【マスコミを叱る】(38)

2017年1~2月

田中 良太


◆◆【「トランプ時代」の日本は? ――異次元の軍拡が実現するはず
    警戒心に欠ける日本のメディア】

◆自己愛・ナルシシズムの権化=トランプ
 米大統領に就任したドナルド・トランプ(70)は異常な人物である。その異常な言動について、大統領選で支持票を増やすためのポーズだとする見方もあったが、それはあたっていない。大統領に就任して以後も、メキシコとの国境に壁を築くなど、異常としか思えない大統領令に署名するなど、異常な行動を実行している。どうやら異常さは、トランプ米大統領の本質であるらしい。

 朝日(「新聞」は省く、以下新聞紙名については同じ)2月12日付朝刊国際面には「アメリカ総局長・山脇岳志」署名入りの<「ホームラン」安心は尚早 日米首脳会談>が掲載された。その中に以下の一節がある。

<トランプ氏の自己愛・ナルシシズムの度合いが極端に強いことは、選挙戦の序盤から伝えられてきた。ささいなことでも批判されると、相手をツイートなどで攻撃するなど、非常に衝動的でもある。

 大統領就任後は、さらに悪化しているとの見方がある。トランプ氏の大統領就任式の観客数が、オバマ前大統領の就任時より明らかに少なかったにもかかわらず報道官に過去最大の数と言わせ、大統領選でヒラリー・クリントン氏に総得票数で負けたのは、不法移民が数百万人もヒラリー氏に投票したためだと根拠のない主張を続けている。>

 大統領に就任し、米連邦行政の全権を握ったのだから、大統領就任式の観客数など、こだわることはないというのが、大人(おとな)の感覚だろう。しかしトランプはその感覚にも欠けている。

 毎日の解説的記事「クローズアップ2017」は、1月23日朝刊を<反トランプデモ 抗議渦巻く世界>とした。その中の主要部分を<トランプ氏「メディアと戦争」 就任式参加者数報道「うそだ」>という小見出しの下で展開。その子供っぽい就任式参加者数へのこだわりぶりを紹介している。記事の後半部分を紹介しよう。

<トランプ新政権は発足2日目の21日、メディアと全面対決した。トランプ氏は初訪問した米中央情報局(CIA)での演説で「私は今もメディアと戦争している。(就任式の人出が)25万人と言うが、うそだ」と批判。「(メディアの)彼らは代償を支払うことになるだろう」と警告した。

 20日の就任式を巡っては、主要メディアが、過去最多の180万人が参加した2009年のオバマ前大統領の就任式の写真と比較するなどして、参加者が少なかったと報じた。これに対しトランプ氏は就任演説時は「約150万人いたように見えた」と主張。演説などを行った特設会場部分だけで25万人いたと反論した。

 スパイサー大統領報道官はホワイトハウスで記者団に対し、「誰も人数は分からない」としつつも、会場の区域別に「25万人」「22万人」などと数字を挙げながら、報道は間違いだと指摘。「メディアの不誠実さは、米国をまとめることをより難しくする」などと語った。
 一方で、メディア側もトランプ氏の就任演説の内容のファクト・チェック(事実確認)をするなど、「攻撃」の手を緩めていない。

 演説でトランプ氏は「carnage(殺りく)」という言葉で現在の治安状況を表現。ニューヨーク・タイムズ紙は15年に暴力的犯罪は約4%増加したものの、長期的に犯罪は減っているため「何世代かの中で最も安全だ」と指摘。また、「この数十年間、米国の産業を犠牲にして外国の産業を潤わせてきた」との主張にも、「米大企業はグローバリゼーションで巨額の利益を得ており、苦しんだのは労働者」と報じた。

◆核兵器発射ボタンを押す?
 ワシントン・ポスト紙は、歴代大統領は米国民の団結を促すため、格調高い論調の演説をしてきたと紹介。トランプ氏が「この日から『米国第一』だけになる」と述べたことを引用し、支持者を意識した選挙中の演説に近いと指摘した。>

 こんな子供っぽい人物が米国の核兵器発射ボタンを握るのである。トランプ大統領就任前だが、昨年12月26日付(実際の発売日は同月17日)の週刊誌「AERA(アエラ)」(朝日新聞出版発行)に<核のボタンを握るトランプリスク=北朝鮮の核ミサイル実験が試金石に>というタイトルの記事が掲載された。筆者は「津山恵子(ジャーナリスト)となっている。

 冒頭で「あの人物(トランプのこと)が大統領となり、彼の指が核兵器の発射ボタンにおかれるというようなことが、起きてもいいのか!」という言葉を紹介している。大統領選の対抗馬だったヒラリー・クリントンが、選挙集会でたびたび訴えていたという。
 米大統領は、「米軍の最高司令官」として、核兵器使用の最終決断をする。「核のフットボール」と呼ばれる黒いスーツケースを、同行している軍人(大佐クラス)が携行している。そのスーツケースをオープンすれば、核攻撃を指示する手続きやコードが分かるようになっており、手順を踏めば目的地に核ミサイルが飛んでいく。

 津山氏の記事は、アメリカン大学歴史学部教授・核問題研究所長のピーター・カズニックという人物ら、専門家の話で組み立てられている。
 カズニックは「トランプは、読書をしない。知識もない」と不信感を露わにする。選挙戦中に「核兵器があるなら、なぜ使わないのか」と言ったとも指摘する。別の専門家は、北朝鮮が2009年、オバマ大統領の就任式直後に、長距離弾道ミサイルの実験を実施し、さらに13年、2期目の就任式直後に核実験を行った事実を強調。「トランプ就任式後にも、何らかの動きがあると考えられる」と語る……。

 北朝鮮は12日午前7時55分ごろ(日本時間と同じ)、西部の平安北道(ピョンアンプクド)亀城(クソン)付近から日本海に向けて弾道ミサイル1発を発射した。この時刻はフロリダ半島のリゾート施設にいた訪米中の安倍首相とトランプ大統領がゴルフを終え、ワーキングディナーが始まる前だった。安倍首相は単独で記者団の質問に答える予定だったが、トランプ大統領が「私もその場に行き、メッセージを発しよう」と言い、2人並んで声明を発表することになったという。日本政府の首相同行者は「北朝鮮は日米をけん制するつもりだったかもしれないが、結果として日米同盟の絆を強調することになった」と喜んでいたという。

 いずれにせよ、北朝鮮のミサイル発射までは、津山氏が<核のボタンを握るトランプリスク>で予言したとおりの展開だ。
 トランプが怖いのは、「悪名は無名に勝る」という人生哲学を持っているとされていることだ。自分自身が「NYタイムズ」「ワシントン・ポスト」などの有力紙や、ABC・NBCなどのテレビ局に電話し「トランプってヤツはこんな悪事を働いている」と通告するのだという。内容は事実なのだから、電話を受けたメディアは、当然それを記事化し、紙面やニュース番組で紹介する。トランプはそれを見て、「悪名が一段と高まった」と喜ぶというのである。

「悪名」「無名」は評判についての言葉だが、行為についての言葉として言い直すと「悪行(あくぎょう)は無行動に勝る」ということになるのではないか? 核の発射ボタンを押すと、悪行という非難が全世界から押し寄せる。しかしその非難の嵐は悪名と同じで、核発射ボタンを押さないという無行動=他の大統領と同じという無名に勝る……。これこそ「トランプ主義」の神髄なのではないか?

 この原稿は15日夜に書いているのだが、「いくら非常識なトランプでも、核ボタンを押すことはないだろう」という確信を持つことはできない。前任大統領のオバマが「核廃絶宣言」でノーベル平和賞を受けたことも、トランプがそれと真逆の「核ボタンを押す」鼓動に踏み込むプラス材料なのではないか?

◆トランプ・安倍を結びつけたキーワードは「軍拡」
 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)をめぐっては真っ向から対立していた安倍とトランプが「大の仲良し」になれたのは何故か? その理由を沖縄の地方紙「沖縄タイムス」で読むことができた。同紙のホームページで読んでいるだけだから、総合面に掲載されていることしか分からないが「藻谷浩介の着眼大局」というコラムがある。「藻谷浩介」はもちろん人名で、「東京大学法学部卒、日本総研主席研究員、地域エコノミスト」だそうだ。1964年、山口県生まれというから、50歳代前半だろう。
 2月5日付紙面に掲載された「トランプと中国 揺さぶる『取引』警戒を」と題するコラムに、以下の記述がある。
    ×    ×    ×    ×
 (トランプが)「米国車を買え」とか「トヨタはけしからん」とか口走るのは、もちろん初手の揺さぶりだ。農産物を売る? 日本の食料輸入は全部で5兆円程度なので、仮に全部が米国産になっても(豪州やカナダや中国もあるので実現は不可能だが)、赤字のごく一部が減るだけである。

 米国に輸出競争力があるのは軍事分野だけだ。だから「中国の脅威」をさらにあおりつつ「応分の負担」を求めることが、対日赤字削減に向けた最短距離だと、トランプは当然に気づいているだろう。(中略)
 中国の最大の関心はもちろん台湾回復であり(中国の「太平洋への出口」もそれで自動的に確保できる)、米軍基地のある沖縄本体への侵攻など毛頭あり得ない。仮に行えば日米等から経済制裁を受け、輸出主導で発展してきた中国経済は死に瀕(ひん)し、台湾回復など夢のまた夢だ。しかし帰属に争いある尖閣での騒動であれば制裁は招かず、日本で反中機運が高まれば対抗してさらに軍拡が容易になる。

 そんな米中から見て日本の「愛国的」ネット世論は実に好都合であり、裏であおっていて不思議はない。だが彼らは、日本に膨大な散財をさせた末、いずれ「取引」に「手打ち」を行う予感がする。かつてヒットラーとスターリンの不可侵条約締結にぼうぜんとし、その後の独ソ開戦にさらに困惑した日本軍部の轍(てつ)は踏まないことだ。まずは米中の思惑通りにあおられないことが、内地にも沖縄にも重要な心構えだろう。
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 会談でトランプは、沖縄県・尖閣諸島が米国による対日防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条の適用対象だと確認したとされている。終了後の共同会見で安倍は、この発言を大得意で紹介していた。もちろん中国が「尖閣諸島は中国領」という主張を実現するため、軍事行動に出る……という恐れがあるというタテマエからの発言だ。
 しかし藻谷のコラムにあるとおり、中国がそんな行動に出ることはあり得ない。そのあり得ない事態を恐れているとすれば、安倍の知的レベルはネット世論並みの低レベルとなる。

 さすがにそんなことはない可能性もある。尖閣防衛義務をトランプ政権に認めさせた見返りに、米国の軍事産業から膨大な兵器体系を購入する。その行動が貿易不均衡是正だというのは仮の姿で、本質はすさまじい軍拡である。安倍政権は首相の安倍晋三自身が、右翼議員集団日本会議国会議員懇談会の特別顧問となっているほか、閣僚の大半も同懇談会メンバーであり、まさに「日本会議内閣」の様相だ。トランプに強要されたという形をとって、これまでとは次元の違う軍拡が実現できることを、安倍本人ら政権中枢は大歓迎しているはずだ。

 トランプ政権は、日本がこれまでとは次元が異なるといえるはずの大軍拡を実行していく促進剤になる。だからこそ安倍はトランプと「大の仲良し」になったのではないか? 安倍とトランプを「大の仲良し」にさせたのは「異次元の軍拡」であるはずだ。
 日本のメディアはおしなべて、「トランプ・安倍軍拡」に注目し、その将来像を警戒する視点に欠けていると思われる。

(注)
 1.2017年2月10日までの報道・論評が対象です。
 2.新聞記事などの引用は、<>で囲むことを原則としております。
   引用文中の数字表記は、原文のまま和数字の場合もあります。
 3.政治家の氏名など敬称略の部分があります。
    ×    ×    ×    ×

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 (元毎日新聞記者)


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