【マスコミを叱る】(33)

2016年8〜9月

田中 良太


 本稿のテーマは「二本立て」です。
 第1テーマは「北朝鮮叩きは正しい姿勢なのか?」
 第2テーマは「豊洲新市場問題=都庁の大ウソを見過ごしたメディアの責任は?」
 とします。

◆◆ 第1テーマ【北朝鮮叩きは正しい姿勢なのか?】

 9月10日付新聞各紙朝刊の社説を読んで驚いた。まずはタイトルの一覧表から。

●朝日=北朝鮮核実験 自らを窮地に導く暴挙
●読売=北朝鮮核実験 暴走する脅威に冷静対処せよ
●毎日=社説:北朝鮮核実験 国際包囲網もっと強く
●日経=北朝鮮の体制を脅かすほどに強い制裁を
●産経(主張)北朝鮮の核実験 暴走阻む抑止力の強化を
●中日・東京=北朝鮮が実験強行 核武装は断固許さない
●北海道=北朝鮮、5度目の核実験*国際包囲網づくりを急げ
●西日本=北朝鮮核実験 どうやって暴走止めるか

 テーマはそろって北朝鮮の核実験だ。読売だけが、通常2本掲載する社説を1本にした。この「1本社説」は、重要なテーマの場合に採用され、元旦、憲法記念日、終戦の日などに実行される。「事件」をテーマにした場合は異例である。他各紙でも「1本」にするかどうか? の議論はあったとみられる。

◆読売は中国の役割強調
 1本社説の場合、小見出しが付くのが普通だ。読売の小見出しを紹介しておこう。▼中国は国際包囲網強化に本腰を▼予測不能な金正恩政権▼制裁の抜本強化が重要▼日米韓の抑止力高めよ、となっている。最初の小見出し「中国は国際包囲網強化に本腰を」の下にある本文で中国記述は皆無だ。逆に結論部分で、中国が登場する。最後の小見出し「日米韓の抑止力高めよ」の下の文章の中ほどに「中国の役割も極めて大きい」という文章があり、末尾を「中国外務省は声明で、核実験を非難し、既存の安保理決議の順守を求めた。しかし、それだけでは十分ではあるまい。原油の供給中止や、北朝鮮労働者の受け入れ禁止など、より厳格かつ実質的な措置に踏み出す時ではないか」と結んでいる。こうしてみると最初の小見出し「中国は国際包囲網強化に本腰を」は、全体のサブ見出しだとわかる。

 各紙のタイトル(見出し)はそれぞれ異なっているが、北朝鮮の核実験について「暴挙」と決めつけて、強く非難している……で共通している。国際社会はその暴挙を許してはならない。そのための連帯、すなわち国際的包囲網作りが大切である……。こうした主張で各紙とも一致している。

◆日経の強い姿勢に驚く
 各紙の論調が激しいトーンとなっているとき、私は日経の社説に注目することにしている。「経済紙」という看板にふさわしいクールなものであることが多いからだ。しかし今回は、「北朝鮮の体制を脅かすほどに強い制裁を」と、一段と激しいタイトルの主張となった。
 「体制を脅かすほどに強い制裁」とは何か。日経社説の結び部分が説明している。以下に引用する。

<では、どうすれば、北朝鮮の暴走を止められるのか。今回はっきりしたのは現在、彼らに科している程度の制裁では、全く効き目がないということだ。局面を打開するには、北朝鮮の後ろ盾である中国も動かし、いまよりも格段に重い制裁を発動するしかない。
 核兵器に固執する北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長の究極的な目標は、体制の存続にあるとされる。だとすれば、このまま核とミサイルの開発を続ければ、政権が崩壊してしまうと彼が感じるほど、重い制裁を浴びせる必要がある。
 まず大事なのが国連安全保障理事会の決定による制裁だが、これだけでは十分ではない。日米韓や欧州連合(EU)が結束し、各国独自の制裁もさらに強めなければならない。そのうえで、最大のカギをにぎる中国が北朝鮮への経済支援をやめるよう、中国への圧力も強めていくことが肝心だ。>

 これでは北朝鮮の金正恩政権打倒を主張するのと同じことだ。
 日経は同じ10日付朝刊の1面コラム「春秋」(朝日の「天声人語」に相当)も北朝鮮核実験をテーマにしていた。冒頭 <もはや一国の指導者として、常識的な判断やかじ取りができなくなっているとしか思えない。北朝鮮による5回目の核実験に言葉を失った。今年に入り1月の「水爆」に続き2度目だ。建国の記念日を核で祝うなど、平和を追い求める世界の趨勢からのズレも甚だしい。> と決めつけている。末尾は <外交官が亡命し、軍幹部が粛清されるなど、国の屋台骨は揺らぎだしている。それでも30代初めの太ったリーダーは、発射実験などに立ち会って自信に満ちた笑顔を見せてきた。瀬戸際戦術は実力の欠けた組織が採りたがり、行き着く先は展望に乏しい。守るべきは王朝でなく人民と知れば選択はおのずと定まるだろうに。> である。
 社説だけでなく1面コラム・春秋でも、金正恩政権打倒が望ましいと主張しているのである。金正恩政権であろうとも「崩壊」するなら、地域の力のバランスが崩れることになる。新たな力のバランスが成立・定着するまで不安定の時期となる。日経の論説会議で、こうした指摘はなかったのだろうか?

◆金正恩も喜んでいる?
 日経だけでなく各紙の社説に共通して言えることは、こうした「北朝鮮叩き」の主張は、安倍政権が歓迎すると同時に、北朝鮮の金正恩政権も歓迎するに違いないということである。日米間3国はそろって北朝鮮制裁に動き、中ソも巻き込もうとしている。裏返して言えば、北朝鮮が国際政治の「主役」になったということである。日本の新聞がそろってそのお手伝いをしているのだから、金正恩はさぞ満足だろう。

 その逆に金正恩が喜ばない北朝鮮核実験報道を考えてみる。北朝鮮が時代遅れの核・ミサイル開発などやっても「脅威」でも何でもない。「水爆だ」と脅したところで、核兵器に爆発力は米国のものと大差がある。ミサイルについても照準を定めて発射しているのかどうか、極めて疑わしい。最近のミサイルが北海道奥尻島沖の日本の排他的経済水域(EEZ)内に着弾したと騒ぐ報道もあるが、北朝鮮が狙いをつけて打ち上げたのかどうか? 疑問とされる。目的地など決めず、打ち上げやすい方向に向けて発射する。航続距離が長くないミサイルは、奥尻島沖に着水する……という推測も成り立つ。
 核もミサイルも驚くほど稚拙な段階で、世界の最先端と比較すると数十年も遅れている。少なくとも日本国民にとっては脅威でも何でもない。国民生活を犠牲として、こんなことに血道をあげるなど、どうかしている……。こんな主張をしても間違いではない。しかも金正恩にとっては、極めて不愉快な論評だろう。

 日本の主要紙が一致して社説で主張した「北朝鮮叩き」は、安倍政権はもちろん、北朝鮮の金正恩政権も「歓迎」する論評なのである。日朝関係に両国の基本路線は、安倍政権が「反北朝鮮」、金正恩政権が「反日」であろう。この対立図式を日本の主要紙はそろって支持していることにならないだろうか? 「支持」と明言しているわけではないが、安倍政権も金正恩政権もともに喜ぶ「北朝鮮叩き」の社説で筆をそろえたことが、暗黙の意識状態をよく示しているのではないか。

◆北朝鮮叩きが「空気」になった!
 山本七平が指摘した「空気の支配」は、その後「KY(=空気が読めない)」が強力な非難語となることによって、現代日本社会の原理であることが証明された。「北朝鮮叩き」こそ、日朝関係世論を支配する「空気」になっているのではなかろうか。
 しかし昔からそうだったのではない。1989年11月、東西ベルリンを隔てていたベルリンの壁が崩壊。90年10月には、西独が東独を吸収する形でドイツ統一が実現した。ソ連は91年11月に消滅。連邦を構成していたロシア、ウクライナなど12の共和国が「独立」した。当然のことながら第2次大戦後の世界の基本構図だった東西冷戦の時代は終わったのである。
 この冷戦構図の崩壊は欧州中心の動きだった。アジアの冷戦構図はより深刻な問題を抱えていた。一つは、冷戦時代唯一の「熱い戦争(hot war)」だった朝鮮戦争の存在である。朝鮮戦争は言うまでなく1950年6月25日開戦し、3年余後の53年7月27日に休戦協定が成立、戦闘は終結した。しかし国際法上では「休戦=戦闘の一時休止」にすぎず、戦争は「継続中」なのである。休戦協定の署名者は朝鮮人民軍代表兼中国人民志願軍代表南日と、国連軍代表ウィリアム・K・ハリソン・Jrだった。戦争そのものを終結させる「終戦」の合意ではなく、戦闘行為の停止だから、交戦国ないし交戦の主体である国際機関ではなく、「軍」の代表が署名したのだろう。

 共産側の軍のオーナー(と言うべきか?)である中国と北朝鮮は、ともに旧東独と同じ「分裂国家」だった。北朝鮮に対しては勧告があり、中国(中華人民共和国)に対しては台湾(中華民国)があった。それだけアジアの東西冷戦は深刻であるという認識の下で、アジアでこそ冷戦構造解消に向けた努力が必要だという主張が一部にあったのは事実だ。
 しかし90年は日本にとってバブル経済崩壊の年だった。80年代=バブル経済時代の日本を支配した株価の「右肩上がりの法則」は90年の大初会から崩れ、株価は下落が常態となった。日本の国と社会は経済本意だから、バブル崩壊は「空白の10年」などと騒がれた。しかしアジアの冷戦構造改造の努力について「空白」が指摘されることなどなかった。逆に中国や韓国との関係を悪化させる首相の靖国(神社)参拝が実行されるなど、日本政府が主導しての冷戦構造激化さえ実現した。
 1990年から四半世紀余が経過した。その間の日本・東アジア史の結果が、北朝鮮叩きが空気となった現状なのではないか? 困ったことだ。

◆◆ 第2テーマ【豊洲新市場問題=都庁の大ウソを見過ごしたメディアの責任は?】

 東京都民の台所に直結している巨大な築地市場の移転先となっている江東区豊洲の新市場候補地の問題が連日報道されている。東京ガスの工場跡地で、ベンゼンなどの有害物質が検出されていたため、そのままでは食品市場として使えない。専門家の委員会などで検討したうえで、土壌の入れ替えともいえる対応策をつくった。
 地表から深さ2メートルまで掘削して新しい土と入れ替え、その上に厚さ2.5メートルの盛り土をするというもの。汚染物質など含まれない清新な土の層を、合計4.5メートルとすることによって、汚染物質の影響を完全排除できるという計画だった。都は議会や報道陣に対する説明で、この構想を繰り返してきただけでなく、ホームページにも図面入りで掲載していた。
 しかしじっさいにできあがっている予定地は、大きく異なっている。建物が建設されるはずの部分は、この4.5メートルの清新な土の層がなく、コンクリートで囲まれた空間になっていた。その底には水が溜まっていて、ひどい異臭がした。その部分に入った共産党都議の一人は「これまで嗅いだことのない、何とも言いようのないひどい臭い」と言っているという。

 「汚染は除去された」というのが都の言い分で、その除去策の眼目が「厚さ4.5メートルの分厚い土の層」だった。その全てがウソだったということになる。テレビのニュースショーは、「どうしてそうなったか?」を格好の話題として提供している。都庁の役人たちの独走だ▼受注したゼネコンにも大きな利益があった▼計画実施時点の都知事・石原慎太郎の要らざる口出し、等々。ああでもない、こうでもないとタレント(肩書きを売り物にするヘボ芸人)に言わせて、視聴者の好奇心をくすぐろうという意図が丸見えだ。
 新聞も含めてやたら情報量は多いが、肝心要(かなめ)のところが見逃されている。一つはこのデタラメさが、長く続いた「人気者知事」時代の弊害だったことだ。「人気者知事」は私の造語にすぎないが、初代が青島幸男で、以後、石原慎太郎▼猪瀬直樹▼舛添要一と続く。どうして桝添が「人気」なの?と問われそうだが、自民党が候補選びをしたとき、知名度・人気とも優れているとして、桝添が選択されたことを答えにしておこう。
 この間、知事本人に「公正な行政をしっかりやる」という姿勢あるいは能力を欠いていた。石原が典型だが、都庁に「出勤」しない日さえ多かった。自宅で小説を執筆する日常だったのである。こうした人物がトップなら、官僚は必然的に勝手なことをやる。官僚の論理を押し通したデタラメは多く、「豊洲問題」はその氷山の一角にすぎなかったのではないか?

 現役の記者時代、小耳に挟んだウワサにすぎないが、都庁担当というのは、当局とケンカしてはならないポストのうちの一つなのだそうだ。よく知られているのはかつての郵政省(現在は総務省)で、系列テレビ局の免許を握られている。旧建設省(現国交省)も同じことで、「祝東京湾横断道路完成」などと銘打った巨大広告紙面を官僚たちにつくってもらわなければならない。
 都庁の場合、マラソンなど都内の道路で行われる事業に協力してもらわなければならない。また新聞各社ともビルを持っている。建築基準法など関係法令の細かな規定を適用すれば、都道府県はビル所有者に対して、様々な法令違反を指摘し、改善の指示を指摘することが可能だという。都当局と新聞・テレビ各社との関係が、対立基調の尖ったものにならないよう努力するのも都庁担当の仕事のウチというのである。

 いずれにせよ、豊洲新市場予定地について都当局のデタラメな言い分を、そのまま事実であるかのように報道してきたのは、新聞・テレビなど巨大メディアの恥であろう。その点を自覚した記事が皆無なのは、巨大メディアの大きな恥であろう。
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(注)
 1.2016年9月15日までの報道・論評を対象にしています。
 2.新聞記事などの引用は、<>で囲むことを原則としております。引用文中の数字表記は、原文のまま和数字の場合もあります。
 3.政治家の氏名など敬称略です。
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 (元毎日新聞記者)


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