■ 農業は死の床か再生のときか          濱田 幸生

~「日本農業壊滅論」と「日本経済、農業によって壊滅論」はメダルの表裏~

───────────────────────────────────

  先日のわが茨城県議会選挙は民主党が現有6議席をようやく死守できるに止ま
りました。自民党との1人対決区ではすべて敗北です。自民党は現有議席を割り
込んだものの、議会の過半数を制しました。

 これは言うまでもなく、1年2カ月前の衆院選で民主党がすべての1人区で勝
利するといった構図がまったく逆転してしまったことを意味します。

 民主党の敗因はもううんざりするほどあるでしょうが、ことわが農村部におい
てはひとつしかありません。TPPです。

 あまりにも唐突に、なにひとつ下準備もなく、最大の被害者となりうると考え
ている農業界との何の相談もなく、APECの議長国として成果を上げたいとい
うみみっちい野心にとらわれての菅総理のTPP方針の発表でした。はっきり言
って馬鹿としか言いようがありません。

 第一民主党内で完全に意見が二分されているありさまです。
  地方選出議員、言い換えれば農村部を地盤とする民主党議員は「TPPを慎重
に考える会」を作りました。その会長は誰あろう、宮崎口蹄疫で名を馳せた山田
正彦前農水大臣です。同じく口蹄疫を宮崎現地で戦った現副大臣の篠原孝氏も同
じく矛先を揃えました。

 いわば「TPP農業壊滅論」と言っていいかと思います。

 そして実にこの「慎重に考える会」に集まった民主党議員はなんと200名!
与党議員のほぼ半数弱が反対ということになります。身内が半分も反対していて
TPP政策ができると思うほうが変です。党内議論などまったくなかったこと
がわかります。

 一方、前原誠司外相を中心とする推進派も同じ数だけ民主党内にいるようで、
このようなことを言います。
「GDPに占める農業の割合は1.5%でしかない。こんな農業を守るために残
りの98.5%を犠牲にするというのか」。

 このような意見は別に前原氏のオリジナルというわけではなく、私たち農業者
はまたかい、というほど耳にタコができそうなほど聞かされたフレーズです。原
型は経済同友会や経団連のこのような認識にあります。前原氏はそれを口移しに
したに過ぎません。

 米倉弘昌・経団連会長はこう言います。
  「TPPに参加しないとなると、日本は世界の孤児になる。競争力なき日本農
業の構造改革を促進するべきである」。

 経済同友会はかねがね、「農業は日本経済の障害となっている」とまで極論し
ていました。その財界の考えの先に出てきたのが今回のTPP積極参加論だとみ
ていいでしょう。いわば「日本経済、農業によって壊滅論」です。

 では農業界はといえば、JA全農は毎日その準機関紙の「日本農業新聞」を使
って、大反対の声を張り上げています。大規模デモも何回も行われました。
  今回の茨城議会選挙もJAはひさしぶりに反民主で統制をかけたのではないで
しょうか。前回の衆院選では、JAになびく単協が多かったのとは大違いです。

 それはさておき、この「日本農業壊滅論」とそのメダルの裏側の「日本経済、
農業によって壊滅論」はほんとうに今の日本農業の姿を映し出しているのでしょ
うか?

 私ははなはだ危ういものだと思っています。私ははなはだ危うい議論だと思っ
ています。私は日本農業がそんなにひ弱だとは思わないし、TPP推進派の財界
や前原氏が言うようなまるっきり国際競争力に欠けるものとも思わないからです。
 
結論から言ってしまえば、日本の畜産ほど高度でおいしい畜産製品を作る国は
ないし、野菜や果樹においては品質の高さ、品種の多さにかけては世界一級のレ
ベルに達しているでしょう。
 
  うそだと思うなら、横浜中華街の料理人に聞けばいい。口を揃えて、世界でい
ちばん美味い中華街は横浜で、その理由は日本の食材が世界最高だからだと言う
ことでしょう。どうしてこんな国の農畜産業がお荷物なわけがありますか。馬鹿
にするな、と言いたい。

 JAがTPPに反対しているのは、今800%弱の超高関税をかけている米の
自由化が主な原因でしょう。

 ではここで改めてお聞きしたい。そもそも日本民族が2千年かけて磨き抜いた
米に勝てる輸入米など、世界のどこにあるのでしょう。あったら教えて下さい。
カリフォルニア米ですか?それとも中国東北部ですか?まさか東南アジアなどと
いわんで下さいね。米輸入が問題だと言うならば、どこの国のどの銘柄が日本市
場で国産米にとって脅威となるのかを言うべきでしょう。
 
  食味的に日本米にもっとも近い(それはあたりまえ。日本人が作ったんですか
ら)カリフォルニア米はロッキーの雪解け水の量に規定されているために生産の
限界があります。米国の国内需要をまかなうことで需給バランスが取れています。
  むしろ日本からの対米輸出がJA全農の視野に入っているほどです。価格問題
だけをクリアすれば、日本米は全米を席捲するでしょう。
 
  中国東北部も日本の商社が種をもって行って作らせていますが、いい水が少な
いことと中国沿岸部市場の高品質化に合わせて国内需要で消化しきっているよう
です。安全性という中国農産物最大のネックを別にしても、中国にわが国の米市
場への参入する力はないと思います。

 この両国とも、とうてい1億3千万人の日本市場など狙う余力はありません。
  つまり、冷静に考えれば、仮に関税をゼロにしても、日本の米市場に新規参入
してくる度胸のある国は考えにくいのです。
 
  実はかつて米国は、コメの輸出業者が日本政府に圧力をかけて来たことがあり
ました。アメリカン・アップルやチェリー、オレンジの輸入攻勢の頃です。しか
し、すぐに断念しました。理由は関税ではありません。
 
  アメリカン・アップルやチェリーはそのどぎついレッドにふさわしく驚嘆する
まずさで、瞬く間に日本市場から蹴りだされました。米国のオレンジ業者は、そ
の安さでたちまち温州みかんなど蹴散らせると思っていたようですが、まぁご覧
のとおりで、日本のみかん業界がかえって高品質になって強力になったことを手
伝ってしまったくらいです。
 
  では、関税ゼロとなったら野菜がどどっと入ってくるでしょうか?よく日本農
産物は高い、それは国が補助金漬けにして高いコストをかけているからだ、なん
て知りもしないことをわけ知りに言う評論家がいますが、そもそも野菜なんて元
から関税なんてかかっていませんよ(笑)。

 いい意味でも悪い意味でも(やりすぎの弊害もありますが)野菜などの日本農
産物は、ジャパン・プレミアムといって世界屈指の高水準の品質、規格が維持さ
れているのです。

 価格面においても、今年の夏場のような異常気象時は例外として、私はドイツ
などで現地価格調査をしたことがありますが、品目ごとのデコボコはあってもほ
ぼヨーロッパ諸国と同一水準です。なにかと言えば、日本農産物が高いと言う人
がいましたが、その人が比較していたのは確か東南アジアでしたっけね。反論す
るのも馬鹿げていますが、所得水準を考慮せずに食品価格を比較しても何の意味
もありません。
 
だいたい日配の青菜や根菜類をどうやって毎日輸入するというのでしょう。日
本市場に輸出するためには、四面海を渡ってこなければならないのですよ。一把
出荷価格が5、60円のホウレンソウを毎日空輸でもしますか(苦笑)。
  米だけ見ていると、かえって分からなくなります。米は農産物の中で非常に特
殊な位置にあるのです。これはそのうち詳述します。
 
  巷によくいる日本農産物自由化論者の錯覚は、日本の農業にかけられている平
均関税はたかだか16%にすぎず、超高関税はコメ単独なのだということを意識
的に見ないことです。

 そして、日本はEUや北米ではないことです。EUや北米のようなトラックや
鉄道輸送で安価な輸出入ができる地域とは違うのです。
  ですから、日本に輸出できる野菜類は一握りに限定されてしまうのです。これ
は関税でブロックしているからではなく、そんなものしか輸出できないからです。

 可能なものは船便を使っての大量に輸出でき、保管がきくものだけです。たと
えば、日本の端境期を狙った南半球NZのカボチャやニンジンなどですね。
  私は日本の農畜産物は大いに競争力がある、強い存在だと思っています。根拠
不明な40%自給率などという自虐的な数字を司令部が垂れ流すからかえってし
おれているだけです。
 
  ですから、私たち農業者は農水省の言う「TPPになれば自給率は16%に下
落する」というプロパガンダにまどわされずに、しっかりと自分たちの農業の姿
を見据えていかねばなりません。
 
  今日本農業に必要なことは、いたずらに危機感を煽ることでもなく、強い点は
さらに強くし、弱点を弱点として認めて対策を立てて、さらに強くなることで
す。 私たち日本の農民はもっと自信を持つべきです。
          (このテーマはもう少し続けます)

                 (筆者は茨城県行方市在住・農業者)

                                                    目次へ