師を非難し決別を宣言する。
  ライト牧師の過激発言とは、例えばGod Bless AmericaをGod Damn America
やUnited States of AmericaをUnited Snakes of AmeriKKKaにもじったり、
「アメリカは黒人を抹殺するためアフリカにエイズウイルスをばら撒いた」な
どという、教会内で黒人同士がかわすギャグの類だが、それを対抗陣営が利用
したのである。いうまでもないがKKKは、白装束白覆面で黒人を殺戮して回っ
た悪名高い白人至上主義者の秘密結社クー・クラックス・クランの頭文字であ
る。

 だが、ライト牧師の教会を脱会したオバマは、ときをおかず、別の黒人教会の
礼拝に出席した。これは、黒人支持者を繋ぎ止めると同時に、父親や義父との関
連からイスラム教徒とみられる噂を打ち消すためであったようだ。このあたりに
も米国社会におけるアイデンテティにまつわる事柄の微妙さが窺える。

 アフリカ系とはいえ「奴隷の子孫」ではなく母方に白人コミュニティをもち名
門大学に進んだオバマは、むき出しの差別に打ちひしがれることなく育った。ま
た、米国社会に人種に拘泥しない「脱人種世代」が拡大していることも確かであ
る。しかし、「オバマがいつ暗殺されるか」の賭けが巷ではやり、木に首吊り縄
をかけたオバマの「公開絞首刑」の落書きが出回っている現実もある。縛り首で
木に吊るして見せしめにする、これは白人の人種主義者たちが黒人をリンチにす
るさいの伝統的で典型的な手法である。

 オバマを迎える米国社会の現実は甘くない。しかし、〈イエス、ウイー・キャ
ン〉と高らかに唱え、「米国の真の強さは、軍事力や経済的豊かさではない。そ
の理想のもつ力なのだ」とするその理想主義と楽観主義が、8年に亙るブッシュ
政権の単独行動主義と新自由主義によって破壊された米国と世界の修復・再生に
繋がることを期待する声は高い。
  もっとも、その「理想主義」が、単純さのゆえに独善的な凶器と変じ、理想の
名において幾多の人々を殺戮してきたのが米国の歴史であり、また、オバマは「
変革が可能である」との幻想のみを振り撒いて問題の構造をみえなくする危険な
政権になろうと指摘する声があることも忘れずにおきたい。
                  (筆者は社会環境フオーラム21代表)

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