■宗教・民族から見た同時代世界  荒木 重雄 

  ~パレスチナ国連加盟申請でみえた米・イスラエルをめぐる国際環境変化~
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 9月23日、国連総会、アッバス・パレスチナ自治政府議長が国連への加盟申請
を報告すると、多くの国の代表団が立ち上がって盛大な拍手を送った。その中で、
米国とイスラエルの代表団は座ったまま硬い表情。
  米国とイスラエルによる、申請阻止をめざした懸命な多数派工作やパレスチナ
自治政府への恫喝にもかかわらず現出したこの光景は、パレスチナ問題の長い歴
史の中でもまれにみる両国の外交的敗北・孤立化を強く印象づけるものであった。


◇◇イスラエルの驕り


  ここでパレスチナ問題の経緯を大筋で辿っておこう。
  地中海東岸の一角を占めるパレスチナの地に、1948年、欧州からのユダヤ移民
がユダヤ国家イスラエルを建国し、古来ここに暮らしてきたアラブ住民(パレス
チナ人)を放逐した。
 
  これを認めぬ周辺アラブ諸国と三度、戦火を交えるが、欧米の資金や兵器の支
援を受けたイスラエルが圧倒的に強く、67年の第三次中東戦争では、当初パレス
チナ全土の8割を自国領土とした残りの2割(ヨルダン川西岸、東エルサレム、ガ
ザ)も占領した。占領地や周辺国からのパレスチナ難民の抵抗に対しては過酷な
弾圧で応えた。

 93年のオスロ協定でヨルダン川西岸とガザにパレスチナ人の自治が認められ、
暫定自治政府が発足するが、イスラエルはパレスチナ人自治区へ国際法違反のユ
ダヤ人入植を押し進め、すでに、オスロ協定締結時の2倍を超える約50万人が居
住する。
 
  パレスチナ人弾圧の手も緩めない。分離壁を町中に巡らして人や生活物資の流
通を妨げ、いったんゲリラ攻撃でも起ころうものなら、報復で、一般市民への攻
撃のみならず、医療機関やモスクの狙い撃ち、白リン弾やクラスター爆弾など非
人道兵器の使用もためらわない。


◇◇米国を牛耳るイスラエル


  この傍若無人な振舞いのイスラエルをつねに援護してきたのは米国である。軍
事技術や最新鋭兵器の供与、年30億ドルを超える資金援助のみならず、国連でイ
スラエルの国際人道法違反や戦争犯罪、占領地での人権侵害への非難決議が出さ
れても、そのたびに米国は拒否権を行使してこれらの非難を封じてきた。核開発
疑惑についても、北朝鮮やイランにあれほど厳しい米国が、保有はほぼ間違いな
しとされるイスラエルの核には一言も触れない。

 米国がイスラエルをここまで擁護する理由はなにか。中東で唯一の「非イスラ
ムの民主国家」であるイスラエルは、アラブ民族主義から欧米の石油権益を守り、
イランやシリアなど「反米国家」を抑止する同盟国として、戦略的な重要性が高
い。
 
  加えて、米国内のユダヤ・ロビーがもつ政治力である。じつに民主党の政治資
金の60%、共和党のそれの35%はユダヤ系組織から拠出され、連邦議員の7割以
上がユダヤ・ロビーの影響下にあるといわれる。また、イスラエルに非友好的な
議員にたいしては、対立候補に巨額の資金を提供し、併せて傘下のメディアでネ
ガティブ・キャンペーンを展開して確実に落選させる力をもつともいわれている。


◇◇パレスチナ自治政府の賭け


  その米国が、イスラエル、パレスチナの和平交渉の仲介役を任じてきたのだか
ら、公平が通用するわけがない。ユダヤ人の入植活動凍結を交渉の条件とするパ
レスチナ側を無視してイスラエルは入植地の拡大を進める。

 しかし、昨年9月の国連総会で「2011年9月までに国連に加盟したパレスチナ国
家を見たい」と演説したオバマ大統領にパレスチナ側はいささかの期待ももった。
だが、今年2月、米国は、国連でのイスラエルの入植非難決議案に拒否権を行使。
イスラエル寄りの姿勢を崩さぬ米国に不信感を募らせたパレスチナ自治政府が、
ならばと、国際社会へのアピールで状況の打開を狙ったのが、今回の国連加盟申
請であった。


◇◇地域友好国も離反


  イスラエルをめぐる国際環境の変化は国連の場においてばかりではない。エジ
プトの首都カイロで、9月9日夜、若者らの群衆がイスラエル大使館を襲撃し、治
安部隊との衝突で千人を超える負傷者が出る事件が起きた。「アラブの春」とよ
ばれる民衆運動で親米・親イスラエル路線をとってきたムバラク独裁政権が崩壊
し、これまで抑えられてきたエジプト国民の反イスラエル感情が噴出したもので
ある。

 一方、トルコとの関係悪化も明らかになった。昨年5月、イスラエルに封鎖さ
れたガザに人道物資を届けようとしたパレスチナ支援船にイスラエル軍が強行突
入しトルコ人活動家ら9人が殺害された事件をめぐって、イスラエルはトルコに
対する謝罪を拒否。これに反発したトルコ政府は9月18日、駐トルコ・イスラエ
ル大使を追放しイスラエルとの軍事同盟を破棄した。

 エジプト、トルコとも、これまで中東におけるイスラエルの数少ない友好国で
あった。イスラエルを南北から挟む両地域大国との関係がさらに悪化することに
なれば、同国の安全保障問題も懸念される事態である。


◇◇国連総会と安保理の乖離


  国連総会でYesが安保理ではNoはいまに始まったことではない。
  パレスチナの国連加盟申請は、安全保障理事会で形ばかりの審査や協議がおこ
なわれるが、米国があらかじめ拒否権行使を明言した状況では実現するはずもな
い。だが、申請にさいしてのアラブ民衆の昂揚や国連総会での圧倒的支持を前に
して、米・イスラエルをめぐる国際環境の変化は否定のしようもない。
  しかも、パレスチナの人々の期待が失望に変わり、それが新たな民衆蜂起や強
硬な政治勢力の支持に向かえば、イスラエルはさらに緊張をしいられることにな
ろう。

    (筆者は社会環境学会会長・元桜美林大学教授)

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